第22話「情報集めの会」
海を越えてから、三日目。
あたしは、同じ店に二度入ることを避けていた。
理由は簡単。
誰が敵で、誰が味方なのか。
まだ分からないからだ。
それに――
この街では、情報そのものが商品になっている。
なら、同じ相手から何度も買う必要はない。
「……情報集めの会、ね」
端末に表示された場所を見る。
古い倉庫。
港から少し離れた工業地区。
表向きは使われていない施設。
けれど、夜になると人が集まる。
技術屋。
運び屋。
情報屋。
ジャンク屋。
元企業関係者。
そして、暇を持て余した変人。
要するに。
「あたしみたいなのが行く場所じゃないわね」
そう言いながら、扉を開けた。
中には十人ほどいた。
円形に置かれた机。
それぞれ端末を持っている。
古いもの。
新しいもの。
薄型。
大型。
腕に埋め込まれたものまである。
「……」
あたしは部屋を見回した。
誰もこちらを歓迎しない。
でも、誰も追い出そうともしない。
それだけで十分だった。
空いている席に座る。
「参加費は?」
向かいの男が聞く。
「情報」
「何の?」
「海老」
部屋が静かになった。
「……」
「……」
「……」
「何よ」
一人の女が言った。
「本当に海老なの?」
「見れば分かるでしょう」
バッグから少しだけ出す。
海老の尻尾。
それだけで、数人の顔色が変わった。
「しまえ」
男が言った。
「なんで?」
「見せない方がいい」
「今さら?」
あたしは海老を戻した。
「それで?」
「この辺りの技術屋を探してる」
「技術屋なら腐るほどいる」
「紫のモヒカン」
また沈黙。
「……」
「……」
「……」
「何?」
女がため息をついた。
「その名前、ここでも有名よ」
「本物は?」
「知らない」
「またそれ?」
別の男が口を挟む。
「本物を知っている人間は、ここでは名前を出さない」
「どうして?」
「面倒だから」
「なるほど」
実に分かりやすい。
情報交換が始まった。
最初はどうでもいい話だった。
工場の閉鎖。
新しい港湾システム。
企業が買収した修理工場。
軍の払い下げ品。
そんな話。
けれど、聞いているうちに、妙なことに気づいた。
「あんた」
隣の男を見る。
「何?」
「その端末」
「これ?」
「ここの端末?」
「そうだ」
「さっきの奴と違うわね」
「当然だ」
男は笑った。
「地域が違う」
「地域?」
「端末にも方言があるんだよ」
「方言?」
男は画面を見せる。
「同じ通信規格でも、地域によって実装が違う」
別の女が口を挟んだ。
「プロトコルもそう」
「プロトコルまで?」
「当然」
彼女は端末を操作する。
「中央圏の端末は、認証が階層型」
画面に図が出る。
「こっちは海岸圏。
認証の前に接続元の地域コードを見る」
「へえ」
「さらに向こうの地域では、古い軍用プロトコルをそのまま使ってる」
「そんなに違うの?」
「統一した方が楽なのにね」
「統一すると困る連中がいるのよ」
別の男が笑った。
「企業とか?」
「企業だけじゃない」
「軍?」
「政府も」
「なるほど」
あたしは腕を組む。
世界は広い。
端末一つ取っても、その土地の歴史が残る。
「だから、中央圏の端末をこっちに持ってきても、そのままでは使えない」
技術屋が言った。
「変換器を使えば?」
「使える」
「じゃあ問題ないじゃない」
「問題は、その変換器」
「何が?」
「変換器そのものに地域情報が入っている」
「……」
あたしは少し考えた。
「つまり?」
「どこの地域で、どのプロトコルを使っていた端末なのか」
「それが分かる?」
「分かる場合がある」
「端末そのものが身元を喋るってこと?」
「そういうこと」
面白い。
そして、海老を見る。
「……」
もしかすると、あれにも。
「ところで」
さっきの女が聞いた。
「あなたは何を探しているの?」
「海老を開けられる技術者」
「本物の?」
「できれば」
「なら、地域を間違えてる」
「どういう意味?」
「この辺りの技術者は、機械を直すのは得意」
「でも?」
「特殊な暗号や、古い軍用規格を扱う人間は少ない」
「じゃあ、どこ?」
女は地図を出した。
「さらに西」
「内陸?」
「違う」
指が海岸線をなぞる。
「もう一つ、海を越える」
「……」
「その先に、古い技術者の集まりがある」
「そこに紫モヒカンが?」
「知らない」
「でしょうね」
その時、部屋の奥にいた老人が、初めて口を開いた。
「紫モヒカンを探しているなら」
全員が老人を見る。
「彼を探すのではなく」
老人は端末を閉じた。
「彼の技術を探した方がいい」
「どういうこと?」
「名前を追うから、偽物が増える」
「……」
「技術を追えば、本物に近づく」
あたしは笑った。
「なるほど」
「何か心当たりが?」
老人は首を振る。
「ない」
「じゃあ、なんでそんなこと言ったのよ」
「経験則だ」
「便利な言葉ね」
老人は笑った。
「探偵には、よく使う言葉だろう」
「……まあね」
情報集めの会は、その後も続いた。
端末。
通信。
地域プロトコル。
古い軍用規格。
企業独自仕様。
海を越えるたびに、同じ機械でも別の言語を使っている。
あたしはメモを取った。
そして、最後に、一つだけ質問した。
「この海老」
全員を見る。
「どこの地域のプロトコルか、分かる?」
沈黙。
誰も答えない。
しばらくして。
一人が言った。
「分からない」
別の人間も。
「俺も」
「私も」
「見たことがない」
「そもそも、そんな形の端末を知らない」
「……」
あたしは海老をしまった。
「そう」
それだけだった。
けれど、部屋を出る直前。
さっきの老人が声をかけてきた。
「探偵と名乗る人よ」
振り返る。
「何?」
「一つだけ言っておく」
「何を?」
老人は、自分の古い端末を指で叩いた。
「この世界では、端末が違えば世界が違う」
「……」
「そして」
少し間を置く。
「プロトコルが違えば、同じ人間でも別人に見えることがある」
あたしは黙った。
その言葉が。
妙に引っかかった。
本人確認。
DNA。
記憶。
意識。
そして。
端末。
「……なるほどね」
あたしは外へ出た。
海風が吹いている。
空気はやっぱり、少し軽い。
「本人が本人だって証明するのも」
海を見ながら呟く。
「ずいぶん面倒な世界になったもんね」
バッグの中、海老は静かだった。
けれど、その内部でまた一度だけ小さな音がした。
――カチ。




