第25話「墓標」
「そんで、ここに誰が眠ってるの?」
あたしは、並んだ墓石を眺めながら聞いた。
「誰も眠っちゃいないさ」
「墓地なのに?」
「墓地なのに、だ」
スパーキーは、草の間をゆっくり歩いていく。
「あたし、そういう場所って苦手なんだけど」
「そうか?」
「死んだ人間が眠ってる場所でしょう?」
「だから、眠ってないって言ってるだろ」
「じゃあ、ここは何なの?」
スパーキーは少しだけ振り返った。
「墓があるだけだ」
「へー」
あたしは周囲を見渡した。
古い墓石。
新しい墓石。
倒れたもの。
文字が消えかけたもの。
名前すら読めないもの。
「まあでも」
あたしは一つの墓石を見た。
「墓があるだけマシよね」
「そんなもんか」
「だって、何もないよりは」
あたしは言葉を止める。
その先を言うのが、少しだけ嫌だった。
「まあ、ちょっと掘った穴に、どさどさ投げ入れられてさ」
「そうか、仲間がたくさんだな」
淡々とした声だった。
「上からバァーって土かけられて」
「……」
「そんでブルドーザーのキャタピラ痕が残るだけ」
「そうか」
「墓標すらない」
「墓標か」
あたしは、目の前の墓石を見る。
誰かの名前。
誰かの生きた証。
それが石に刻まれている。
「一体、誰が生きた証を証明してくれるのやら」
「そういう人生もあるさ」
「まあね」
あたしは海の方を見る。
「決して良い人生じゃないだろうけどね」
スパーキーは答えなかった。
二人の間を、海からの風が抜けていく。
しばらく歩く。
そして、スパーキーが、一つの墓の前で止まった。
「あら」
あたしも足を止める。
「これは?」
「墓だ」
「見れば分かるわよ」
目の前には、他より少しだけ状態のいい墓標が立っている。
名前らしきものも刻まれている。
文字は古い。
けれど、まだ読める。
「墓標らしい墓標ね」
「お褒めに預かりってとこだな」
「誰が眠ってるって?」
あたしは墓標を見る。
スパーキーが答えた。
「ゴーグル」
「……」
その名前を聞いた瞬間。
あたしは黙った。
「ここに?」
「ああ」
「本当に?」
「さあな」
「墓なのに?」
「墓だからって、中に本人がいるとは限らん」
「……それもそうね」
スパーキーは墓標を見つめた。
「やつの居所なんて、わかるわけないさ」
「どうして?」
「わかってりゃ、各国が血眼になって奪い合ってる」
スパーキーは海へ顔を向ける。
「生きてるならな」
「へえー、それを楽しむ人じゃないんだ」
スパーキーは笑った。
「やつは自由だからな」
「へえーそうなの」
「誰にも縛られることなんてないさ、やつはな」
あたしは墓標を見つめる。
「あなたの記憶の中には居るんでしょう?」
スパーキーの耳が、少し動いた。
「居るな」
「どんな人?」
「いろいろだ」
「また曖昧ね」
「じゃあ、一つだけ話してやる」
スパーキーは墓標の横に座った。
「昔のとあるラボでな」
「うん」
「あいつが、ものすごく真剣な顔で何かを見てた」
「ゴーグルが?」
「ああ」
「何を?」
「さあな、なんかの基盤だったかな」
「そこが大事なんじゃない?」
「俺にも分からなかった」
「で?」
「真剣な顔をして、じっと見てた」
「それで?」
スパーキーが少し間を置いた。
「三秒で飽きた」
「……」
あたしは思わず笑った。
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「それ、本当に真剣だったの?」
「最初の三秒だけはな」
「ひどい」
「そういうのは、日常茶飯日だったさ」
あたしは墓標を見る。
さっきまで少し重かった空気が、ほんの少しだけ軽くなった。
「まあ、後でいろいろと話してやるよ」
スパーキーが言った。
「ただし――」
こちらを見る。
「あんたが持ってる物も必要になる」
あたしはバッグを見る。
海老、そして、人形。
「そうですか。持ってきてよかった」
「話の種だ」
「腹の足しにはならないわよ」
「わかってるさ」
スパーキーは笑った。
あたしも笑う。
その時だった。
墓標の後ろ。
地面に埋まっていた小さな金属板が、淡く光った。
紫色。
「……」
あたしは気づいた。
スパーキーも気づいている。
「これ」
しゃがみ込む。
金属板には、古い端子が一つ。
その形を見た瞬間。
バッグの中の海老が――
――カチ。
人形も。
――カチ。
「……」
スパーキーが言った。
「どうやら、話の種が増えたな」
あたしは金属板を見る。
「今度は、腹の足しにもなりそう?」
「さあな」
「でしょうね」
墓地には、誰も眠っていない。
それでも、誰かがここに何かを残した。
それだけは、確かなようだった。




