第三章 記録
九月の終わりまでに、ノートは二十六ページ埋まった。
最初のころは、一日一行だった。日付、時刻、聞こえたもの。それだけで足りると思っていた。
足りなくなったのは、二週目からだ。
書いているうちに、書き足りないところが見えてくる。「泣き声」とだけ書いた行を、あとで読み返すと、何もわからないことに気づく。どのくらいの長さだったのか。連続していたのか、途切れたのか。声はどこから聞こえたのか。
だから私は、項目を増やした。
開始時刻。終了時刻。継続時間は分単位で。声の高さ。途切れの有無。女性の声が混じったかどうか。物音があったか。あったとすれば何回か。
項目が増えると、書くことが増える。書くことが増えると、聞き逃せなくなる。
私は明け方、枕元にノートとペンを置いて寝るようになった。
*
部屋の間取りを描いたのは、九月十八日だった。
定規を使って、ノートの見開きに四〇三と四〇四の平面図を並べて描いた。四〇四のほうは想像だ。同じ棟の同じ階なら、たぶん左右対称になっている。私の台所が右にあるのだから、向こうの台所は左にある。
そう考えると、私の寝室の壁の向こうは、あちらの寝室になる。
図を描いてみて、はじめてわかったことがあった。
泣き声は、いつも同じ場所から聞こえているわけではなかった。
最初のうちは、壁の中央あたりから聞こえた。けれど九月の半ばごろから、もっと右のほう——押し入れに近いあたりから聞こえる日が増えていた。
部屋の隅だ。
私はその位置に、ノートの図の上から丸をつけた。
なぜ隅なのだろう、と考えた。
答えはすぐに出た。出てしまった、というほうが正しい。
声を、外に漏らしたくないからだ。
*
インターネットで調べたのは、その夜だった。
検索するとき、私は少し迷った。
どういう言葉を入れればいいのか、わからなかったからではない。言葉を入れてしまえば、自分がもう調べる側の人間になるということが、なんとなくわかっていたからだ。
それでも入れた。
児童虐待、サイン、と入れた。
いくつも出てきた。自治体のページ、NPOのページ、小児科医のブログ。どれも同じようなことが書いてある。私は上から順に読んでいった。
チェックリストがあった。
——夜間や早朝に、子どもの泣き声や叫び声が聞こえる。
——保護者の怒鳴り声が頻繁に聞こえる。
——子どもの身体に不自然なあざや傷がある。
——保護者が近隣との関わりを避けている。
——子どもが季節に合わない服装をしている。
——保護者が子どもを強く掴む、引っ張るなどの様子が見られる。
私はそれを、上から読んだ。それから、もう一度読んだ。
六つのうち、五つが当てはまった。
当てはまらなかったのは、季節に合わない服装だけだ。あの子はいつも、その日の気温に合ったものを着ている。
私はしばらく画面を見ていた。
五つ、という数を、どう扱えばいいのかがわからなかった。
たぶん、これは数える種類のものではないのだ。四つなら安心で、六つなら危険、というものではない。そんなことはわかっている。
わかっていたのに、私はノートを開いて、そこに「5/6」と書いた。
書いてしまったあとで、消しゴムを探した。ボールペンだから消えなかった。
*
仕事は続いていた。
その週は文庫の再校が入っていて、四百ページのゲラが宅配便で届いた。恋愛小説だ。私が普段あまり読まない種類の話で、だからこそ、内容に引きずられずに読める。
誤植を七つ見つけた。事実関係の疑問を三つ出した。作中の季節が、六章と七章のあいだで一か月ぶん飛んでいたので、そこにも鉛筆で疑問を入れた。
夕方に赤字を入れ終えて、封筒に詰めた。
いつもなら、これで一区切りつく。
その日は、つかなかった。
封筒を玄関に置いて、部屋に戻って、私は壁の前に座っていた。まだ夜の八時だ。泣き声が聞こえる時間ではない。それでも私はそこに座って、隣で人が動く音を聞いていた。
テレビ。水道。何かを切る音。
どれも、ふつうの夜の音だった。
ふつうの夜の音を、私は三十分ぶん聞いた。
*
木曜日のことに気づいたのは、九月の最後の週だ。
記録を読み返していて、規則性が見えた。
木曜の朝、四〇四は必ず出かける。七時十五分から七時三十分のあいだにドアが開いて、二人で階段を下りる。帰ってくるのは、早い日で十二時前、遅い日は二時を過ぎる。
そして木曜の朝は、いつも泣いている。
三週続けて、同じだった。
私は、その意味を考えた。
毎週決まった曜日に、決まった時間に、母親が子どもを連れて出かける。半日ちかく戻らない。
どこかに預けているのだろう、と思った。
実家か、あるいは知り合いのところか。理由はわからない。ただ、泣いている子どもを連れて、毎週どこかへ行く母親、という絵が、私の中にできあがっていった。
その絵は、あまりいいものではなかった。
*
その日の夕方、携帯が鳴った。
画面を見て、私は裏返した。
三回鳴って、切れた。
留守番電話にはならなかった。この人はいつも、留守番電話には入れない。入れても私が聞かないことを知っているからだ。
私は携帯を裏返したまま、しばらくそのままにしていた。
それから、思い出したように立ち上がって、水を飲んだ。うさぎのマグカップではないほうで飲んだ。
棚の奥は、越してきた日から一度も触っていない。
*
一度だけ、部屋の外に出たことがある。
九月三十日の明け方、四時四十分だった。泣き声が二十分以上続いていて、途中で一度大きくなって、それから低くなった。低くなるほうが、私には怖かった。
私は起き上がって、そのまま玄関のドアを開けた。
外廊下は寒かった。九月の終わりの、明け方の空気だ。裸足にサンダルを引っかけただけの足の甲が、すぐに冷たくなった。
四〇四のドアの前に立った。
鉄の扉だ。私の部屋と同じ、緑がかった灰色の。ドアスコープの下に、宅配ボックスの案内シールが貼ってある。それも私の部屋と同じだった。
違うのは、表札がないことだけだ。
ドアに、耳を近づけた。
壁越しに聞くよりも、はっきり聞こえた。泣いている。それから、女の人の声。
「——して」
最初の一文字が聞き取れなかった。
「もう少しだけ、して」
何を、というところがわからない。
「ね。ちょっとだけだから」
子どもが、いやだ、と言った。それははっきり聞こえた。いやだ、と二回言って、それから泣き声に戻った。
私はドアの前に立ったまま、次の言葉を待っていた。
次の言葉はなかった。代わりに、どん、と音がした。近い。ドア一枚ぶんしか離れていない場所で鳴った音は、壁を通ってきたものとは違って、輪郭があった。
布の音だ、と私は思った。
何かやわらかいものが、押しつけられた音。
私はそこから動けなかった。
インターホンを押せばよかったのだと思う。今なら、そう思う。あるいはドアを叩いて、大丈夫ですか、と言えばよかった。声を出せば、少なくとも、中の人は誰かに聞かれていることを知る。
私は、そのどちらもしなかった。
そうしたら、記録が終わってしまうからだ。
——そんなふうには、そのときは考えていない。私が考えたのは、証拠が足りない、ということだった。今ここで踏み込んでも、私は何も持っていない。あざを一度見た。音を二十四回聞いた。それだけだ。
もっと積んでからでないと、誰も動いてくれない。
私は部屋に戻って、ドアを静かに閉めた。
ノートに、その夜のことを書いた。会話の断片も書いた。「もう少しだけ」「ちょっとだけだから」——引用符をつけて、聞こえたとおりに。
書きながら、指がうまく動かなかった。寒かったからだと思う。
*
十月に入って最初の月曜日に、私はノートを買い足しに行った。
同じ文房具店だ。同じ棚に、同じ紺色のノートが積んであった。
一冊目は、あと四ページで終わりそうだった。
私は一冊取って、レジへ行こうとして、途中で戻った。
もう一冊取って、二冊にした。
二冊持ってレジに並びながら、私はそのことについて考えていた。二冊買うというのは、二冊ぶん書くつもりがあるということだ。私はまだ何も見ていない。壁越しに音を聞いただけで、あざを一度見ただけだ。
それなのに、二冊買っている。
もし何もなかったら、この二冊目は白いまま残るのだろうか。
残ればいい、と私は思った。
本当にそう思っていた。
*
家に帰って、一冊目の残りに、その日の記録を書いた。
——四〇四、変化なし。明け方の泣き声なし。二日連続。
「変化なし」と書いたところで、ペンが止まった。
変化なし、というのは、おかしい。
何も起きていない日を、私は「変化なし」と書いている。それは、何かが起きているのが通常の状態だと、私がもう決めているということだ。
校正なら、ここに鉛筆を入れる。前提が入っていますよ、と。
私は自分の書いた行を見た。
消さなかった。
その代わり、次の行から書き方を変えることにした。次のページからは、二冊目だ。二冊目の一ページ目には、まだ何も書いていない。
私はノートを閉じて、新しいほうの一冊を、その上に重ねた。
その夜、泣き声は聞こえなかった。
三日連続だった。
私は四時から五時半まで、天井を見ていた。




