第八章 書き込み
七日目の朝に、また聞こえた。
十一月に入って最初の月曜日だった。四時二十分、壁の向こうで泣き声がした。いつもと同じ、途切れずに続く声だ。ひっ、ひっ、と息を吸う音が混じっていた。
私は布団の上で起き上がって、ノートを開いた。
開いてから、手が震えているのに気づいた。
寒かったからではない。安心したからだ。
*
そのことを、私は自分で認めた。
六日間、何も聞こえないあいだ、私はずっと落ち着かなかった。それがまた聞こえて、落ち着いた。
おかしい、というのはわかっている。子どもが泣いていないほうがいいに決まっている。
でも、私が六日間感じていたのは、安堵ではなく、宙ぶらりんだった。何も起きていない状態は、私にとって「何もない」ではなく「まだ何も証明できていない」だった。
だから、聞こえたときに、手が震えた。
私はその朝、ノートに三行書いた。書きながら、自分がこの三行を待っていたことを知っていた。
*
写真を撮ったのは、その週の木曜日だった。
木曜の朝、四〇四は必ず出かける。七時十五分から七時三十分のあいだにドアが開いて、二人で階段を下りる。
私は七時五分から窓辺に立っていた。
携帯を構えて、下を見ていた。
七時二十二分に、二人が棟の入口から出てきた。
倫子がひなたを抱いていた。ひなたは母親の首に腕を回して、顔を肩に埋めていた。眠っているようには見えなかった。
私は三枚撮った。
四階から真下を撮ったので、二人の頭のてっぺんと肩しか写っていない。顔は見えない。誰の顔も写っていない。
それを確かめてから、私は少しほっとした。
顔が写っていなければ、大丈夫だ。
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「ご近所ノート」というアプリがある。
同じ地区に住んでいる人だけが登録できる掲示板のようなもので、越してきたときに区の窓口でチラシをもらっていた。落とし物の情報とか、道路工事の予告とか、そういうものが流れてくる。
私は九月からインストールしていたが、一度も書き込んだことはなかった。
その夜、私は初めて書いた。
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書くのに、二時間かかった。
最初に書いた文章は、途中で全部消した。長すぎたし、感情が出すぎていた。「毎朝」と書いたところで手が止まって、毎朝ではないと思い直して、直した。
二度目も消した。今度は短すぎて、ただの悪口に見えた。
三度目に書いたのが、これだ。
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——団地に住んでいる者です。長文になります。すみません。
——同じ棟の別の部屋から、毎日ではないのですが、週に三回か四回、明け方の四時から五時ごろに、小さいお子さんの泣き声が聞こえます。二か月ほど続いています。泣き声のあいだに、大人の女性の低い声と、物が落ちるような音がすることがあります。
——先月、そのお子さんと少しお話しする機会があり、腕に複数のあざがありました。位置が、転んでできる場所ではないように見えました。本人は「ころんだ」と言っていました。
——一度、児童相談所に連絡しました。職員の方が来られましたが、十七分で帰られました。その後どうなったかは、教えていただけませんでした。
——決めつけるつもりはありません。事情があるのかもしれません。ただ、何もしないでいるのが正しいとも思えず、書きました。
——同じような音を聞いている方はいらっしゃいますか。
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私は最後の一行を、三回書き直した。
「同じような音を聞いている方はいらっしゃいますか」
この一行は、情報を求める文だ。私は情報を求めている。だからこれは、告発ではない。
そう自分に説明して、投稿した。
写真は、いちばん下に一枚だけ添えた。頭のてっぺんと肩しか写っていない、あの写真だ。
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最初の返信は、十一分後に来た。
——それ、うちも聞こえてます。
私は携帯を持ったまま、しばらくその一行を見ていた。
うちも、と書いてある。
その次が、二十分後。
——ずっと気になってました。書いてくださってありがとうございます。
ありがとうございます、と書いてあった。
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その夜のうちに、返信は九件になった。
朝には十七件になっていた。
——十七分で帰るってひどくないですか。税金で動いてるんですよね。
——うちの子が同じ年なので他人事と思えません。
——あざが複数って時点でもうアウトだと思います。
——写真、これ以上載せると逆に投稿者さんが訴えられるので気をつけてください。心配です。
——というかもう警察案件では。
——通報していいと思います。というか通報してください。私も一緒に通報します。
私は、それを全部読んだ。
一件ずつ、上から順に読んだ。読んで、また上に戻って、読み直した。
二時間で四回読み直した。
*
通知が来るたびに、私は携帯を開いた。
ゲラを読んでいる途中でも開いた。一行読んで、開いた。また一行読んで、開いた。
夕方には、その日の仕事は三ページしか進んでいなかった。
それでも、私は開き続けた。
あの掲示板の中では、私は間違っていなかった。
九月から二か月、私は自分が正しいのかどうかわからないまま記録をつけてきた。誰にも見せられなかった。管理人に話し、一階の人に話し、三階の人に話した。誰も、私が求めていた言葉をくれなかった。
十七人がくれた。
*
反対の意見も、一件だけあった。
夜の十時ごろに投稿されていた。
——横から失礼します。私は看護の仕事をしています。子どものあざは、病気や治療の影響でできやすくなっていることがあります。決めつける前に、可能性として知っておいていただけたらと思います。
私はそれを読んだ。
読んで、次の返信に移った。
返事はしなかった。
誰も返事をしなかった。その書き込みの下には、何もつかなかった。翌朝には、新しい返信に押し流されて、画面を二回スクロールしないと出てこない位置にあった。
*
いま書いていて、思う。
あの一件だけが、正しかった。
あの人は、私が知らないことを知っていて、それを、責めるでもなく、ただ可能性として置いていってくれた。ほかの十六人は、私が知っていることしか知らなかった。
私は、私が知っていることしか知らない人たちの言葉を、四回読み返した。
私が知らないことを知っている人の言葉を、一回読んで、閉じた。
*
その翌日の夕方、階段で倫子とすれ違った。
三階と四階のあいだの踊り場だ。九月に初めて顔を見たのと、同じ場所だった。
彼女は買い物袋を提げていた。前と同じように、片方が重そうで、片方が軽そうだった。
私は少し体を寄せて、道をあけた。
すれ違うとき、彼女が会釈をした。
浅く、短く、目は合わせないまま。それでも、たしかに頭を下げた。
初めてだった。
私は反射的に、同じように頭を下げていた。
彼女は階段を上がっていった。鍵の音がして、ドアが閉まった。
私はその場に立っていた。
風除室で袋を持とうとしたことを、覚えているのだろうと思った。あのとき彼女は「すみません」と言った。今日の会釈は、そのお礼のようなものだったのかもしれない。
ポケットの中で、携帯が震えた。
通知だった。
新しい返信がついたという通知だ。私は階段の途中で、それを開いた。
——早く保護されるといいですね。
私はその一行を読んで、画面を閉じて、四階まで上がった。
自分の部屋の鍵を開けるとき、隣のドアが目に入った。
表札のない、緑がかった灰色の鉄の扉だ。
あの人は、何も知らない。
*
三日目の夜に、その書き込みが来た。
——投稿主さん、失礼ですが、何棟の何号室ですか。私も同じ団地なので、見てみます。
私は、その一行を長いあいだ見ていた。
答えてはいけない。それはわかっていた。部屋番号を書くのは、個人を特定できる情報を不特定多数に出すことだ。私は校正の仕事で、そういう原稿に何度も疑問を出してきた。ここは特定につながる可能性があります、と。
書いてはいけない。
私は返信欄を開いた。
*
打っては消し、打っては消した。
「すみません、それはお答えできません」
これでいい。これで終わる。
私はその文字を全部消して、こう打った。
——五棟です。
*
部屋番号は書かなかった。
棟だけだ。棟だけなら、五棟には五十世帯以上ある。特定はできない。
そう考えて、送信した。
送信してから、私は携帯を伏せて、台所に立って、水を飲んだ。
白いマグカップで飲んだ。
戻ってきて、画面を見た。
返信が一件ついていた。
——ありがとうございます。うちも五棟です。




