だってまだ七歳だし……
和やかな雰囲気が流れる侵入者チームの裏では、負けトカゲのチルが逃げ帰ってきた洋館の自室で泣いていた。
「負けたの……アタシが?」
鱗は割れてしまったままだが、傷はもう塞がっている。だが、念のためあの熊田の葬式にも来た、奇天烈な恰好の女がくれた薬をそこに塗りたくった。
怪我をすると、そこからバイ菌が入って悪さをするのだと言う女の話を聞いて怖くなったからではない。
あくまでも念のためだ。
薬を塗った場所は、もはやそこに傷があったと言われても疑わしいほどに跡形もなく消滅した。
これでもう、バイ菌は心配ない。
だというのに、チルはまだ泣いていた。
「世界一の美少女なのに?」
それは、かつてパパたる熊田がチルを指して言った言葉だ。
『世界で一番可愛い、私の自慢の娘』
チルはその言葉に恥じぬように今まで生きてきた。
ゆえに今流している涙は、痛いからでも怖いからでもない。悔しいから涙を流しているのだ。
共にアニメを見た時、熊田は何と言っていた?
『可愛いは、何ものにも勝る力である』
「でも、負けた……」
世界一の美少女であるはずのチルが、何もできずに。
では、熊田がチルに嘘を言ったのか?
「ううん、違う。パパはアタシに嘘ついたことなんて一回もない」
チルは知っている。熊田という男の誠実さを。
チルは知っている。熊田という男の気高さを。
だから分かる。熊田が嘘を吐くことはないということを。
ヴォルケーノドラゴンなどの聞いた事もない魔人や魔獣との闘いや、天候不順などで食料不足に悩む辺境の部族を魔法で救ったという話も本当にあったことなんだ。
「大丈夫、奴らは絶対にここに来る。その時に勝てばいいだけ」
そもそも、よく考えてみたらさっきのは、初めて経験した痛みという感覚にびっくりして泣いちゃっただけだ。まだ決着はついてない。
つまり、チルは実質負けていないというわけだ。
「もう謝っても絶対許してあげないんだから!」
負け惜しみとか言うなよ。いかに体が大きくても、チルちゃんはまだ七歳の女児なんだからな。
チルから見れば侵入者であり不届き者の四人組。
しかし、視点を変えて見てみると日本の防衛省と公安が共同で立ち上げた、『国内異変調査・対策チーム』という組織の人間であった。
簡単に言うと公ぼk……公務員様である。
世界が呪われるという歴史上でも類のない大事件が起きてからというもの、国内外を問わず、土地や生き物などありとあらゆるものに様々な異変が見られるようになった。
それが各地の行政、インフラそして治安を狂わせ、国民の生活に深刻な影響を及ぼす事態に発展する。
日本政府に求められたのは、一刻も早い秩序の回復だ。
そこで作られたのが、先の組織である。
組織の主な任務は、国内に発生した危険地帯の調査や国民の安全を脅かす魔物、魔獣などの化け物駆除だ。
そんな仕事をしているためか、世間では組織のことを冒険者組合だとか、職員らを冒険者と呼ぶようになった。
各メディアでもこの呼ばれ方の方が一般的で、今では本来の名前より通りがいいくらい浸透してしまっている。
ちなみに創設以来、男子のなりたい職業ランキングは、常に冒険者が首位をキープしていた。
さて、そんな冒険者たち一行の目的とは、特級指定道具『グリモワール』の調査及びその回収だ。
彼の大魔法使いマーリンの遺産にして、そのすべての技が詰まった集大成であるとされる『グリモワール』。
これが日本国内の、しかも東京近郊にある危険地帯『外なる森』に隠されているとの噂が流れていた。
もしこれが本当ならば、日本にとってはチャンスだ。
国内で先送りにしていた未解決問題の解消の可能性。加えて他国へ恩を売る絶好の機会を得ることが出来るかもしれない。
そうなれば、日本の国際的な影響力は今よりずっと高まるだろう。
しかし、これは諸刃の剣でもあった。万が一、グリモワールが非合法組織や危険人物の手に渡った場合、日本どころか世界を脅かす事態が起きる可能性は高い。
それに、諸外国が既にちょっかいを出し始めているという報告もある。
組合首脳部は、即座に噂の真偽を確かめるべく、先遣隊としてB級職員ら四名を派遣した。
その後、帰還した職員の情報を基に開かれた会議では、噂が真実である可能性は非常に高いと判断され、国内最大戦力と言われるA級職員二名の投入が決定。その支援としてB級職員二名を伴い結成されたチームこそが、チルを泣かせた良晴たち四人なのである。
「これが、マーリンの館……」
「なんか、思ったより普通っすね」
外なる森に入って三日目、遂にマーリンの館こと熊田ん家に辿り着いた一行は、その姿を一望する。
見た目だけは竹中の言う通り、西洋ではよくありそうなタイプの洋館だ。
しかし、
「気を抜くな竹中。内部は迷宮化していて殺傷力の高いトラップだらけ。お前の索敵にチームの命がかかってるんだぞ!」
「う、うす」
というのが先遣隊が持ち帰ってくれた情報だ。
今までの道のりも決して楽ではなかったが、任務の本番はここからなのである。
しかも、館内部は先遣隊もちょろっと潜っただけなので、ほとんど内情を掴めていない。その上で、中には危険なトカゲがいるのだから、奇襲も警戒しなければならない。
まさに心が休まらない危険地帯なのである。
「はぁ、トカゲさん大丈夫かな」
「自分で攻撃しといて何言ってんだ姉貴」
これからそういう場所に突入しようというのに、全く緊張感のない姉弟。
「あの、お二人が強いのは重々承知ですが、やはりもう少し気を引き締めて頂ければと……」
青木さんも大変である。いかに自分の方が年上であろうと、個人の力が極限まで大きくなったこの時代では、年功序列など通じるはずもない。
たとえ相手が20代の若造であろうとも、A級職員様には相応の態度を取るのが下々の務めなのだ。
「あ、そうですね。すいません」
まぁ、この二人に関しては青木の指示にも素直に従ってくれるので、いうほど大変ではないのだけど。
よほど親の躾が良かったのだろうか。むしろ後輩の竹中の方が面倒くさいくらいだと青木は感心していた。
「それじゃ、行きますか」
良晴が鉄門を押し開く。
こうしてマーリンの館には、新たに四人の侵入者を迎えたのだった。




