第13話 再生される声
指先がゴーグルに触れた、その瞬間だった。
――カチ。
極めて小さな音。
ほとんど“感触”に近い。
「……っ」
反射的に、手を引く。
体はすでに半歩下がっている。
爆発は――来ない。
光も、熱も、衝撃もない。
だが。
「起動した……?」
人形が、わずかに震えた。
いや、違う。
震えたように“見えた”。
次の瞬間――
ゴーグルの奥。
暗かったレンズの内側に、淡い光が灯る。
「……へぇ」
あたしは距離を保ったまま、目を細める。
攻撃じゃない。
これは――
「再生ね」
音が、遅れてやってくる。
懐かしいノイズ。
古い記録特有の、ざらついた音。
――ザ……ザザ……ッ……
人形の内部から、微かな振動。
内蔵スピーカー。
そして、空中に光が滲む。
「……投影?」
人形の前方、ほんの数十センチ。
空気が歪む。
粒子が集まり、形になる。
歪んだ輪郭。
色の欠けた像。
さしずめ古いホログラム。
「……趣味、古いわね」
だが視線は逸らさない。
だんだんと像が、安定してくる。
そして、そこに現れたのは――
一人の少女だった。
少女は、こちらを見ていない。
記録の投影、つまりだ一方通行だ。
視線は過去の誰かへ向いている。
「……なるほど」
あたしは理解する。
これは通信じゃない……録画。
少女の輪郭はところどころ乱れている。
肩が欠け、顔がノイズで崩れる。
それでも、目だけは、はっきりしていた。
強い、覚悟を決めた目。
「……再生開始、ってところかしら」
軽く腕を組む。
銃は下げたまま、いつでも撃てる位置に。
映像の中の少女が、口を開く。
――音が遅れて届く。
「……もし、これを見ているのが――」
ノイズ交じりの音が広がる。
「――あなたなら」
「どういう選定基準よ」
あたしは小さく笑う。
だが耳は逃さない。
「時間は、あまりありません」
背景は暗い。
金属質の壁。
どこか古い施設。
「私は、もう長くありません」
像が揺れる。
それでも消えない。
「……へぇ」
“遺言”か。
それとも――
「警告?」
少女の視線がわずかに動く。
「彼らは……」
ノイズが走る。
――ザッ……ザザ……
「……を、持たない」
「持たない、ね」
あたしは繰り返す。
感情か。
殺気か。
それとも――
もっと根本的な何かか。
少女は一瞬、息を整える。
その仕草が妙に“生きている”。
「お願いです」
声が強くなる。
「どうか……」
ノイズ。
像が崩れる。
それでも投影は続いている。
「――見つけてください」
空気が張り詰める。
「私を――」
――ザッ。
映像が途切れる。
光が消える。
部屋に沈黙が戻る。
「……は?」
思わず声が漏れる。
「それだけ?」
短い、あまりにも。
だが――
「……十分か」
口元がゆっくりと上がる。
「これが“本人”?……証拠は?」
そんなものはない。
いくらでも偽装できる。
「これだけで判断しろって?」
鼻で笑う。
「舐められたものね」
一歩下がる。
距離を取り直す。
「……踊らせるつもり?」
わざと聞こえるように言う。
「これは“依頼”じゃない」
顎を一撫でして間を置く。
「誘導よ」
目的はいくらでもある。
場所への誘導。
時間稼ぎ。
能力測定。
反応観察。
「……全部あり得るわね」
だが――
「無視もできない」
本物が混ざっている可能性。
今のそれだけでは、まだ切り捨てられない。
「だから嫌いなのよ……こういうの」
すぐに言い直す。
「ま……退屈はしなさそうね」
あたしは人形を持ち上げる。
迷いはない。
「乗ってあげる」
ただし――
「踊るのは、あたしのタイミングでね」
バッグに放り込む。
そのまま、海老のデバイスを動かす。
――カチッ。
乾いた音。
「……ん?」
動きが止まる。
人形と海老が、ぶつかった。
ただそれだけ。
そのはずなのに。
「今の……」
鍵が合うような音。
「偶然?」
あり得る。
だが――
「……連動、ね」
バッグを開き、覗き込む。
特に変化はない。
光も音もない。
「最初からセットだったってこと?」
答えはない。
あたしは、バッグを閉じる。
「これって、順番を間違えるとすべて終わりのパターン?」
今は開けない。
「まっ……あとでいい」
ドアへ向かう。
手をかける前に、止まる、振り返る。
部屋。
写真。
何も変わらない空間。
そして――
バッグの中の“異物”。
「……ねぇ」
ぽつりと呟く。
「あなた達はどこから来たの?」
当然、返事はない。
「はははっ」
思わず笑う。
「何期待してんのよ、あたし」
乾いた笑い。
すぐに消える。
「……まぁいいわ」
ドアノブを回す。
「喋らないなら、こっちから聞きに行く」
扉を開ける。
人工的なわざとらしい光。
外には、何者かに“整えられた街”。
「全部、引っぺがしてやる」
一歩。
「どこから来たのかも」
もう一歩。
「何をしたいのかも」
そして――
「誰が仕組んでるのかもね」
写真を見る。
「行ってくるわ、何かを探しにね」
ドアが閉まる。
部屋の中内にはもう、
手掛かりとなるようなものは、
何も残っていなかった。




