危険区
このゲームにおいてパーティーを組んでいないフレンド以外のプレイヤーは他人扱いなのだ。いくら顔見知りであろうともリアルで家族または友達だとしても、【bestfriendonline】の世界においてそれらは他者である。
【bestfriendonline】内でのアバターの死はその世界のシステム的な絆の喪失を誘発する。死んでしまえばフレンドのスキルの修練度が一割減り、他者を殺せばフレンドのスキルの修練度が七割減る。
一度や二度死んだくらいでフレンドを切るとなれば寛容ではないと思うだろう。それが複数人から死の代償を払わされたらどうだ。
汗水たらし鍛え上げたスキルのレベルが下がる。自分ではない誰かの罰の肩代わりをさせらる。そこで絆を試される。
【bestfriendonline】は絆を維持するゲームといっても過言ではない。
***
【旅人の集い】にてツミルの存在価値はゼロフレンドプレイヤーであることだ。土方充はそう思う。
ゼロフレンドプレイヤーとは【bestfriendonline】内の一種のプレイスタイを示す。フレンドがゼロであり、パーティーを組んでいない場合に限りモンスターからのドロップ率を十倍にする効果が重宝されている。
ツミルは一度としてパーティーを組んだことはない。それでも彼ら【旅人の集い】メンバーで構成されるパーティーと同行する形で団体行動はとれている。目的は同じで同じ立場にいるはずなのに、ツミルは彼らとの間には見えない壁のようなものをときどき感じる。
【大盗賊の洞窟:上層:中級区】
「それにしても中級区のボスmobは競争率高いよな。エリア内のPOP数は最大二体だろっ。ハイエナ対策しないとすぐ横取りされるし何かと非効率だよな」
道中、セトは呟く。彼らはボスmobと呼ばれる強敵モンスターを探しながら歩いて約二十分は経つ。雑魚mobとしか遭遇せず戦闘より雑談している時間の方が長かった。
「その対策を全てナナミに押し付けてるから皆は楽でしょ?」
「その言い方はトゲがあるよ」
ナナミの発言にハリュカは苦笑いで答える。
「ナナちゃんが頑張ってくれてるおかげで倒すのに専念できるから感謝してるわよ」
「ナナミ偉い」
ツミルは彼らの会話を遠目で楽しんでいた。外野で誰かの話を聞くのが一番楽で一番楽しい。彼は失言で誰かを不快にさせることはない安全地帯にいるのが当たり前だった。
今は距離が近くなったぶん、彼らと会話をする可能性が高い。ツミルは余計なアクションで注目を集めるのを避けていた。
「土方くん、君も会話に混ざったらどうだい?」
リクラスはツミルと歩幅を合わせ隣を歩く。
「話すこと無いから」
「そっか、まだ何にも知らないもんねお互いに」
笑顔でリクラスは言う。
お互いをよく知らない。当然だ、現実での関わりはほとんどないのだから。彼らとツミルがこの世界で出会ってまだ五時間程度であり、そんな短時間で分かり合えるものならリアルでぼっちなどやっていない。
「そうですね」
「あれ、私と話すの嫌だった?」
「なぜ?」
「だって、視線を合わせてくれないから」
ツミルはいつもの癖で顔をそらしていた。目と目が合うと色々と良くも悪くも面倒が増えることを経験的に知っている。
「癖ですよ。小学生の時、見てもいないのに同級生から怒りを買い嫌な目にあってからは極力視線を合わせないようにしてるので」
「君、結構話せるじゃないかっ。その調子でもっと皆と話をしたらどうだい?」
「自分のことしか話せないからね、それ以外になると話して良いかどうかわからなくて、言葉がでない」
ツミルだからか不思議とリアルの自分を客観的にとらえられた。現実でなら自分のことでさえまともに話すことなどできないこと彼はを理解している。
「それで良いじゃないかなっ。皆最初はお互いを知らないんだから自分のことを話すのは当然だよ」
それはコミュニケーションを呼吸をするように簡単に行っている「彼ら」だから言える言葉だ。
「リクラスは何で学校で僕に声かけたの?」
お互いを知るならば、なぜ関わりを持とうとしたのかとツミルは疑問に思ってしまう。
「唐突な質問だな。そうだねぇ、私のわがままが理由とでも言っておこうかな」
「わがまま?」
「詮索はなしだよ。何せ私はリアルJKなんだから、秘密の一つや二つあるもんだよっ」
悪意は感じられないほどにリクラスは笑顔だ。彼女の行動は善意からのものなのだとツミルは思う。
「皆土方と仲良くなりたいんだから気構える必要はないよ」
彼女の言葉に嘘はない。本心だ。
せっかく同じギルドのメンバーになれたのだから、仲良くなりたい。そう思うのは普通だ。ツミルはそんな普通のことをできない人種で誰かの後押しがなければ人と関わろうとも思わない。
リクラスの言葉はツミルに少しだけ仲良くなる努力を志せた。
***
「あ、あの、いいかなっ! 効率が悪いなら何で【危険区】で狩りを行わないんですか?」
「? ああ、それはね、プレイヤーキラーが出るかもしれないからだよ。遭遇すれば面倒だから皆行きたがらないんだよね」
ツミルはとげとげボンバーヘッドの女の子アバターハリュカに聞く。リアルが男でもあるから話しかけやすいというのもあるが、自分と同じで外見は女の子であるというのにどこか仲間意識が他より強く感じる。
「面倒?」
「ツミルからすれば何の問題ないけど、フレンド持ちだとプレイヤーキラーは迷惑でしかないからね、ってプレイヤーキラーの意味知ってるよね?」
「知ってる。つまり、対処の方法がないのか」
プレイヤーキラーとはその名の通り、プレイヤーアバターを殺すプレイヤーのことだ。killした者のフレンドにはペナルティとして全てのスキルの修練度が七割減少する。
殺っても殺られても当事者のフレンド達に迷惑がかかるだけであり、フレンドの信頼を失う以外のデメリットはない。
「とはいっても懸賞金かけられてるプレイヤーならキルしてもペナルティは無いからね。問題としては非懸賞プレイヤーだね」
「いやいや、問題視するなら【死神】のほうだろっ、非懸賞プレイヤーなんて拘束でもしてれば無力なんだからよ。狩り場を【危険区】に変えようぜっ」
セトはハリュカの肩に腕を乗せながら言う。
「ツミルは初心者だよ。たとえ【死神】じゃなかったとしてもモンスターに襲われるのと人に襲われるとじゃ恐怖の感じかたは違うよ」
「恐怖ってゲームだぜ。実際に死ぬ訳じゃない。それに土方はゼロフレンドだ、デッド・キルのペナルティはないようなもんだろっ」
ハリュカとセトの会話に出てくる言葉でツミルにはいくつか分からないものがあった。
「懸賞金とか死神とか何のこと言ってるんですか?」
「ツミルはあんまり攻略サイトとか掲示板は見ないのかな。懸賞金っていうのがある一定以上プレイヤーキルしたプレイヤーにかけられるんだよ。懸賞金プレイヤーはモンスター扱いになってるから殺してもキルペナルティが発生しないんだよ」
「主に懸賞金かけられてるのはゼロフレンドプレイヤーだからな。土方も可能性だけはあるって訳だっ」
「俺らも一応可能性だけはあるけどな」
ハリュカは苦い笑顔でセトに言葉を返す。
「【死神】はモンスターか何か?」
「【死神】は【bestfriendonline】史上最強のプレイヤーキラーの通り名かな。姿を現さず音もなくプレイヤーを殺していく。毎日危険区エリアのどこかでPKしてるって話だよ」
「だからよっ、【危険区】に狩り場を変えようぜっ。ハリュカの【鎖魔法】の使いどころだろっ」
「無理だよ。【鎖魔法】の射程は二十メートル、手元から離れたら十秒で鎖は消える」
「私の足があれば十秒で十分だっ」
自信に満ちた声はリクラスのものだ。三人の後ろをリアル女子達が歩いていたはずなのにリクラスはその足でいつの間にか視界に入っていた。
「そうか、鎖で拘束してリクラスが遠くへ運ぶんだなっ」
「ハリュカ、もしかして私のことを忘れていたのか?」
リクラスは不機嫌に言う。
「別にリクラスを忘れてた訳じゃなくて、鎖の本来の使い方を忘れてたんだよ」
ハリュカにとっての【鎖魔法】の使い方はあくまでも攻撃範囲の拡張を目的にしたものだ。鉄槌、つまりハンマーは重いうえ装備するとAGIが下がる。接近しなければ攻撃ができないので動かないスタイルで戦闘をしたい為【鎖魔法】を取得したのだ。
「うしっ、ならさ【危険区】に行こうぜっ。懸賞金プレイヤーは狩るそれ以外なら遠くへ捨てるで問題なしだ」
「【鎖魔法】取得したばかりでlevel低いから壊される可能性だってあるんだけどな」
ハリュカは心配そうに言うと、
「考えても行動に移さなければ意味をなさない。失敗なんて誰にだってある、気にするな」
リミットは冷静な物言いでハリュカを励ます。
「ナナミは【危険区】に行くことは賛成です。歩くだけは飽きてきました」
「私も賛成よ」
ナナミとヒメウサギは【危険区】に行くことに反対はしていない。
リクラスはツミルに問う。
「土方くん、【危険区】に挑戦してみないか?」




