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探偵は静かに語る……。Lady  作者: てきてき@tekiteki


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第28話「パパパーン!クロノ・ファントムの活躍」

 「待たせたな」


紫色のモヒカン頭の男が、ラボへ入ってきた。

あたしは腕を組んだ。


「三十分きっかりね」


「そうか」


男は壁の時計を見る。


「予定より三秒早い」


「そこまで正確なの?」


「時間は大切だからな」


「へえ」


あたしは男を眺めた。

紫色のモヒカン。

革の作業服。

工具を腰にぶら下げている。


どう見ても、普通の技術者ではない。


その足元では、スパーキーが尻尾を振っている。


「あんたが探偵さんか」


「知ってるの?」


男はあたしを見る。


「そりゃそうさ、クロノ・ファントムの元隊長さん」


「……」


あたしは少しだけ眉を上げた。


「随分と有名なのね、あたし」


「うーん、有名というより、記録が残っている」


「また記録?」


「この時代、もはや記録は消えない」


「消したつもりでも?」


「別の場所に残る、ネットワークの深海にな」


「そんで降り積もって、化石にでもなる?まあ、嫌な時代ね」


「便利な時代でもあるぜえ」


モヒカンは作業台へ向かった。

海老を手に取る。


「ほーん、これか」


「そうよ。美味しそうでしょ?」


「あーあー、なるほどなあ」


「分かる?」


「少しだけな」


「少し?」


「ま、詳しく調べるには時間がいる」


「どのくらい?」


「数時間」


「……」


あたしは黙った。


「何だ?」


「はあー。また待つの?」


「嫌か?」


「さっき三十分待ったばかりなのよ」


「じゃあ、もう少し待てるな。安心した」


「あのー、それ、慰めになってないわよ」


スパーキーが笑ったように見えた。

でも、餌が欲しい顔かもしれない。


「まあ、いいじゃないか」


「あなたは三十分待ってないでしょう」


「俺は仕事してたのさ」


「犬なのに?」


「犬の姿を借りかたからこそだ」


「意味が分からない」


「そのうち分かるよ」


「ほんとかしら?」


あたしは椅子へ戻った。


モヒカンは海老を装置にセットすると。

モニターに大量の文字が流れ始めた。


「……」


あたしも画面を見る。


さっきとは違う。

数字。

記号。

通信規格。

意味の分からない文字列。


「これ、本当に解析できそう?」


「できるかもしれない」


「かもしれない?」


「俺だって万能じゃないし、犬にだって難しいさ」


「それ、さっき聞いたわ」


「重要なことだからな、もう一回言ったのさ」


「あら、開き直ったわね」


モヒカンは黙って作業を続ける。

しばらくして、モニターの表示が止まった。


「……」


男が眉をひそめる。


「やっぱりな」


「何?」


「これ、かなり古い」


「古い?」


「ただの旧式じゃない」


「じゃあ何?」


「規格そのものが違う」


あたしは海老を見る。


「別の地域?」


「それも違う」


「別の国?」


「もっと違う」


「じゃあ何なのよ」


「まだ分からん」


「結局?」


「分からん」


「……」


あたしはため息をついた。


「だから映画でも見てろ」


「また?」


「あれはまだ途中だからな」


「何が?」


「クロノの映画」


「ああ……」


あたしはモニターを見る。

さっき見たDISCが、まだデスクの中に入っている。


「え?続きを見るの?」


「続きを見るも何も」


モヒカンが言った。


「映画は配給会社のロゴから見るのが礼儀だ」


「え?最初から?」


「途中から見ると話が分からんだろう?」


「もう見たでしょう。あたしも観たし」


「それでもいい。もう一度見ろ」


「何でよ」


「これはな、幻の名作だから」


「……」


モヒカンはDISCプレイヤーの再生ボタンを押した。

画面が暗くなる。


そして――

大仰なファンファーレ。


パパパパーン!


『クロノ・ファントムの活躍』

(フルカラー作品)


あたしは頭を抱えた。


「そんで、これ、いつの作品?」


「あー昔だな」


「何年前?」


「かなり前だ」


「だから何年前よ」


「ああー、昔だ」


「会話になってないけど」


画面に、特殊部隊が現れる。

全員、異様に筋肉質。


そして中央に立つ女隊長。

あたしは画面を指差した。


「だから、何であたしがこんな筋肉ゴリラなのよ」


「な、強そうだろ」


「強そうじゃなくて、別人でしょうが」


「本人を知らない人間が作ったからな」


「そりゃそうでしょうけど」


映像の中の隊長が、格好良く振り返る。

その背後で爆発。


ドォォォン!


「……」


あたしは黙った。


「何?」


「いや」


「何だ?」


「後ろで爆発が起きたのに誰も気にしてない」


「特殊部隊だからな。しかも選りすぐりの精鋭だ。こんなものでは動じんさ」


「え、そういう問題?いやこの爆風なら、地面からだから対人地雷があったんじゃない?」


その時、画面の中で隊長が叫ぶ。

ちょっと声が裏返る。


『前進!』


部下たちが一斉に走る。


そして――


先頭の兵士がつまづいて転ぶ。


二人目がそれにぶつかり転ぶ。


三人目がそれに巻き込まれて転ぶ。


四人目がそれを避けようとしてジャンプして転ぶ。


五人目があたふたしているだけ。


六人目は眠そう。


「……」


あたしはスパーキーを見る。


「これ、特殊部隊よね?なんなの?」


スパーキーは後ろ足で首を掻いている。


画面の隊長が、何事もなかったように進む。


「隊長!」


部下が叫ぶ。


「もう弾がありません!」


隊長が振り返る。


『弾がないなら、もう撃つな!』


「当たり前でしょうが!しょうもな!」


あたしが思わず突っ込んだ。


モヒカンが笑う。


「ああ、いい台詞だ、染みる」


「はあ、どこにそんなポイントが?」


画面では、兵士が銃を捨てる。

そして手榴弾を取り出した。


「その持ち方、待って」


あたしは嫌な予感がした。


ピンを抜く。


投げる。


手榴弾は――

味方の方向へ飛んでいく。


「……あかんやつ」


爆発。


 ドォン!


全員が吹き飛んだ。

あたしは両手で顔を覆った。


「何でうちの隊員がそんななのよ!」


「なんか、失敗したんだろ?ピンが抜けにくいとか」


「いや、あれあれ!」


あたしは、片手でモヒカンの肩を叩く。


「見れば分かるから!普通はね」


「まあ、よくあるらしいじゃないか」


「一般兵の訓練は知らないわ」


あたしは、モヒカンに人差し指の指紋を見せる勢いで、

指を立てて力説する。


「特殊部隊でよくあってたまるもんですか!」


モヒカンは作業を続けながら言った。


「ああ、面白いもんだな」


「そっちも?」


「こういう馬鹿な映像は好きだ」


「あなたまで……」


画面の中では、隊員たちが立ち上がる。

全員無傷。


「生きてるはまだいい。なんで無傷なの?」


「ん?フェイクだからだろ」


「いいわね、フェイクって。あたしもフェイクになろうかしら」


「あれは本物ってことになっちまうが、いいのかい?」


「うるさい!」


隊長が再び走り出す。


かっこよく塹壕を飛んでかわす。

塹壕の中、つまり下からのアングルがチープだ。


「時間稼ぎ?」


そして――

塹壕に落ちた。


飛び越えられなかった。


「あ……」


溝だった。

深い溝。

塹壕という名の。


画面から、隊長の姿が消える。


「あ」


あたしが呟く。

スパーキーがつまらなさそうに画面を見ている。


モヒカンがつぶやく。


「落ちたな」


「ええ、見れば分かるわよ」


しばらく何も起きない。


やがて、穴の中から手が出てくる。

親指が立っている。


「……」


あたしは吹き出した。


「何それ」


「生存確認だろ」


「親指一本で何を格好つけてるの?落ちたのに」


「たぶん、無事と知らせているんだよ」



画面の中で、隊長が這い上がってくる。


服は泥だらけ。

顔も泥だらけ。


それでも、なぜか格好いい音楽が流れている。



「そこクライマックスじゃないでしょうよ!」


「ゆるせ。演出だ」


「分かってるわよ」



隊長は立ち上がる。

敵の基地を見る。


そして、銃を構える。



「さっき、弾ないって……」


「ああ、ないって言ってたな」


「じゃあどうするのよ」



隊長は銃を投げ捨てた。

そして走る。



「まさか」



敵に突っ込んでいく。


殴る。


蹴る。


かなり相手との隙間がある。

当たっているようには見えない。


敵がワンテンポ遅れて、飛んでいく。

敵が殴られるのを待っているのが分かるシーンまである。


お約束の格闘シーンでも転ぶ。

また立つ。


それなのに、なぜか敵がどんどん倒れていく。


「はあ……」


あたしは画面を見つめる。


「強いのか弱いのか、分からないわね」


「強いんじゃないか?」


「どこが?」


「最後には勝つ」


「結果だけ見ればね。というか、こういう便利な敵、いいわね」


「便利な敵ね」



画面の中で敵の基地が爆発した。


 ドォォォン!


巨大な炎。

崩れ落ちる建物。


隊員たちが逃げる。


しかし――

一人が逃げ遅れる。


「待って!」


隊長が戻る。

肩を貸して隊員を助ける。


そして、引きの映像では二人で走る。

むしろ、傷ついた隊員の方が、逃げ足が早い。


「助ける必要あった?」


「あったさ」


その背後で爆発。


さらに爆発。


さらに大きい爆発。


「……」


あたしは少し黙ってしまった。


「ああ、ここだけは、ちょっと格好いいわね」


スパーキーが横を見る。


(そうか?)

と言いたげな雰囲気だ。


「まあね、爆発なんて、あんないいもんじゃない」


「そうなのか」


「そうよ。もっと地味で、もっと残酷」


映画の中では隊長が隊員の肩を抱く。


 『仲間は見捨てない』


画面に大きな文字。


『WE NEVER LEAVE ANYONE BEHIND』


あたしは笑った。


「そこは、ちゃんとしてるじゃない」


「そうだな」


モヒカンも画面を見ていた。

その声だけは、少し真面目だった。


映像は続く。


隊長たちは敵基地から脱出する。

しかし、途中で車両が故障する。


「……」


「また?」


あたしが呟く。


隊長が車のボンネットを開ける。


煙。


「ほら壊れた!さあ、どうする?」


「何でこんな簡単に壊れるのよ」


「整備不良だろうな」


モヒカンが即答した。


「そこだけ技術屋らしいわね」


隊長は車を蹴る。

車は動かない。


もう一度蹴る。


動かない。


思わず腹が立ったのか、ハンドルに八つ当たりするとエンジンがかかった。


「……」


「ほら、直った」


「どう考えても直ってないでしょう!あんた技術屋でしょう」


車は煙を吐きながら走り出す。


「煙吐きすぎでしょこんなの。危ないわよ!」

「なに、蒸気機関なの?石炭車なの?」


画面の中で、車が崖へ向かう。


「ちょっと!なんでそっち!」


急ブレーキ。

間に合わない。

車が崖から飛び出す。


「――!」


あたしが立ち上がった。


しかし、車は空中で回転し――

下にあった巨大な輸送機の上へ着地した。


「……」


静寂。


このあり得ない状況にスパーキーも立ち上がる。


(見事だな!)

と言いたげだ。


「すごかったな。今の」


「どこがよ!思わず犬もたったわよ!」


輸送機がそのまま飛び立つ。

隊長たちは助かった。


画面に再び、


『MISSION COMPLETE』


の文字。


そして、あの大仰なファンファーレ。


 パパパパーン!


映像終了。


画面が暗くなった。


あたしは椅子に座り直した。


「ああ……」


「よかったなあ。ほら、どうだった?」


スパーキーが聞く。


「なんて、くだらない」


「そうか、感動したか!」


「はあ?でも……」


あたしは少し笑った。


「嫌いじゃなかった」


「だろ?」


「ただし!」


あたしは画面を指差した。


「この隊長が、あたしだっていうのだけは認めない」


モヒカンが海老から目を離さず言った。


「だよな、本人より格好いいからな」


「はあ?喧嘩売ってる?」


「え?褒めたつもりだが」


「それ、余計に腹が立つわね」


スパーキーが尻尾を振り回す。

笑っているように見える。


「まあ、取り乱すな」


「誰のせいよ」


その時だった。

海老の内部から、


 カチ。


小さなあの音が響いた。


笑い声が止まる。

モニターに、新しい文字列が現れる。


モヒカンが画面を見る。


「ああ……」


「何?」


「動いたな」


「海老が?」


「ああ」


さっきまで意味の分からなかった文字列が、ゆっくりと変化していく。


一行。


また一行。


そして最後に――

一つの名前らしき文字列が表示された。


モヒカンが目を細める。


「これは……」


あたしも画面へ近づく。


「何なの?」


モヒカンは答えない。

スパーキーだけが、静かに海老を見ていた。


「ねえ、どうしたの?」


あたしが重ねて聞く。

スパーキーは少し近づいてくる素振りを見せた。


そして、


「どうやら」


小さく呟いた。


「映画より、こっちの方が面白そうだな」


あたしは画面を見る。

さっきまで笑っていたラボの空気が、少しだけ変わった。


海老はまだ、何かを隠している。


そして――

それを開けるための鍵が、ようやく動き始めたようだ。

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