第24話 墓地へ
犬の後ろを歩きながら、
あたしは軽く尋ねた。
「あんた、名前は?」
「モヒカン」
「それは飼い主でしょ。犬のあなたの名前は?」
「スパーキーと呼ばれている」
「正確には『スパーキー16、ATM」
「ああ、お金を出し入れできるのね」
「そっちじゃない。アンチ・タンク・ミサイルの方だ」
「対戦車ミサイルね。強そうじゃないの」
「信じるかどうかは、あんたの自由さ」
そして、また数歩歩いたところで尋ねる。
「ところで、これから何処に行くの?」
あたしが尋ねると、黒い犬、スパーキーは、
路地の奥へ向かう。
「俺のラボに案内しよう」
「へー、ご招待されたってわけ?」
「ご招待させてもらおうか、クロノ・ファントムさん」
足が止まった。
「……さすが、ご存知のようね」
「過去は隠し切れるもんでもない」
スパーキーは振り返らない。
「至るところの記録が、いろんな場所に残る時代にな」
あたしは苦笑した。
「政治的配慮で、全て抹消されたと思っていたけど」
「そんなのは無理さ」
「うちも案外甘いのね」
「そんな事はない」
スパーキーは、何でもないことのように言った。
「フェイク動画が溢れた時代もあったからな。
見抜く技術も発達したよ」
「そうね」
あたしは歩きながら答える。
「そういう時代もあったかもね」
「そういう動画のおかげで、何回この星が滅びかけたことか」
「あら」
あたしは犬の横顔を見る。
「この星を割る技術でも開発したのかしら?」
「……分かったよ。言い直す」
「どうぞ」
「この星の人間が滅びる危機があった」
「うん、合格」
「そりゃどうも」
「いいえ、どういたしまして」
スパーキーが一瞬だけこちらを見る。
犬なのに、呆れているのが分かる。
「お前、面倒な女だな」
「よく言われるわ」
「だろうな」
「でも、あんたも大概よ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「勝手にすれば?」
しばらく歩く。
人気のない路地。
古い工場。
閉鎖された倉庫。
錆びた配管。
海風が吹いている。
それでも、この辺りの空気は悪くない。
「……」
あたしは何となく空を見た。
煙が流れている。
だが、こちらには来ない。
「本当に空気はいいのよね」
「そうか?」
「内陸よりはね」
「海があるからな」
「それだけ?」
「さあな」
まただ……。
この犬は、何でも知っているようで、何も知らないような答え方をする。
その時、スパーキーが突然、立ち止まった。
「そんで」
振り返る。
「後ろのゾロゾロついて来てるのは、一体なんだ?」
「……」
あたしも振り返る。
誰もいない。
少なくとも、人間の姿は見えない。
「あたしの感覚だと――」
目を閉じる。
気配を探る。
「少なくとも九人」
スパーキーが鼻を鳴らした。
「バカ言え」
「何よ」
「三十人は居るなー」
「三十?」
「いる」
「……」
あたしはもう一度、周囲を見る。
何もいない。
ただ、建物の隙間。
屋根。
電柱。
暗い窓。
その向こうに、何かがいるような気がする。
「三十人なんて、どこにいるのよ」
「正確には九人と――」
スパーキーが少し考えた。
「二十一個の……なんと言えばいい?」
「亡霊?」
「そうかもな」
「……」
背筋が冷えた。
人間ではない。
でも、何かがいる。
「どうする?」
スパーキーが聞く。
「戦う?」
「いや」
スパーキーが尻尾を動かした。
「走れるか?」
「あたし?」
「そうだ」
「走るのは好きよ」
「それは良かった!」
次の瞬間──、
スパーキーが駆け出した。
「ちょっと!」
あたしも走る。
速い。
犬だから当然なのか。
それにしても速い。
「待ちなさい!」
「待ってたら捕まるぞ!」
「それなら最初に言ってよ!」
後ろから音がする。
足音。
金属音。
何かが壁を蹴った。
ガシャン!
「来てる!」
「だから走ってる!」
スパーキーがゴミ箱へ突っ込む。
ドン!
ゴミ箱が倒れる。
中身が道路へ散らばる。
あたしも飛び越える。
後ろで、
ガラガラガラッ!
派手な音がした。
「性格悪いわね!」
「使える物は全部使え!」
スパーキーがダンボール箱の山へ突っ込んだ。
ドドドッ!
箱が崩れる。
あたしも続く。
「ちょっと!」
「振り返るな!」
「振り返ってる暇なんてないわよ!」
後ろから、
ガッシャーン!
バタン!
何かが転んだ。
「効いてる!」
「何が?」
「足止め!」
「なるほど!」
スパーキーが細い路地へ入る。
あたしも続く。
その先に――
小さな穴。
「……これ?」
「入れ」
「冗談でしょう?」
「早く!」
犬が先に潜り込む。
「犬ならいいでしょうけど!」
「人間も入れる!」
「そういう問題じゃない!」
あたしは身体を横にして入った。
狭い。
低い。
暗い。
そして――
「……臭っ!」
「黙ってついて来い」
「あなた、人間の何倍も鼻がいいはずなのに、
よくこんな臭い所通れるわね!」
「鼻腔にシャッターがある」
「あらそう」
「そうだ」
スパーキーが前を進む。
「便利な世の中になったぜ」
「犬が言うと説得力があるわね」
「だろ?」
通風口を抜ける。
次は土管。
「……また?」
「近道だ」
「この世界の近道って、こんなのばっかり?」
「表通りは敵がいる」
「それは分かるけど」
二人で土管を抜ける。
ようやく外へ出た。
あたしは立ち上がる。
服についた埃を払う。
「最悪」
スパーキーを見る。
「あとで服代、請求するから」
「経費で落とせ」
「誰の?」
「俺のラボ」
「ラボに経費なんてあるの?」
「気持ちだけなら」
「じゃあ、いらない」
後ろから聞こえていた音が、次第に遠ざかっていく。
ガラガラ。
ガシャン。
バタン。
何かが倒れる音。
時々、
「うわっ!」
「待て!」
「こっちだ!」
そんな声まで聞こえた。
でも、それも少しずつ減っていった。
やがて、何も聞こえなくなる。
「……」
あたしは振り返った。
誰もいない。
「撒いた?」
「たぶんな」
「三十人も?」
「九人と二十一個な」
「それ、どう違うのよ」
「見れば分かる」
「見えないから聞いてるの」
スパーキーは答えなかった。
さらに歩く。
街灯も少なくなっていく。
建物も減る。
海の音が近くなる。
そして、突然。
景色が開けた。
「……墓地?」
目の前に、古びた墓地が広がっていた。
墓石は傾いている。
草も伸び放題。
一部は崩れている。
管理されているとは、とても言えない。
「こんな所に?」
あたしは周囲を見る。
「ラボがあるの?」
「ある」
スパーキーは墓地の中へ入っていく。
「どこ?」
「もう着いたようなもんだ」
「……」
あたしは後を追う。
海風が吹いた。
草が揺れる。
その風の音に混じって――
かすかに機械音が聞こえた。
「……これ」
あたしは立ち止まる。
地面の下。
何かが動いている。
スパーキーが振り返った。
「ようこそ」
黒い犬が笑った。
「俺のラボへ」




