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探偵は静かに語る……。Lady  作者: てきてき@tekiteki


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18/22

第18話 取り残された探偵

 抗争が終わった。


正確には――


終わらされた。


あたしはバイクを走らせながら、バックミラーを見た。

さっきまで銃声が響いていた場所は、もう遠い。


煙も薄い。

道路も片付いている。

人の姿もない。


まるで、最初から何も起きていなかったみたいだった。


「……気味が悪いわね」


普通なら、戦闘の後には何かが残る。


薬莢。


血。


壊れた車。


割れたガラス。


怒鳴り声。


救急車。


警察。


野次馬。


それが全部ない。

あるのは、いつもの汚れた街だけ。


「証拠まで消すのね」


独り言を言いながら、アクセルを緩める。

別に、証拠を残してほしいわけじゃない。


ただ――


綺麗すぎる。

それが気に入らない。


事務所に戻る。

バイクを停める。

建物を見上げる。


以前より、明らかに整っている。


外壁のひび。

階段の染み。

路地のゴミ。

全部、少しずつ消えている。


「……やっぱりね」


誰かが、この建物を維持している。


あたしのためなのか。

店主のためなのか。


それとも――

別の何かのためなのか。


まだ分からない。

エントランスへ入る。


以前なら、管理室から無言の左手が出てきた。


今日は――

何もない。


「……あら?」


カウンターを見る。

誰もいない。

以前までそこにあった管理人の気配すらない。


「とうとう無人化?」


返事はない。


あたしはそのままエレベーターへ向かう。

ボタンを押す。

すぐに扉が開いた。


中へ入る。

閉じる。


「……」


妙だ。

あたしが何階へ行くのか、誰も確認していない。

以前は、何かしら反応があった。


監視。

確認。

あるいは単なる演出。


それが――

今日はない。


エレベーターが動く。

表示が変わる。


一階。


二階。


三階。


「……」


そして止まった。

扉が開く。


あたしの事務所の階。


廊下に出る。

静かだ。

静かすぎる。


「……おかしい」


ここまで来ても、人の気配がない。


いや、人だけじゃない。

機械の気配もない。


換気装置。


照明。


監視装置。


全部、必要最低限しか動いていない。


あたしは歩く。

自分の部屋の前で止まる。


ドアを見る。


傷。


変化なし。


ノブ。


変化なし。


「……」


手を伸ばす。


そこで――

止めた。


「待って」


違和感。


ほんの小さな違和感。


鍵穴……。


いつもと違う。


「あたし、ここに鍵なんて掛けたっけ?」


考える。


出ていく時。

確かに閉めた。


だが――

鍵を掛けた記憶がない。


「……誰か入った?」


腰に手を添える。

銃を確認する。


抜かない。


まず見る。

ドアの下。


光。


室内から漏れている。


「……」


あたしは息を止めた。


出る時には――

電気を消した。


「誰かいる」


断定。

壁沿いに立つ。

銃を抜く。

安全装置を外す。


呼吸を浅くする。

音を聞く。


――何もない。


「……また?」


あの連中。

人間なら、何か聞こえる。


呼吸。


衣擦れ。


体重移動。


だが――


何もない。


あたしはドアノブへ手を伸ばす。


そこで。


中から音がした。


――カチ。


「……」


聞き覚えがある。


海老。


いや違う。


人形。


あの二つが出す音。


「……あんた達、先に帰ってたわけ?」


冗談を言ってみる。

返事はない。

当然だ。


あたしはドアを開けた。




部屋の中。


何も変わっていない。


机。


椅子。


棚。


ベッド。


壁。


そして――

六人の集合写真。


「……」


写真を見る。


触られていない。

角度も同じ。


埃も同じ。


「あんた達は無事ね」


小さく呟く。


そして机を見る。


そこに――

何かが置かれていた。


「……また?」


小さな紙。

白い。

文字は一行だけ。


あたしは近づく。

触らない。

まず読む。


そこには、


「解析者を探してください」


と書かれていた。


「……」


あたしは紙を見る。

次にバッグを見る。


そして、海老を見る。


「……知ってるわよ」


誰に言うでもなく呟く。


「だから探しに行くんでしょうが」


紙を裏返す。

何もない。


「ずいぶん親切になったじゃない」


皮肉を言う。


だが、妙だ。


店主からのメッセージなら、もっと回りくどい。

あの店主は、直接答えない。

いつもこちらに考えさせる。

それなのに。


今回は――


「解析者を探してください」


あまりにも直接的。


「……誰?」


その瞬間。

部屋の照明が消えた。


「!」


反射的に銃を構える。


暗闇。

完全な暗闇。

窓の外のネオンすら消えている。


「……」


息を整える。

耳を使う。


音は――

ない。


だが、バッグの中から。


――カチ。


そして。


――カチ。


二つの音。


海老と人形。


同時。


「……またか」


あたしはバッグを開く。


暗闇の中、海老の表面が、淡く光っている。


人形のゴーグルも。


紫色。


「……紫?」


その光が、床に線を描いた。


一本。


まっすぐ。


机の下へ伸びている。


「……」


あたしはしゃがむ。


机の下を見る。


何もない。


でも。


床に、もう一本。


紫色の線。


それは壁へ向かっている。


「……道?」


線を追う。

壁の前で止まる。


壁には何もない。

ただのコンクリート。


あたしは指を伸ばす。

触れる。


――カチ。


壁の一部が沈んだ。


「……え?」


低い機械音。

壁が左右に割れる。


その奥に――

小さな空間が現れた。


「……秘密基地?」


思わず笑う。


「うちの事務所に?」


中は暗い。


しかし、中央に、一台の古い端末が置かれている。


現代の機械とは思えない。


むしろ――

古い。

かなり古い。

端末の横には、小さな文字。


『CHRONO PHANTOM』


「……」


笑みが消えた。


「なんで……」


その名前を、ここで見る。

あり得ない。


あたしは一歩、後ろへ下がった。

銃を下ろす。


代わりに、写真を見る。

六人。


昔の仲間。

もう解散した部隊。

そして、この端末。


「……誰が置いたの?」


答えはない。

ただ端末の画面が点いた。


一行だけ。


『ACCESS REQUIRED』


その下に。


『COMMANDER』


と表示された。

あたしは黙った。


「……冗談じゃない」


画面を見つめる。

昔の部隊で使っていた認証形式。

もう使われていない。

存在するはずがない。


「こんなもの……」


指を伸ばす。

そこで止まる。


触れる前に。

バッグの中の海老が鳴った。


 ――カチ。


人形も鳴る。


 ――カチ。


端末が反応する。

画面に新しい文字が浮かんだ。


『WELCOME BACK』


「……」


あたしはしばらく動かなかった。

そして、小さく笑う。


「帰ってきたつもりなんて、ないんだけどね」


端末の画面が、ゆっくり明るくなる。


その瞬間。

あたしは初めて理解した。


海老を解析する人間を探す。

そのために街を走っていた。


店主の依頼を追っていた。

亡霊を探していた。


でも――

どうやら、この事件は。


あたしが思っていたよりずっと前から。

あたし自身を探していたらしい。

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