第26話 墓の下
墓地の中に、ラボがある。
そう聞かされても、まだ半信半疑だった。
何しろ、入口が墓の下だ。
普通なら、死者の眠る場所を掘り返して、
その下に秘密基地を作ろうなんて考えない。
もっとも、ここには、誰も眠っていないらしい。
「……そんで、ここがあんたのラボ?」
「そう」
黒い犬――スパーキーが、墓標の横で立ち止まった。
あたしの目の前には、古びた墓がある。
その足元に、小さな金属板。
海老を近づけると、淡い光が走った。
――カチ。
人形も反応する。
――カチ。
地面の下から、低い駆動音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
墓標の周囲に細い線が走る。
そして、地面が左右に開いた。
「ああ……」
その下に、階段が現れた。
「本当に地下だったのね」
「だから言っただろ」
「言われても信じられないでしょう、普通」
スパーキーが先に降りていく。
「来いよ」
「はいはい」
あたしも後を追った。
階段を下りる。
数段。
十段。
さらに下。
最初は古い石壁だった。
だが、途中から壁の材質が変わった。
コンクリート。
そして金属。
しかも、かなり新しい。
継ぎ目の少ない金属壁。
照明も埋め込み式。
墓地の地下とは思えない。
「ずいぶん近代的ね」
「そういう場所だからな」
「どういう場所よ」
「隠す場所」
「答えになってない」
「でも、間違ってはいない」
「それもそうね」
さらに下りる。
やがて階段が終わった。
目の前に広がったのは、かなり大きな空間だった。
「……」
思わず足が止まる。
そこには、いろいろな物が展示されていた。
古い端末。
軍用機器。
壊れたドローン。
バイオロイドの部品。
人工皮膚。
見たことのない工具。
古い飛行機の部品。
年代も用途もバラバラだ。
なのに、どれも丁寧に保存されている。
「何これ」
「展示物」
「博物館?」
「違う」
スパーキーが答えた。
「俺のラボだ」
「ラボにしては趣味が多すぎない?」
「研究対象でもある」
「なるほど」
一つのケースに近づく。
中には古い端末。
説明板まで付いている。
製造年代。
製造地域。
通信規格。
使用されていたプロトコル。
「……」
あたしは思わず足を止めた。
「これ」
「何だ?」
「地域プロトコルまで記録してるの?」
「重要だからな」
前に聞いた話とつながる。
端末には地域性がある。
同じ規格でも、実装が違う。
プロトコルが違えば、認証の仕組みも違う。
そして――
それは本人確認にも関係してくる。
「こういう物を集めてるの?」
「集めてるというより、残してる」
「何のため?」
スパーキーは少し黙った。
「消えるからだ」
「……」
短い言葉だった。
けれど、妙に引っかかった。
展示室を抜ける。
そこから先は、完全にラボだった。
金属壁。
大型モニター。
作業台。
工具。
無数の配線。
人工神経らしい光ファイバー。
小型の培養槽。
そして、中央に、大きな解析装置。
「……」
あたしは周囲を見る。
「これ、本当に犬のラボ?」
「何度言わせる」
「だって犬でしょう」
「犬だって研究する」
「何を?」
「いろいろだ」
「具体性がないわね」
「企業秘密だ」
「犬のくせに」
「犬のくせに、だ」
スパーキーは堂々としている。
妙に腹が立つ。
でも、もう疑うことはなかった。
さらに奥へ進む。
そこでまた、低い音が聞こえた。
ゴォォォ……。
床がわずかに震える。
「……何?」
「地下鉄道」
「地下鉄?」
「そう」
音が近づく。
壁の向こうを何かが走っている。
ゴォォォ……。
そして。
一瞬だけ。
金属壁の向こうに光が走った。
高速列車だ。
「なに……」
あたしは絶句した。
「地下鉄まで通ってるの?」
「通ってる」
「この下を?」
「そう」
「どこへ?」
「いろんなところ」
「またその答え?」
「都市間を繋いでる」
あたしはトンネルの方向を見る。
「このラボ、地下鉄の駅にもなってるの?」
「駅というより、接続点だな」
「つまり――」
あたしは墓地を思い出した。
地上には、誰も眠っていない墓。
その地下には、巨大なラボ。
さらにその下には、地下鉄道。
「……」
「どうした?」
「いや」
あたしは笑った。
「墓地って、便利なのね」
「人が寄りつかない」
「確かに」
地上では誰も気にしない。
墓石の下に何があるかなんて。
この世界では、それが最高の隠れ場所なのかもしれない。
スパーキーが作業台へ向かう。
「さて」
「何?」
「海老を出してくれ」
あたしはバッグを開ける。
海老を取り出す。
続いて人形。
二つを作業台に置いた。
その瞬間、ラボの照明が一斉に暗くなった。
「……」
大型モニターが点灯する。
一つ。
二つ。
三つ。
次々に画面が起動していく。
そこに流れる文字列。
見たことのないプロトコル。
あたしは眉をひそめる。
「これ、どこの規格?」
スパーキーが画面を見る。
「分からない」
「あなたでも?」
「だから面白い」
「またそれね」
スパーキーが海老を見つめる。
「だが、一つ分かった」
「何?」
「こいつは、この地域の端末じゃない」
「……」
「それどころか、現在使われている規格でもない」
あたしは海老を見た。
食べ物にしか見えない。
「古い?」
「古いという言い方も違う」
「じゃあ?」
スパーキーが少し黙る。
「別の時代の物みたいだ」
「……」
その言葉の意味を考える。
そして、海老の内部で。
――カチ。
音がした。
人形も。
――カチ。
ラボの奥からも。
――カチ。
「あれ?」
あたしは振り返った。
「今、三つ目が鳴ったわよね?」
スパーキーは答えなかった。
暗いラボの奥。
そこに続く金属壁の向こうから。
もう一度。
――カチ。
今度は少し大きい。
「……何があるの?」
スパーキーが振り返る。
「まだ見せてない場所がある」
「見せてよ」
「それは――」
地下鉄の轟音が、ラボ全体を揺らした。
ゴォォォォ……。
スパーキーは犬の顔で笑った。
「海老を調べてからだな」
「順番があるの?」
「ある」
「じゃあ、早くして」
「気が短いな」
「探偵だからね」
「それは理由になるのか?」
「なるのよ」
スパーキーは作業台へ戻った。
その横で、海老と人形が、淡い紫色の光を放っている。
墓地の地下。
展示物に囲まれた秘密のラボ。
そのさらに下を、正体の分からない地下鉄が走っている。
そして、あたしはまだ知らない。
この場所が、紫モヒカンという男の「隠しラボ」であると同時に、
もっと別の何かへ繋がる場所だということを。




