チルちゃんカミングスーン
「何ともまぁー、メルヘンな光景だな」
敷地に足を踏み入れた良晴が、目の前に広がる庭園を見てぼやく。
きちんと手入れの行き届いた自然、そこに溶け込むように有る噴水やガゼボなどの人工物。
互いが互いを引き立て合うように存在し、見事に調和していた。
そして、何よりもこの空間を幻想的にしているのが、あちこちを飛び回る色とりどりの光球たちだ。
あれは妖精というやつなのだろうか?残念ながら、この場にその答えを知る者はいない。
しかし、誰かがそうだと言い切ってしまえば、簡単に信じてしまっていただろう。
「外から見た時と全然違う。まるで童話の世界に迷い込んでしまったみたい」
「そういや、姉貴は迷宮入るの初めてか」
迷宮――外界とは隔離された異空間で、内部が不自然に広かったり、謎の遺跡群があったりと正直、実態についてはほとんど分かっていない。
「ちょっ、青木先輩。大丈夫っすか?」
「心配ない。ちょっと酔っただけだ」
顔を青くして口を抑える青木。
マーリンの館と名付けられたこの迷宮は、内部の空間が通常とは桁違いに濃い密度で魔素に満たされているという特性を持っていた。
この中で唯一の魔法使いである青木は、内と外で激しく異なる魔素の濃淡を敏感に感じ取ってしまったために、乗り物酔いのような状態になってしまったのだ。
「俺のことは良いから、周囲を警戒してくれ」
「わっかりました。けど、ヤバそうなら言ってくださいよ?」
「当たり前だ。俺だって死にたくはないからな。無理をする気はない」
「ならいいっす。……っと、何か来ますね」
庭の奥、館の方からやって来たのは、三体のデッサン人形のような見た目をしたナニカ。
先遣隊の情報にはなかったが、館の警備システムだろうか。
四人は警戒して陣形を組む。
だが、
「俺たちに気づいてないのか?」
三体は侵入者など意に介してないのか、それぞれ分かれて庭の手入れを始めた。
「ロボット……いや魔法で動くんならゴーレムって言った方がいいか?」
「敵対する様子はなさそう?ですね」
さしずめ庭師ゴーレムといったところか。
四人は、しばらく警戒態勢を維持したまま庭師ゴーレムを監視してみたが、魔法を行使して庭を整えていくもののコチラに攻撃して来たり、新手がくるような気配もない。
「やっぱり、マーリン作の魔道具なんだろうか?自律して動く上に魔法まで使えるとは、最低でも二級道具の価値はあるな」
「青木さん。あれってそんなに凄いんですか?」
「えぇ、まあ。本部でも魔法行使が出来るロボット、いやゴーレムの研究は行われていますけど、未のところ発動の兆しすら見えてないくらいですからね」
二級道具と言えば、それこそ最新鋭戦闘機と同じくらい価値を持つような代物だ。
それが目の前に三体もある。
誰かの生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「分かってるとは思うが、手を出すなよ竹中」
「ちょ、どんだけ馬鹿だと思われてんすか!分かってますよ。最優先はグリモワール。それが解決するまでは手なんか出しませんって」
昔からの付き合いもあり、竹中の性格を熟知している青木は、予め牽制の意味を込めて注意を飛ばす。
A級職員の力があれば、多少の障害は何とかしてしまえるだろう。しかも、今回同行しているのはクセの強いA級職員の中でも、かなり扱いやすい良晴と菊だ。
この二人ならば『ちょっとくらい迷惑をかけても大丈夫だろう』と竹中が考えていても不思議ではない。
「(悪い奴ではないんだがなー)」
「あ、皆さん見てくださいよ!あれ、もしかして報告にもあった“喋る墓石”じゃないっすか?」
竹中が指さした方向にあったのは、一体の庭師ゴーレムによって磨かれている西洋風の立派な墓石だった。
「俺、ちょっと見てきますわ」
「えっ、ゴーレムもまだ居るし危なくないですか?」
「あー、特に嫌な感じもしないし、たぶん大丈夫っすよ。心配サンキュです、菊ちゃん」
ニカッと笑いかけ、年下女子を下の名前呼び。
恐ろしいことに竹中は、陽キャのお兄さんだった。しかも冒険者は高給取りで公務員。勝ち組じゃないか!
「あ、どうも」
他のメンバーに見守られながら竹中が墓石に近づくと、庭師ゴーレムは作業を中断し、さらに会釈してその場を立ち去って行った。
「(このゴーレム、地元民より礼儀正しいかも)やっぱ大丈夫でしたわ!」
ひとまず安全が確認が取れたことで、距離を取っていた他の面々も墓石に近づく。
なお、竹中の地元は千葉のマッドシティと呼ばれている場所だ。
「これが、あのマーリンが眠る墓なのか……」
墓石には、『盟友よ安らかに』としか書かれておらず、この墓がマーリンの墓だとは明記されていなかった。
しかし、墓が設置されている場所の特殊性や活動初期からマーリンが使用していた紋章が墓石に刻まれているなどの点から、本部はこれがマーリンの墓である可能性は非常に高いと認識している。
「これがマジでマーリンの墓なら、遺体と一緒にグリモワールも埋まってる可能性とかないっすかね?ついでに、何かすげぇお宝とか――」
不謹慎なことを口走りかけた竹中が、突然肩を抑えて震えだす。
「嘘、冗談。墓荒らしとかするわけないじゃないっすか!」
前言を翻して竹中は、捲し立てるように弁解の言葉を吐き続けた。
その対象は人ではなく墓石。見た目のシュールさに加え、その必死過ぎる態度。 仮に世界が呪われる以前にその姿を見たならば、竹中の周囲からの評価は変人で確定である。
「いやー、こんな嫌な汗かいたのは久しぶりですわ。この墓石ヤバすぎでしょ!」
しかし、この場において竹中を笑う者はいなかった。それどころか、一緒になって冷や汗を流すほど。
先程の状況が、それほど危険だと四人全員が認識していたのだ。
呪われた世界では、何が起きても不思議ではない。さらに付け加えるならば、場所や竹中個人の特殊性も考慮すると、この状況はギリギリで爆弾の解除に成功した、映画のワンシーンにも等しかった。
「俺も感じました。確かにヤバいですねコレ。竹中さんが、お宝がどうのって言った瞬間、墓石から呪いの気配がしましたよ」
それを一番理解してるのは、四人の中、いやさ人類の中でも特に呪いに縁深い良晴である。
「おぉ、呪い。こりゃまた恐ろしい。でも、原因まで掴めたのはデカいっすね。俺の特殊能力は、その辺使い勝手悪いから」
特殊能力、場所によってはスキルだとか異能とも呼ばれているそれは、魔法と同じく人類が獲得した新たな力の一つである。
竹中の持つ特殊能力の効果は危機感知。自身に降りかかる不利益に対して異常に鋭くなる力だ。
危険が迫ると、さっきの様に嫌な感覚を覚え始める。
しかし、具体的にどんな危険が迫っているのかについては、本人にもほとんど分からない、という欠点を抱えていた。
「見てください。墓石の文字が……」
墓石に刻まれていた『盟友よ安らかに』の一文が消えると、続いて現れたのは『不届き者には罰が当たる』という警告であった。
「罰か。……しかし、この下にグリモワールが埋まっている可能性があり得るのも事実。となると、調査しないわけにもなぁ」
「先輩、墓石の前でそれ系の発言は本気でヤバいです!」
再び震えながら青木の不用意な発言を窘める竹中。いつもとは立場が逆になっている。
「あ、また変わりましたね」
続いて現れたのは『仏の顔も三度まで』という文字。
「墓を荒そうとする趣旨の発言に反応しているのか?」
「三度までってことは、後一回は匂わせ発言してもセーフってこと?」
「いやいや、菊ちゃん。そりゃ、マズいでしょ!」
「姉貴、お口チャックな」
なぜ、わざわざリスキーな行動を取ろうとするのだと竹中は戦慄した。
基本的に脳筋思考な菊。平時ならのんびりとした性格の女だが、こと戦闘においては、策を弄する相手を正面から食い破って進む、猛将タイプである。
そんな菊が、良晴の遠回しな黙れという言葉にショックを受けていた。
「とりあえず、ここは後回しにしません?」
「俺も竹中さんに賛成です。ここにグリモワールが有るって決まったわけじゃないし。マーリンの最期の言葉から考えても、あのトカゲが持ってる可能性も全然あり得ますよ」
「それもそうですね。とりあえず、この場は置いておいて、先に館の方を見に行きましょうか」
ということで、四人は偉大な魔法使い様である熊田の墓前に手を合わせてから館の方に足を進めていった。




