第16話「おかしな妨害」
――翌朝。
あたしは事務所の机に地図を広げていた。
昨日の一件から、技術者を探す方法を少し変えることにした。
正面から探すと、誰かに先回りされる。
なら、こちらから情報を分散させる。
一人に全部を聞く必要はない。
三人に別々の情報を聞けばいい。
「あたし、探偵なんだからね」
地図の上に三つ印をつける。
一つ目は軍用デバイスの修理屋。
二つ目はバイオロイドの部品屋。
三つ目は、違法な情報を扱う情報屋。
この三方向から、海老を扱える人間を探す。
同じ人物に行き着けば、それが答えになる。
「さて、今日は誰が先に逃げるかしら」
冗談半分で言った。
だが、昨日のことを考えれば、半分では済まない。
最初の修理屋へ向かう。
場所は昨日の工房から、それほど離れていない。
バイクを走らせながら、周囲を見る。
街はいつも通りだ。
ネオン。
広告。
ガスマスクをつけた人々。
空気清浄装置の音。
何も変わっていない。
ただ――
「……変ね」
昨日まであった看板が、一つなくなっている。
あたしは速度を落とした。
古い修理店だった。
店主は気難しいが腕がいい。
昨日、端末に残っていた記録では、確かに営業していた。
なのに。
シャッターが閉まっている。
貼り紙もない。
「あら」
バイクを停める。
シャッターの前に立つ。
鍵はかかっていない。
だが、開けようとは思わない。
閉めている理由があるなら、それを尊重する。
ただし――
「中にいるわね」
わずかな振動。
シャッター越しに、機械の音が聞こえる。
小さい。
だが、確かに動いている。
あたしはシャッターを二回叩いた。
コン。
コン。
音が止まった。
「こんにちは」
返事はない。
「昨日の続きなんだけど」
沈黙。
「海老の話」
その瞬間。
中で何かが倒れた。
ガシャン。
「あら」
あたしは少し笑った。
「聞こえてるじゃない」
しばらくして、シャッターの向こうから声がした。
「帰れ」
「昨日もそれ聞いたわ」
「今日は本気だ」
「昨日は?」
「昨日も本気だ」
「じゃあ、今日は何が違うの?」
「状況だ」
短い答え。
「誰か来た?」
沈黙。
「それとも、来る予定?」
沈黙。
「……なるほど」
あたしはシャッターから離れた。
「じゃあ、また来るわ」
「来るな」
「考えておく」
そのままバイクへ戻る。
走り出す。
背後を確認する。
誰も追ってこない。
「今度は、店ごと閉めさせたのかしら」
偶然とは思えない。
昨日、海老を見せた。
今日は店が閉まっている。
それだけなら、偶然かもしれない。
だが、昨日の工房。
消えた技術者。
届いた警告。
そして今日の店。
全部が一本につながっているように見える。
次の場所へ向かう。
バイオロイド部品の取引所。
表向きは普通の商店街。
裏では、かなり特殊な部品が流れている。
店を見つける。
営業している。
「あら、今日は普通ね」
店内に入る。
店員がこちらを見る。
一瞬だけ目が止まった。
だが、すぐに営業用の笑顔に戻る。
「いらっしゃいませ」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「何でしょう」
「あたし、あるデバイスを探してるの」
「どのような物でしょうか」
「海老の形」
店員の笑顔が止まった。
ほんの一瞬。
だが、見逃さない。
「あら」
「……海老、ですか?」
「そう」
「食べ物でしょうか」
「違うわ」
「では、何でしょう」
「それを知りたいの」
店員は困ったように笑った。
「申し訳ありませんが、当店では分かりかねます」
「そう」
「はい」
「じゃあ、質問を変えるわ」
「はい」
「あんた、昨日の夜、どこにいた?」
店員の顔が固まる。
「……なぜ、そのようなことを?」
「今の反応が面白かったから」
「……」
「冗談よ」
店員は笑わない。
「帰っていただけますか」
「分かった」
あたしは素直に店を出る。
外に出たところで、端末が振動した。
知らない番号。
通話を取る。
「もしもし」
『その店には、もう近づかないでください』
「誰?」
『あなたのためです』
「親切ね」
『警告です』
「どっちでもいいわ」
『海老を渡してください』
あたしの足が止まる。
「……何?」
『それを持っているから、あなたが狙われている』
「誰に?」
『それは――』
そこで通話が切れた。
「……最後まで言いなさいよ」
端末を見る。
番号は消えている。
履歴にも残っていない。
「あらら」
あたしは笑った。
「便利な電話ね」
そのままバイクへ戻る。
三人目。
情報屋。
ここまで来たら、もう普通の技術者探しではない。
誰が何を知っているのか。
それを調べる必要がある。
情報屋の店は、地下街のさらに奥にある。
入口は小さい。
階段を下りる。
一段。
また一段。
照明が暗い。
下に着く。
そこには、小さなカウンターがあった。
男が一人座っている。
「探偵か」
「あら、知ってるの?」
「この街で知らない奴の方が少ない」
「有名人ね、あたし」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味?」
男は答えない。
あたしはカウンターに座る。
「情報が欲しい」
「金は?」
「ある」
「何について?」
「海老」
男が顔を上げる。
「……海老?」
「そう」
「寿司の?」
「形はね」
「食べ物じゃない?」
「そう」
男はしばらく黙った。
やがて、端末を取り出す。
「それを見せろ」
「先に情報」
「無理だ」
「じゃあ、帰る」
「待て」
「何?」
男は周囲を確認した。
「ここで、その話をするな」
「なんで?」
「聞かれている」
「あら」
あたしも周囲を見る。
誰もいない。
客もいない。
店員もいない。
ただ、監視カメラが一台。
「あれ?」
「そうだ」
「監視されてる?」
「この店だけじゃない」
男は声を落とした。
「この街そのものが、お前を見ている」
「大げさね」
「大げさじゃない」
男は端末を閉じた。
「海老を持っている人間を探している連中がいる」
「誰?」
「分からない」
「またそれ?」
「本当に分からない」
「じゃあ、何を知ってるの?」
男は少し迷った。
「店主」
「あの店の?」
「ああ」
「何を知ってる?」
「その店主と敵対している組織がある」
「へぇ」
「一つじゃない」
「複数?」
男が頷く。
「お前が海老を持っていることを、そいつらが知った」
「どうして?」
「知らない」
「また分からない」
「俺だって知りたい」
あたしは少し考える。
「その組織は、海老が欲しいの?」
「たぶん」
「理由は?」
「知らない」
「便利な会話ね」
男は苦笑した。
「だが、一つだけ言える」
「何?」
「その海老を解析できる人間を探すのは、やめた方がいい」
「あら」
「探せば、そいつが狙われる」
「もう狙われてるじゃない」
「……そうだ」
男は黙った。
「昨日の技術者」
「ああ」
「今日の修理屋」
「ああ」
「全部、あんた達が知ってるの?」
「違う」
「じゃあ誰?」
男は答えなかった。
その代わり、店の奥を見た。
「……来た」
「あたしに?」
「違う」
「じゃあ誰に?」
男が立ち上がる。
「逃げろ」
「また?」
「今度は本当に」
次の瞬間。
地下街の照明が、一斉に消えた。
真っ暗になる。
「……」
遠くで足音。
一つ。
二つ。
三つ。
ゆっくり近づいてくる。
男が銃を抜いた。
「あたしの後ろにいて」
「いや、お前が逃げろ」
「なんで?」
「俺は、この場所を知っている」
「なるほど」
あたしも銃を抜く。
「じゃあ、案内して」
「……お前、本当に探偵か?」
「そうよ」
「普通は逃げる」
「普通じゃないから探偵やってるの」
足音が止まった。
暗闇の向こう。
何かがいる。
気配はある。
だが、殺気がない。
あたしは眉を寄せる。
「……この感じ」
覚えがある。
店主の店で感じたものと同じ。
感情がない。
恐怖がない。
怒りもない。
ただ、そこにいる。
「まさか」
暗闇の中で、二つの光が灯った。
ゴーグル。
あたしは銃を構える。
しかし、相手は撃たない。
そのまま、こちらを見ている。
「……眷属?」
男が小さく呟いた。
「知ってるの?」
「ああ」
「じゃあ、話が早い」
あたしは一歩前に出る。
「店主によろしく」
眷属は動かない。
ただ、こちらを見ている。
そして。
「……あ」
バッグの中から、小さな音がした。
カチ。
人形か。
海老か。
どちらかは分からない。
だが、その瞬間。
眷属のゴーグルが、わずかに光った。
「……反応した?」
眷属が一歩下がる。
そして、暗闇の奥へ消えた。
男が呆然としている。
「何だったんだ?」
「さあ」
「追わないのか?」
「追わない」
「なぜ?」
あたしはバッグを見た。
「たぶん、今のは敵じゃない」
「分かるのか?」
「勘」
男がため息をつく。
「それで探偵が務まるのか」
「今まで務まってきたからね」
照明が戻る。
地下街は元の姿に戻っている。
だが、何かが変わった。
今までよりも、はっきりした。
海老を狙っている連中がいる。
店主側も、それを知っている。
そして、その間に複数の組織が存在している。
「あたし、ただ解析できる人を探してるだけなんだけど」
男がこちらを見る。
「それだけじゃない」
「何が?」
「お前が海老を持っている時点で、もう巻き込まれている」
あたしは少し考えた。
そして笑う。
「じゃあ、仕方ないわね」
バッグを軽く叩く。
「解析できる人間を探す」
「まだ続けるのか」
「もちろん」
「命が危ないぞ」
「それは今に始まったことじゃない」
階段へ向かう。
男が後ろから声をかける。
「探偵」
「何?」
「その海老……絶対に誰にも渡すな」
あたしは振り返った。
「それ、依頼人にも?」
男は黙った。
その沈黙が答えだった。
「あら」
あたしは笑った。
「それは面白いわね」
地下街を出る。
外の空気が肺に入る。
ガスマスク越しでも、街の匂いが分かる。
いつもの汚れた空気。
いつもの騒音。
いつもの街。
なのに。
今日は、少し違って見えた。
誰かが見ている。
誰かが探している。
そして、誰かがそれを邪魔している。
あたしはバイクにまたがった。
「さて」
エンジンをかける。
「海老を扱える人間を探すだけのつもりだったんだけどね」
アクセルを開く。
「どうやら、向こうから会いに来てくれるらしいわ」
バイクが走り出す。
その背後。
遠くの建物の屋上に、別の人影が立っていた。
こちらを見ている。
その隣にも、もう一人。
さらに、その後ろにも。
人数は少ない。
だが、動きは揃っていた。
一人が端末を確認する。
画面には、探偵の位置情報。
そして、その横に表示された一つの文字。
「海老」
誰かが指を動かす。
画面が切り替わる。
別の場所。
別の組織。
別の人間。
街の裏側で、静かに何かが動き始めていた。
そして、その中心には。
あたしのバッグに入った、小さな海老があった。




