13 婚約者候補 2
「王宮で今何が起こっているのか、よくご存じなのですね」
素直にすごいと感心したのだが、嫌みと思われたのかマリアにはにらまれ、エリスは苦笑を浮かべた。
「ヴァンレード様は特別なの。あの方のことは何であれ、すぐに噂になりますの。もっともご本人は、王宮内でご自分の言動がどれほど注目されているか、気づいておられないようだけれど」
エリスはティーカップを受け皿に戻し、微笑を浮かべた。
「昔からそう。自由で、自分の思った通りに行動なさる。周囲の思惑なんて、まったく気になさらない。王家の人間としては、ほめられるタイプではありませんわね」
この発言が気に障ったらしく、マリアがエリスに食ってかかった。
「ちょっと。幼なじみだからって、わかったように言わないでくれる? ヴァンレード様は何度も騎士団を率いて国境を守ったし、街道に巣食っていた盗賊団も壊滅させたわ。この国の英雄なのよ。あなたが軽々しく批判して良い相手じゃないわ」
「そうですね、ごめんなさい」
エリスはおとなしく謝ったが、マリアはぷいとそっぽを向いてしまった。
彼女がそれ以上、何も言おうとしないので、エリスは軽く肩をすくめ、再びルナリアに向かって話し始めた。
「とにかく、いろいろと情報を得た後で、あなたが王宮に滞在するのはわたしたちにリドルについて教えるためだと言われても、信じられないのも無理はないでしょう? もともと縁談に乗り気でないヴァンレード様が、わざわざわたしたちのためにあなたをよこしたとは思えませんもの。新しいライバルが来たのだと考えるほうが自然ではありませんか?」
「でも、わたしがリドルについて教えに来たというのは本当なんです。おふたりがカイと仲良くなってくだされば、ヴァンレード様のお気持ちも変わるかもしれません」
「わたしたちの手助けをしようなんて、あなた、変わってらっしゃるわね」
エリスが不思議そうな顔をした。
マリアも不審そうな面持ちでルナリアをみつめている。
「皆がヴァンレード様の条件を満たしたうえで、花嫁を選んでいただく。そのほうが公平だと思いますから」
「信用できるものですか。親切そうに振る舞って、わたしたちを油断させるつもりなんでしょう? あの方の妻になりたくない人なんていないわ」
マリアは確信に満ちた口調で断言したが、今度はエリスがやんわりと異議を唱えた。
「そうでしょうか? 皆が同じ意見とは限りませんわ」
「あなたは違うとでも? じゃあ、どうしてここにいるのよ?」
「まったく知らない人に嫁がされるよりはいいかと思ったので。本音を言えば、まだ当分、結婚なんてしたくないですわ」
「そんないいかげんな気持ちなら、さっさと辞退しなさいよ」
「そうですねえ。もし、選ばれてしまったら考えます」
「信じられない。こんな人たちと比べられるなんて屈辱よっ‼」
マリアは憤然として、席を立った。
「あらあら、怒らせてしまったわ」
エリスは動じないどころか、ルナリアに向かって微笑んでみせた。
「むきになるのが面白くて、ついからかってしまいますの」
「先ほどは助かりました。もう少しで喧嘩をしてしまうところでした」
「あなたは伯爵様でしょう? 私に敬語を使う必要はありませんわ」
「でしたら、どうか、エリス様も同じように。わたしは公式の訪問ではありませんし」
「わかったわ。わたしは良いけれど、マリアは公爵の娘で、貴族の中で王族に次いで身分が高いから、さからわないほうが無難よ。失礼なことを言っているという自覚がないから、いさめても無駄だしね。うるさい鳥の鳴き声ぐらいに思って、耳にいれないのがいちばんよ」
「そうするよう、心がけるわ」
「あなたが協力を申し出てくれたから、わたしもあなたに知っている限りの情報を提供するわね」
エリスは表情を引き締め、真剣なまなざしをルナに向けた。
「ヴァンレード様は王家から離れたがっているの。爵位もいらない、ひとりの騎士として仕えたいと仰っているけれど、それは無理だと思うわ。何と言っても陛下のたったひとりの弟君だから、王子様が成長されるまでは王家から出してもらえないでしょう。それに、陛下はヴァンレード様に〝軍神〟として、ずっと王立騎士団の団長でいてもらいたいのよ。でも、それはそれで問題があるのよね」
そう言って、エリスは王家の事情というものを話してくれた。
ヴァンの母親は絹織物を扱う商人の娘で、お忍びで町に来ていた先代の王と出会い、恋に落ちたそうだ。
娘は身ごもったが、王宮に入ることを拒み、ヴァンレードは生まれてからずっと母の実家で暮らしていたが、十歳の時に母が亡くなったこともあり、王宮に迎えられた。
当時、貴族たちのあいだでは、王太子が病弱なため、世継ぎになる可能性のある異母弟を王宮で教育するのだというのがもっぱらの噂だった。
王太子は成人して国王になったが、健康上の不安を抱えたままで、体調を崩して寝込むこともしばしばだ。
母の身分が低いゆえに、貴族の中でヴァンレードを本気で世継ぎに推したいと思う者は多くはなかったが、文武両道で、身分にかかわらず人々とわけへだてなく接する彼の人気は高く、国王が警戒しているという噂まで立つようになった。
本当に国王がそう思っていたのかどうかはわからないし、ヴァンレードがその噂を信じたとも思えない。
それでも、十六歳で成人を迎えるのを機に、彼は王家からの離脱を願った。
母の実家に戻り、商人になるとまで言ったそうだ。
だが、周囲から強く止められ、王族の身分のまま王立騎士団に入団した。
その三年後、まだ十九歳という若さで団長に就任することとなる。
これは異例のことだったが、騎士団を率いて国境での異民族との競り合いに勝利したり、街道に巣食う盗賊団を追い払ったりと、数多くの武勲を立てたため、今では誰ひとり異議を唱える者はいないという。
「べつに、ご兄弟の仲が悪いというわけじゃないのよ。ただ、王子様はまだ二歳で、陛下の体調もすぐれないとなれば、いろいろ良からぬことを吹聴する輩もいるわけなの。だから、そのあたりの話題にはできるだけふれないように、気をつけたほうがいいわ」
「いろいろと複雑なのね」
あらためて、彼がグウェン家に婿入りすることなどほとんど不可能で、およそ現実的でないと思える。
「あなたは幼なじみだから、こんなにくわしく知っているの?」
「幼なじみといっても、子供の頃、避暑に行った別荘で何度か出くわしたことがあるだけよ。今、私が話したぐらいのことなら、王宮では皆が知っていると言っても過言じゃないわ」
そう言うと、エリスはティーカップのお茶を飲み終えて立ち上がった。
「あの方があなたに目をつけたのは、カイのことだけが理由じゃない気がするわ。でも、まあ、ただの勘だから気にしないで」
「あの、それはどういう……」
ルナリアは聞き返そうとしたが、エリスは振り向きもせず、そのまま行ってしまった。




