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探偵は静かに語る……。Lady  作者: てきてき@tekiteki


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第19話 海の向こう

 あれから数日たった。

技術者を探し始めて、何日目になるのか。

正確には数えていない。


数える意味もなくなってきた。


一人目。


旧軍用デバイス専門。


廃業。


二人目。


バイオロイド技術者。


死亡。


三人目。


違法ネットワークの解析屋。


消息不明。


四人目。


企業研究所の元技術主任。


連絡不能。


五人目。


「……また?」


画面に表示された情報を見る。

所在地不明。

連絡先なし。

経歴だけが残っている。


「人間なの?」


検索画面を閉じる。

ここまで来ると、偶然とは思えない。

海老デバイスを調べようとするたびに、人間が消える。


いや、正確には――

消えた人間しか、候補に残っていない。


あたしは椅子に深く腰を沈めた。

机の上には、海老。

その横には、人形。

どちらも黙っている。


「……あんた達の持ち主って、ずいぶん嫌われてたのね」


当然、返事はない。


「それとも、嫌われてるのはこっち?」


海老を指でつつく。

何も起こらない。


「まあ、いいわ」


端末を操作する。

検索条件を変える。


この街。

周辺都市。

大陸側。

旧軍施設。

企業。

地下ネットワーク。

違法市場。


全部、調べた。

それでも見つからない。


「……だったら」


あたしは検索範囲をさらに広げた。

地図が表示される。


都市。

国境。

海。

その向こう。


「海外、ね」


今まで考えていなかったわけじゃない。

ただ、海を越える必要があるほどの技術者が本当にいるのか。

そこが疑問だった。


この世界で、海老デバイスを開けられる人間が一人しかいない。

そんな話が本当なら。


その一人は、当然ながら――

普通の場所にはいない。


情報屋に連絡を取った。


三回。


全部無視された。


「……人気者ね、あたし」


四回目。


ようやく繋がった。


「久しぶり」


返事はない。


「聞こえてる?」


『……何を探してる』


「技術者」


『どんな?』


「海老を開けられる奴」


沈黙。


『……まだ持ってるのか』


「知ってるの?」


また沈黙。


『その話は、ここではするな』


「ここってどこ?」


『通信回線だ』


「じゃあ、どこならいいのよ」


『……海を越えろ』


「は?」


『海を越えた先にいる』


「あら」


思わず背筋が伸びた。


「誰が?」


『技術屋だ』


「名前は?」


『知らない』


「知らないのに、いるって分かるの?」


『名前なんか必要ない』


「じゃあ、どうやって探すのよ」


しばらく間があった。


『紫だ』


「……紫?」


『モヒカンだ』


「……」


『それだけ覚えておけ』


通信が切れた。


「……」


あたしは端末を見つめた。


「何よ、それ」


紫。

モヒカン。

技術屋。


三つの単語しかない。


「人探しの情報としては最低点ね」


でも、候補者の名前すら残っていなかった今までとは違う。


初めてだ。

生きている人間の情報が出た。

それだけで十分だった。




 ──翌日。


港へ向かった。

海を見るのは久しぶりだった。


この街の海は、綺麗とは言えない。

水面には油膜が浮いている。


遠くには大型の浄化施設。

その向こうに、巨大な貨物船。


「……海か」


あたしは岸壁に立った。

風が強い。

ガスマスク越しでも、塩気が分かる。


「海老の出番ってわけね」


バッグを見る。


「食べる方じゃないけど」


海老は静かだ。

人形も静かだ。


「紫のモヒカンねぇ……」


想像してみる。


紫色の髪。

モヒカン。

工具を持った男。


「……」


どう考えてもまともじゃない。


「まあ、まともな奴なら、とっくに見つかってるか」


あたしは笑った。


問題は、どうやって海を越えるかだった。


──普通の旅客船。


却下。


入国検査。


武器。


身元。


過去。


余計なことまで調べられる。


──飛行機。


もっと面倒。


だから。


「密輸船、ね」


目の前に停まった小型貨物船を見る。

船体は古い。

塗装も剥げている。

煙突から出る煙も妙に黒い。


「完璧」


船員らしき男がこちらを見る。


「乗るのか?」


「海の向こうまで」


「金は?」


あたしは端末を見せる。

男の目が変わった。


「……どこまで知ってる?」


「何も」


「じゃあ、なんで来た?」


「紫のモヒカンを探してる」


男の顔から、表情が消えた。


「……」


「あら」


反応した。


「知ってるの?」


「知らない」


「今の顔で?」


「知らない」


「へえ」


あたしは船を見上げた。


「じゃあ、乗せて」


「……」


「それとも、海老って言った方がいい?」


男が黙る。


「図星ね」


「……乗れ」


「ありがとう」



船に乗る。

出港。


街が少しずつ遠ざかる。


高層ビル。

ネオン。

汚染された空。


そして。

あたしの事務所。


全部が小さくなっていく。


バッグの中には海老。

人形。


そして、何も分からない亡霊の手がかり。


「……」


あたしは船尾から街を見る。


ふと、あの集合写真を思い出した。

六人。

クロノ・ファントム。


昔なら、こういう場所へ行く時、仲間がいた。


偵察。


通信。


解析。


護衛。


役割があった。


今は――


「あたし一人」


口に出してみる。

海風が答える。


「……まあ、いいわ」


一人でも仕事はできる。

それで十分だ。


そう思った。


その時、バッグの中から音がした。


――カチ。


あたしは振り返る。


「……また?」


海老を取り出す。

人形を横に置く。


二つとも光っている。


だが、今までとは違った。


二つの光が、同じ方向を指している。


船の進行方向。

海の向こう。


「あら」


あたしは目を細めた。


「もしかして……」


海老を持ち上げる。


「こっちで合ってる?」


光が一度だけ強くなった。


「……はいはい」


笑う。


「道案内までしてくれるのね」


船は進む。

海は暗い。

その先に何があるのか。

まだ分からない。


ただ、一つだけ分かった。


この海の向こうには――

紫色のモヒカンをした技術者がいる。


そして、そいつだけが。


この海老を開けられるかもしれない。


「……さて」


あたしは海を見る。


「どんな変人なのかしらね」


船は夜の海を進んでいった。

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