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探偵は静かに語る……。Lady  作者: てきてき@tekiteki


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第12話 帰還と異物

 あたしは、ドアの前で足を止めた。

すぐには入らない。


――まず、見る。


ドアノブ。

擦り傷の位置。

金属の曇り。

指の脂が残る角度。


……変わってない。


「……ここまでやる連中だしね」


ポケットから細長いスキャナーを取り出し、

ノブにかざす。


――指紋解析。


重なった痕跡の中から、新しい層だけを拾う。

数秒経過して結果がはじき出される。


「……なし」


あたしのものと、いつもの生活痕だけ。

外部からの侵入痕跡は見えない。


「だからって、安心はしないけど」


スキャナーを戻す。

ドアの真正面には立たない。


壁沿いに体をずらし、半身の角度を取る。

正面は、撃たれる位置だ。


あたしは腰に手を添える。


銃を抜く。


静かに、音を立てない。

親指で安全装置を外す。


――軽いクリック。


同時に、指を添える。


引き金の位置、

遊びの幅、

圧のかかり方。


すべて一瞬で確認する。

指の記憶と、実物のズレはない。


「……問題なし」


撃てる、いつでも。

だが、構えない。

まだ銃口は下げたまま。


視線だけが、ドアを捉える。

抜いた瞬間から、戦闘は始まっている。


だからこそ――

“撃たない前提で持つ”。


耳を使う。

中の空気の揺れ。

機械音。

呼吸。


……何もない。


足元は?。

ドア下の隙間。

影。

光の漏れ。


すべて変化なし。


「まぁ、意味ないかもしれないけど」


肩をすくめる。

相手は、センサーにすら反応しない連中だ。

人間用の対策が通じる保証はない。


それでも、やる。


「やらない理由にはならない」


ノブに手をかける。

その前に――

ほんの一瞬だけ、力を抜く。


フェイント。

……反応なし。


「はいはい」


小さく息を吐く。

体は正面から外したまま。


半身。

死角を作らない角度。


そしてあたしは、ゆっくりと、ドアを開けた。


パッと見、……問題なし。

一歩だけ踏み込む。


床の軋み。

靴裏に伝わる感触。


記憶とズレはない。


「……ふん」


そしてようやく中に入る。

部屋は、出ていった時と同じ顔をしていた。


相変わらず物は少ない。

置く場所も決まっている。


余計なものは一切ない。


だからこそ――

違いは、すぐにわかる。


視線が、壁に向く。

あの写真。

六人の集合写真。

あたしの、唯一の“置きっぱなし”。


「……」


変わっていない。


角度も、埃の付き方も、

フレームの傷も、そのまま。


……触られてない。


もし、あれに触れていたら――

今すぐ、あの飲食店を吹き飛ばしに行くところだ。


「へえ……賢いじゃない」


誰に言うでもなく、呟く。


敵か味方かもわからない連中にしては、

ずいぶんと“線の引き方”を理解している。


だが――

それとこれとは別だ。


あたしはゆっくりと視線を落とす。

依頼人と話をするためのテーブル。


その上に――


「……なにこれ」


ぽつんと、置かれていた。


小さな人形。


掌に収まる程度のサイズ。

布でもプラスチックでもない、妙な質感。


服装はすぐにわかる。


第一次大戦期の飛行機乗り。

革のジャケット。古いヘルメット。


そして――ゴーグル。


「……ああ、これね」


見覚えがある。


あの店主がつけていた、

あの古びたフライトゴーグルと同じ型。


レンズの色。

リベットの位置。

擦り傷の入り方まで、よく似ている。


あたしはテーブルに近づく。


――触れない。


一歩手前で止まる。


「……で?」


視線だけを落とす。


“置かれている”。


それ自体がメッセージだ。


「どういうつもり?」


当然、返事はない。

あたしはわずかに角度を変える。


正面には立たない。

斜め。


爆発が起きた場合、

直線上にいない位置。


「まず……爆発物」


小さく呟く。

このサイズなら、十分に仕込める。


指向性。

近接信管。

接触トリガー。


可能性はいくらでもある。


「次に……情報抜き取り」


目を細める。

触れた瞬間に、

指紋、皮膚電位、神経反応、生体パターン。

全部持っていくタイプ。


「それとも……」


少しだけ首を傾ける。


「逆に、こっちを“見る”ための目か」


監視。

あるいは――観察。

反応を記録するだけの装置。


「……どれも、あり得るわね」


ため息ひとつ。

だが、距離は詰めない。


まずは観察。

角度を変える。


光の反射。

影の揺れ。

微細な振動。


――動かない。

発熱も、見えない。

だが、それは安全の証明にはならない。


「静かすぎる」


静かなものほど、危険な場合がある。


あたしはポケットに手を入れる。

取り出したのは、小型のセンサー。

さっきの指紋スキャナーとは別。


「……さて」


人形の周囲をなぞるように、かざす。


電磁反応。

熱源。

微弱な信号。


拾えるものは全部拾う。


数秒。


「……反応なし」


あくまで“検出できる範囲では”。

万能じゃない。


「だから、信用しない」


即断。

あたしは一歩だけ後ろに下がる。

安全距離を取る。


「罠がある前提で動く」


ないなら、それでいい。

ある場合だけ、死ぬ。

その差は大きい。


視線は外さない。

人形のゴーグル。

その奥。


見えないはずなのに、

“見られている”感覚がある。


「……趣味悪いわね」


軽く吐き捨てる。

それでも、まだ触れない。


「順番を間違えると、終わりよ」


自分に言い聞かせるように。


昔なら、こういうのは、すぐに解析班に回していた。


専門がいる。

役割がある。

だが――


「今は、あたし一人」


肩を回す。

小さく鳴る関節の音。


「だから、自分でやるしかない」


もう一度、観察。


配置。

距離。

逃げ道。

爆発した場合の被害範囲。


頭の中で、瞬時に組み立てる。


「……よし」


ようやく、手を伸ばす。


だが――

直接は触れない。

指先は、人形の“手前”で止まる。


「まずは、軽くね」


空気を押すように、わずかに触れる。

接触ではない。

反応を見るための“揺らし”。


「……どう?」


沈黙。

動かない。

爆発もしない。

信号も変化なし。


「……ふーん」


ほんの少しだけ、口元が上がる。


「通っていいライン、そこね」


背面に、ごく小さな接続口がひとつ。


「……端子、ね」


規格は不明。

見たことがあるようで、ない形。

無理にこじ開けるタイプじゃない。


差し込む側を“選ぶ”タイプ。


「はぁ……」


小さく息を吐く。


「親切なのか、挑発なのか……どっち?」


答える声はない。

だが、これは偶然じゃない。

ここまでの一連の違和感。


街の整備、

管理の書き換え、

そして、この配置。


「……全部、あの店主の仕業ってわけね」


言いながら、首を傾ける。


「“あの人”……ね」


一瞬、言葉が引っかかる。

人かどうかも怪しい連中に、

わざわざその呼び方をする必要もない。


「まぁいいわ」


肩をすくめる。


「人ってことにしてあげる」


そういうことにしておいた方が、話が簡単だ。


あたしはテーブルの縁に指をかけ、

少しだけ体重を預ける。

目線は、人形から外さない。


「で?」


当然、返事はない。


「これ、どうしろっていうの?」


沈黙の時間が過ぎていく。


だが、その沈黙は――

ただの無反応じゃない。


“待っている”沈黙だ。


「……なるほどね」


あたしは、ようやく手を伸ばす。

指先で、人形の肩に触れる。


冷たい。

ただの物体の温度。


でも――

軽すぎない。

中に、何か入っている重さ。


「デバイス……ってわけでもなさそうね」


海老とは違う。

あれは“情報の塊”だった。


これは――

もっと“用途”がある形だ。


「問題は……」


指を離す。


「これが何の端子か、わからないことね」


以前いた部隊なら、すぐに解析にかけていた。

だが、今はそれもできない。


「……ったく」


軽く肩を回す。


「こういう時に限って、いないのよね」


頭に浮かぶ顔がいくつかある。


機械に強い奴。

解析が得意な奴。

こういう“意味不明”を楽しむ奴。


――昔なら。


「……呼べば来たのにね」


口に出してから、少しだけ黙る。


写真の方は見ない。

見る必要もない。


「今は、あたし一人」


それでいい。

それでやってきた。

これからも――


「……さて」


もう一度、人形を見る。

ゴーグルの奥。

見えないはずの“視線”を、感じる。


「どう料理するかは……」


口元がわずかに上がる。


「こっちで決めるわ」


部屋の空気が、わずかに締まる。

外では、“整えられた街”が静かに動いている。


そしてこの部屋には――

触れていいものと、

触れてはいけないものが、

はっきりと置かれていた。


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