12 婚約者候補 1
用意された部屋は二階で、寝室と居間、さらには浴室までついている。
「快適だわ」
南側にある大きな窓の一部は、ドアになっており、バルコニーに出られる。そこからは庭園が一望できた。
しかし、腰を落ち着ける暇もなく、すぐに国王から呼び出しを受けた。
公式な謁見ではないとのことで、大広間ではなく国王の執務室のほうへ通された。
クラウド二世はプラチナブロンドに水色の瞳をしていて、ヴァンとはあまり似たところがなかった。母親が異なるせいかもしれないが、彼のほうはずっと線が細く、神経質に見える。
瞳の色とよく似た薄い青色の、膝丈まである上着を身に着けていたが、その下に見える白い長靴下に包まれた足は、棒のように細かった。
そこには国王だけでなく、王妃と騎士がふたり同席していた。
カリナ王妃はイルミラ王国から嫁いできた人で、明るい栗色の髪と琥珀色の目をした、小柄でかわいらしい女性だった。国王との間には、二歳になる息子がいる。
ひと通りあいさつが交わされた後、国王はすぐに本題に入った。
「ヴァンレードの希望は聞いているが、そなたの意向をたずねたい」
ここでうかつなことを言ってヴァンの面子をつぶすわけにはいかない。ルナは慎重に言葉を選んで答えた。
「正直に申しますと、いきなりのお話で驚いております。ロイス王国の騎士団長に望まれるのは光栄なことだと思っておりますが、ヴァンレード様には少し考える時間をいただきたいと申し上げました」
「そうか。ならば私の意向も伝えておこう。たったひとりの異母弟を他国にやるつもりはないのだよ」
微笑みは浮かべていても、その口調は冷たい。
「あれは一度言い出したらなかなか引かぬ。時間を置けば頭も冷えるかと、そなたがここに滞在することを許した。だが、私は今回王宮に呼び寄せたふたりの令嬢のどちらかを選んでもらいたいと思っている。それゆえ、あれがそなたを花嫁にと望んだことは口外しないでもらいたい。いらぬ騒ぎを起こしたくないのだ」
「わかりました。仰せの通りにいたします」
ある程度、覚悟はしていたものの、厳しい言葉が胸に刺さる。
ルナリアぐっと奥歯を噛みしめ、スカートをつまんでお辞儀をした。
「デリク、お部屋までお送りして」
それまでひと言も発しなかった王妃が、かたわらに控えていた騎士に命じた。
明るい茶色の髪に、ダークブルーの目をした男で、角張った顔に厳しい表情を浮かべているせいか、いかにも真面目な堅物に見える。
(苦手なタイプだわ……)
だが、たしかにひとりでは、迷子にならず無事に帰れる自信はない。ルナは王妃の心づかいに礼をのべ、デリクの後にしたがった。
部屋に戻ると、侍従が待ち構えていて、今度は花嫁候補のふたりの令嬢にひきあわされた。
「マリア・カウルス公爵令嬢。そして、こちらがエリス・コルム伯爵令嬢です」
彼女たちは一階のテラスで、お茶を楽しんでいるところだった。
「初めまして、ルナリア・グウェンと申します」
膝を折ってあいさつしながら、ルナはひそかにふたりを観察した。
マリアは蜂蜜のような色をした濃い金髪に、明るい青の瞳をした、華やかな美人だった。
身に着けているドレスも本人に劣らず豪奢なもので、濃いピンクの生地に金糸の刺繍がほどこされ、襟元や袖口にはレースがふんだんにあしらわれていた。
エリスも金髪だったが、もっと淡い色で、灰色がかった緑の目は長いまつ毛に縁取られ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。衣装は青みがかった薄緑色の無地のドレスで、大きめの白いレースのカラーが清楚な印象を与えていた。
ルナリアもエリスも髪飾りとしてリボンを結んでいるだけだが、マリアはきっちりと髪を結い上げ、小さなダイヤモンドのついたコームをつけている。このまま夜会に出てもおかしくない装いだ。
「あなたがイーラの森の管理者?」
マリアはルナに椅子をすすめもせず、いきなりそう尋ねた。
「はい、そうです」
「それなら、リドルを手なずける方法を知っているのは当然ね」
公爵令嬢という身分がそうさせるのか、それとも他に理由があるのかはわからないが、マリアの口調には、どこか蔑むような響きがあった。
敵意を持たれることは覚悟していたが、このように侮蔑の目で見られるのは不愉快だった。
ルナリアが何も答えずにいると、マリアはさらに言葉を継いだ。
「いきなり花嫁候補だなんてね。まさか、他国から来た者が、こんな風にヴァンレード様に取り入るとは思ってもみなかったわ」
(そこまで言うの?)
さすがにたえかねて、反論しようとした時、エリスが目の前の皿からスコーンを取りながら、おもむろに口を開いた。
「あなたもお茶をどうぞ。このお菓子、おいしいですよ」
ふたりの間に流れる険悪な空気などものともしないような、のんびりとした口調で言われ、ルナは闘争心が萎えた。
「どうして、この人と仲良くお茶を飲まなきゃいけないのよ?」
マリアのほうは憤然として、彼女にくってかかった。
「あら、だって、この方をぞんざいに扱ったら、ラースから抗議されるかもしれませんもの」
「あんな小国、怖くないわよ」
「ヴァンレード様はラースからリドルをもらうために、いろいろと苦心なさったそうですよ。イーラの森のリドルを国外に出すには、大公様の許可が必要なのですって。せっかくリドルを譲ってもらえるほど、あちらと友好な関係を築いたのに、その使者であるこの方を怒らせてしまったら、ヴァンレード様は許してくださらないでしょうね。王宮から追い出されるのはわたしたちのほうかもしれませんわ」
「まさか」
マリアは鼻で笑ってみせたものの、いくばくかの不安は感じたらしい。それからは、あからさまな嫌みや侮蔑の言葉を言わなくなった。
冷静になってみると、疑問がわいてくる。
なぜ自分が花嫁候補だとこんなにも早くばれてしまったのだろう?
そこで、話しやすそうなエリスのほうに聞いてみた。
「わたしが花嫁候補だなんて、どなたからお聞きになったのですか?」
「もう、みんな知っていますわよ」
エリスはおかしくてたまらないというように、笑いながら言った。
「まずヴァンレード様が国王陛下とお話になり、それから陛下があなたをお呼びになった。そして、しばらくの間、あなたがわたしたちと行動を共にすると聞けば、誰だってそう思うでしょう?」
(王宮内の出来事は、全部筒抜けってこと?)
思わずため息が出そうになったが、一応、否定はしておくべきかと口を開く。
「わたしは王宮にいらしたご令嬢方にリドルと仲良くなってもらうよう、協力して欲しいと言われてこちらに来ました」
「なるほど。では、そういうことにしておきましょうか」
当然、信じてはいないだろうが、とりあえずエリスがうなずいてくれたことにほっとした。




