第14話 海老を扱える者
自分専用の地下ラボへ向かった。
事務所はいわゆる表の顔、接客場所だ。
必要な情報をあんな不用心な場所にはおいておけない。
そして、レーシングカーのシートを模した椅子に座る。
バッグから取り出し、
飛行機乗りの人形と例のエビを解析台に並べた後、
あたしはしばらく動かなかった。
机の上には、解析機器が並んでいる。
そこに第一次大戦期の飛行機乗りを模した人形と、海老の握り寿司。
こうして並べてみると、どう考えても探偵の仕事には見えない。
「……あたし、何を調べてるんだろうね」
自分で言って、自分で少し笑った。
最初は、単純な人探しの依頼だったはず。
それがいつの間にか亡霊になった。
そして、その亡霊が残した記録媒体が海老。
さらに、その海老と連動する人形まで出てきた。
人形から再生されたのは、正体の分からない少女の声。
「ますます……普通の人探しじゃないわね」
あたしは椅子に座り直した。
まずは、海老から調べる。
つやのある海老。
白いシャリ。
赤と白の色合い。
どう見ても寿司だ。
ただし、食欲をそそる匂いはしない。
あたしは指先で軽く叩いた。
コン。
「……硬い」
店主の言葉を思い出す。
落としても壊れない。
踏んでも壊れない。
戦車で轢いても壊れない。
「寿司に必要な性能じゃないわよね」
もちろん、返事はない。
あたしは小型スキャナーを取り出した。
まずは表面素材。
次に内部構造。
電磁波。
微弱な通信。
熱反応。
一つずつ確認していく。
「……何これ」
分からない。
正確には、分からないというより、測定結果がおかしい。
普通の電子機器なら、何かしらの規則性がある。
回路がある。
電源がある。
記憶領域がある。
通信系がある。
どこかに、それらしい構造が見えるものだ。
ところが、この海老にはそれがない。
いや、ないように見える。
「隠してるのかしら」
スキャナーの設定を変える。
もう一度調べる。
結果は変わらない。
軍用機器用の解析モードに切り替える。
それでも変わらない。
さらに古い規格まで引っ張り出してみる。
「……なし」
あたしは机に肘をついた。
「そりゃ、専門家を探せって言われるわけだ」
店主は最初から分かっていたのだろう。
あたしには解析できない。
それでも、これを渡した。
ならば、誰かが解析するところまで含めて依頼なのだ。
問題は、その解析する誰かだった。
この街には技術者がいくらでもいる。
表の研究者。
企業の技術者。
軍用機器の専門家。
違法改造屋。
ハッカー。
バイオロイドの技師。
探せば、いくらでも出てくる。
ただし。
「これを見せて、無事に帰れる人間が何人いるかしらね」
あの店主の姿が頭に浮かぶ。
感情がない。
殺気がない。
恐怖もない。
店の奥にいた連中も同じだった。
あたしに銃を向けていた。
それなのに、撃つ気配がなかった。
怖がっていない。
怒ってもいない。
ただ、必要だから照準を合わせている。
あれは、人間の兵士とは違う。
訓練された兵士なら、感情を抑えることはできる。
でも、完全に消すことはできない。
あたしは長いこと兵士を見てきた。
恐怖は呼吸に出る。
怒りは筋肉に出る。
殺意は目に出る。
どんなに隠しても、どこかに出る。
あの連中には、それがなかった。
「……眷属、ね」
店主が使った言葉を思い出す。
血のつながった家族という意味ではない。
もっと別の何か。
情報でつながっているのか。
身体でつながっているのか。
それとも、意識そのものがつながっているのか。
「……今は考える必要ないわね」
あたしは海老を見た。
まずは、これを開ける。
それが先だ。
端末を起動する。
技術者の検索を始めた。
最初の候補。
旧軍用デバイス専門。
「……廃業」
二人目。
バイオロイド技術者。
「……三年前に死亡」
三人目。
違法ネットワークの解析屋。
「……消息不明」
「なんなのよ、今日は」
検索条件を変える。
この街だけではなく、周辺都市まで範囲を広げる。
研究施設。
軍事技術者。
人工生命関連。
古い軍用デバイス。
一人。
また一人。
候補を拾っていく。
しかし、連絡先が存在しない。
所在地が空欄。
名前はあるのに、社会的記録が残っていない。
「……おかしいわね」
偶然にしては、多すぎる。
あたしは検索画面を閉じた。
そして、少しだけ考える。
ここまでの状況を並べてみる。
人形が置かれていた。
海老が渡された。
その海老を解析しようとすると、候補者が次々と消えていく。
「……偶然じゃない」
誰かが、あたしの動きを見ている。
そう考える方が自然だった。
端末の通信経路を切り替える。
通常回線を切る。
別の回線へ移る。
さらに、昔使っていた軍用の暗号通信網を経由する。
「これなら、少しは見えるかしら」
検索をかける。
候補が一人、表示された。
古い記録。
十年以上前、軍用人工知能の解析チームに所属。
その後、独立。
現在の所在地、不明。
「また不明か」
あたしは画面を睨んだ。
その瞬間だった。
画面が一度だけ暗くなった。
「……」
数秒後、表示が戻る。
さっきまで表示されていた検索結果が消えていた。
あたしは椅子の背にもたれた。
「なるほど」
誰かが見ている。
それなら話は早い。
「海老そのものが危険なのか」
指先で机を軽く叩く。
「それとも、海老の中身を知られるのが困るのか」
どちらにしても、あたしが解析を始めたことは知られている。
問題は誰が知っているのか。
店主側か。
亡霊側か。
それとも、まったく別の誰かか。
「……第三者って可能性もあるわね」
あたしは海老をバッグに戻した。
その時だった。
机の上に置いた人形のゴーグルが、一瞬だけ光った。
「……?」
あたしは動きを止める。
人形を見る。
動いていない。
ただの人形だ。
少なくとも、そう見える。
「今、光ったわよね」
返事はない。
あたしは立ち上がり、人形に近づく。
手を伸ばす。
だが、触れる前に止めた。
さっき部屋では、勝手に起動したものだ。
なら、このタイミングでも勝手に何かを始めても不思議じゃない。
「……何か知ってるの?」
沈黙。
「答えられない?」
沈黙。
あたしは少しだけ首を傾けた。
「じゃあ、せめてヒントくらいくれない?」
当然、返事はない。
「まあ、そうよね」
あたしは人形から手を離した。
そして、壁に目を向けた。
そこには、六人の集合写真がある。
クロノ・ファントム。
あたしが昔いた部隊。
今はもう存在しない。
写真の中では、全員がまだそこにいる。
「あの頃なら、簡単だったのにね」
こういう物を持ち帰れば、それで済んだ。
誰かが解析する。
誰かが調べる。
誰かが危険性を判断する。
そして、最後には全員で考える。
一人ではできないことを、全員でやる。
それが部隊だった。
「……便利だったわね」
少し笑う。
写真から目を逸らす。
「でも、今さら呼び戻すわけにもいかない」
みんな、それぞれの人生を生きている。
部隊は解散した。
あたしが勝手に持ち込んだ厄介事に、昔の仲間を巻き込む必要はない。
まして今回は、普通の事件じゃない。
亡霊。
人工生命。
意識。
眷属。
そして海老。
「説明するだけで、一日終わりそう」
苦笑する。
だから、自分で探す。
それでいい。
あたしは机の上を片付けた。
海老をバッグに入れる。
人形も入れる。
端末を閉じる。
「まずは技術屋」
レザーのジャケットを羽織る。
「一人ずつ当たっていく」
ドアへ向かう。
「解析できる奴を探す」
そこで、足を止めた。
振り返る。
机の上には、何もない。
写真だけが残っている。
「……あんた達なら、何て言うかしらね」
もちろん、答えはない。
「まあいいわ」
ドアを開ける。
「今は、あたし一人でやる」
そしてまた、バイクが走り出す。
排気音が、汚れた街の中へ消えていく。
今のところ、やることは単純だ。
「そのためには、まず海老を扱える変人を探さないとね」
その人間に、海老を見せる。
そして、中身を読む。
ただ、それだけ。
少なくとも、あたしはそう思っていた。
その時はまだ知らなかった。
海老を解析できる人間を探すことが、
別の組織を刺激することになるなんて。
そして、この街のいくつもの勢力が、
すでにあたしの手の中にある海老を見ていることも。
あたしはまだ知らない。
この小さな寿司が、街の裏側を動かすほどの価値を持っていることを。




