第27話 三十分
ラボの作業台に置かれた二つの物を見て、スパーキーが声を上げた。
「おいおい、なんだこのファンシーなものと美味そうなものは」
黒い犬が、作業台の上を覗き込む。
そこにあるのは、一体の小さな人形。
そして――海老。
見た目だけなら、どこからどう見ても食べ物だった。
あたしは腕を組む。
「食べられないわよ」
「ああ、分かってる」
「へえ、見て分かるんだ」
「これはこれは、犬ではちょっと難しそうだな」
スパーキーが海老を眺めながら呟く。
あたしは、少しだけ口元を上げた。
「あらあら、もうお手上げかしら」
「そうはいっていない」
「結局あなたも偽物なのかしらね? 残念」
スパーキーが、こちらを見上げる。
「ある意味、偽物かもな」
「へえ?」
「だって、この犬は紫でもモヒカンでもないだろ」
「そう見えるかい?」
「確かにね」
あたしは黒い犬の頭を眺めた。
「その髪型、モヒカンには見えないわね」
もちろん、髪なんてない。
「それに、毛並みも固そうだし」
「……」
スパーキーは、しばらく黙った。
犬の表情なんて、普通なら分からない。
も、なぜか分かる。
こいつ、呆れてる。
「あんたの言いたいことは分かった」
「そう?」
「おれも、こいつらにはちょっと興味が出てきたところだ」
スパーキーは、改めて海老と人形を見た。
「どの辺が?」
あたしは海老を指差す。
「この海老の艶?」
それから、人差し指を自分へ向けた。
「それとも、あ・た・し?」
少し間を置く。
「でも残念ね。私は犬じゃないからね」
あたしは肩をすくめた。
「あー、残念だわー」
「冗談はよしてくれ」
スパーキーは呆れたように言った。
「それより、この海老なんだよなあ」
声の調子が少し変わった。
「いやあ、まさかと思ったぜ」
「そんなに珍しいの?」
「まあ、一部では有名さ」
「へえ、そうなの?」
あたしは海老を眺める。
「売ったらいくらになるのかしら?」
「売る気もねえ癖に言うなよ」
「何で分かるの?」
「そんなもん持ってると連中に知れて、十分快適に身が持てば大したもんだよ」
「十分快適に?」
「身が持てば、だ」
「ああ、そういう意味ね」
あたしは少し考える。
「ちなみに、あたしは数日経つんですが」
「……」
「え、これってすごい?」
「ああ、すごいな」
「もっと褒めていいのよ」
スパーキーは、海老からこちらへ視線を移した。
「こういう褒め方でもいいのかい?」
「どういうの?」
「その唇が寂しげだな」
「あら」
思わず笑ってしまう。
「それって褒めているのかしら?」
「さあな、知らん」
スパーキーは、それ以上説明する気がないらしい。
「そんじゃ、三十分そこで待ってろ」
「三十分?」
あたしは時計を見る。
「三十分、こんなところで?」
「ああ」
「あらあ、それだと退屈しちゃうわね」
スパーキーが何かを思い出したように言った。
「水につかって二十四時間の訓練とか聞いた気がするが」
「ああ、それ」
あたしは苦笑する。
「時間間違ってる」
「そうか」
「どっちかというとね」
少し考えてから続けた。
「それは訓練ではなくて、我慢大会なんだけどね」
「そうか」
スパーキーは妙に納得した。
「まあ、おれはそれ聞いて、つくづく隊員じゃなくてよかったと思ったものさ」
「それにしても」
あたしは周囲を見渡した。
金属壁。
古い機械。
展示された部品。
そして、犬。
「犬と二人じゃあ、ムードがないわね」
「分かったよ」
スパーキーがため息をつく。
「なんなら映画でも見るか?」
「へえ」
あたしは少し身を乗り出した。
「どんな映画かしら?」
「俺の趣味だ」
「それは楽しみだわ」
「かなり昔のものになるが」
スパーキーは少し目線を外す。
「まあ、退屈はしないだろうさ」
「あたしはできるだけ、時間が無駄にならないようにしたいの」
「ふふふ……せっかちな女だな」
「よく言われるわ」
「そうだな……」
スパーキーがラボの奥を見た。
「せっかちなあんたなら、これが合うだろう」
「何かしら?」
「コーヒーでも飲んで、くつろいで見たらどうだ」
そう言って、スパーキーは奥へ歩いていった。
しばらくすると、ケースに入ったDISCを咥えて戻ってくる。
「これ何?」
あたしはDISCを受け取った。
「このDISC。何テラの容量?」
「そんなに入らないさ」
「そうなの?」
「でも、それがこのメディアの奥ゆかしいところだ」
「ああ……」
あたしはDISCを眺める。
「奥ゆかしいのは、まあいいけれど」
「それで、こいつをな」
スパーキーがデスクの下を前足で指した。
「ここに入れて読ませるのさ」
「ここ?」
何もない。
そう思った瞬間だった。
ウィーン……。
デスクの下から、細長いトレーが静かにせり出してきた。
「あら」
「さあ、こいつをそこの凹みへ」
スパーキーが鼻先で促す。
「ほら、さあ、どうぞ」
「あんた、こういうの好きなのね」
「便利だろ?」
「まあね」
あたしはDISCをトレーの中央に置いた。
カチッ。
トレーが音を立てて戻っていく。
ウィーン……。
ラボの照明が、少しだけ暗くなった。
正面のモニターが点灯する。
黒い画面。
その中央に、大きな文字が浮かび上がった。
そして――
大仰なファンファーレ。
パパパパーン!
画面にタイトルが表示される。
『クロノ・ファントムの活躍』
画面の右下には、小さな文字。
――フルカラー作品。
あたしは、しばらく黙っていた。
そして、モニターを見ながら心の中で呟く。
――『クロノ・ファントムの活躍』……。
――画面の右下には「フルカラー作品」の文字ねえ……。
どうして嫌な予感しかしないのだろう。
隣を見る。
スパーキーは、何食わぬ顔で座っている。
「あたしにこれを見せるの?」
「まあ待て。これから始まるんだ、静かにしろ」
「なんて趣味の悪いこと」
「まあ待てって、急かすなよ」
映像が始まった。
最初に画面へ現れたのは、特殊部隊らしき集団。
そして、その中央に立っている女。
とりあえず筋肉。
ものすごい筋肉。
肩幅が異様に広い。
顔つきも、妙に精悍。
そして、やたらと格好いい。
あたしは画面を見つめた。
「何この隊長」
さらに目を細める。
「だれこの筋肉ゴリラは?」
スパーキーが笑う。
「ははは……そう怒るな」
「怒ってないわよ」
「怒ってるだろ」
「ふーん、これは誰が作ったものかしら?」
あたしは腕を組んだ。
「とりあえず、調べ上げて納得いく説明をさせるわ」
「まあ、こんなもんで取り乱すな。まだ序盤だぞ」
スパーキーは、いたって平然としている。
「これはな、昔流行ったフェイク動画みたいなもんだ」
「フェイク動画ねー」
「ああ、そう思えばいいさ」
「……納得いかない」
画面の中では、筋肉ゴリラの隊長が、ものすごく格好いいポーズを決めている。
「これでも作った方は、大真面目なのさ」
「大真面目?」
「そう」
スパーキーは頷いた。
「ただ、制作会社の担当が、資金を持って高跳びした」
「あらまあ」
「だから、社員が俳優をやってるって噂が出たもんだ」
「あははは」
思わず笑いが漏れた。
画面の中の隊長が、何かを叫んでいる。
その声は、妙に棒読みだった。
「あははは、この棒読み具合!」
あたしはモニターを指差す。
「ある意味、誰かにそっくりかも」
スパーキーがこちらを見る。
「そうか?」
「ええ」
画面へ視線を戻す。
映像は続いていく。
大仰な音楽。
過剰な演出。
やたらと格好いい特殊部隊。
そして、どこか間の抜けた演技。
あたしは、最初こそ呆れていた。
ただの暇つぶし。
三十分を潰すための、くだらない映像。
そのつもりだった。
けれど――。
気づけば、あたしは画面から目を離せなくなっていた。
次は何をやらかすのか。
この筋肉ゴリラ隊長は、次にどんな格好をするのか。
そして、この妙に大真面目な連中は、一体どこまで馬鹿なことをするのか。
そんなことが、少しずつ気になり始めていた。
やがてあたしは――
この作品の沼に、はまっていくことになる。




