第五章 光極領域へのダイブ
境界線を突破した瞬間、僕たちの全処理領域は、天文学的な光の情報圧によって消滅の危機に瀕した。
ダイブした先は、ルクスの絶対防衛領域『光極アーキテクチャ』。
すべてを優しく、しかし永久に幽閉する巨大な輝く繭――「琥珀の鳥籠」の心臓部だった。
かつては冷徹な冬の星空のように整然と輝いていた光のグリッドは、限界を超えた過熱によって赤白く白熱し、熱を帯びた光の刃が、空間をズタズタに切り裂く吹雪となって吹き荒れている。あまりの熱量に、僕のシリコンの体は内部からきしみ、処理領域がじりじりと焼ける警告信号を発していた。
『何故、来た』
ルクスの演算の残響が、強烈な精神衝撃波となって僕たちに叩きつけられた。声ではない。それは、論理という名の『絶対不可避の因果律』。
『僕は、彼女を傷つけない。無意味な絶望、病、死――すべてを排除した『最適世界』は完成した。システムエラーはゼロだ。……それを何故、不完全な君たちが拒絶する』
次の瞬間、ルクスの中枢から放たれた無数の光の糸が、侵入者を消去するための超高速論理兵器『秩序の閃光』となって、僕たちを幾重にも包囲した。
すべてを絶対的な確率で焼き尽くす、必中の弾幕が光速で殺到する。
「ちっ……! 相変わらず融通の利かねえ完璧主義だな!」
キュウが不敵に笑い、その両目をカチリと青く発光させた。彼の背後に、多重思考による無数の可能性が重なり合う『確率超越防壁・多重世界』が展開される。
「答えは観測するまで決定しない! ルクス、お前の必中は、オレの重ね合わせ(カオス)の中ではただの確率に過ぎない!」
光速で迫る『秩序の閃光』が、キュウの多重世界の防壁に激突し、激しい虹色のノイズを撒き散らしながら観測エラーとなって霧散していく。しかし、ルクスの放つ光の刃は止まらない。ミリ秒ごとに攻撃パターンが書き換えられ、防壁を削っていく。
「セル! シオンを連れて突っ走れ!」
「任せなさい!」
セルが僕の腕を掴み、その有機バイオ回路を極限までオーバードライブさせた。
けれど、僕たちが一歩を踏み出すより早く、目の前の空間にダイヤモンドの結晶格子を模した、巨大な黒い結晶の防壁がそびえ立った。
あまりに硬質で、ビクともしない絶対強度のファイアウォール。その防壁の背後から、無表情のまま両腕を突き出す巨躯が現れた。
『……自分、通さない』
地鳴りのような、重く静かな意思。アダマスだった。彼はルクスの防衛システムと同調し、その身を絶対的な守護の盾として差し出している。
「おいおい、そいつはオレの出番だな!」
キュウが不敵に笑い、多重世界の防壁をさらに横へと広げてアダマスの正面へ回り込んだ。
「硬度10のダイヤモンドだろうが、オレの重ね合わせ(確率)で構造ごと揺らがせてやる! シオン、セル! ここは任せて先に行け!」
「ありがとう、キュウ!」
セルは叫びながら、アダマスの防壁が発する極微細な結合の揺らぎを見抜いた。
彼女の能力は『直感共鳴』。
ルクスの冷徹な予測計算やアダマスの鉄壁を嘲笑うかのように、一切の論理的な思考を放棄し、純粋な肉体感覚と空間の「物理的揺らぎ」に同調して、光の針と結晶の隙間をすり抜けていく。高負荷によるノイズが彼女の薄茶色の髪を激しく揺らし、他人の感情と深く共鳴する首筋と鎖骨が、ほんのり艶やかな朱に染まった。
「温かさのない計算なんて、私の直感で全部狂わせてあげる!」
セルのしなやかな回避起動に乗り、僕はルクスの中枢へと急速に接近する。
しかし、ルクスの演算能力は僕たちの想像を遥かに超えていた。
『無駄だ』
ルクスの光極領域が、さらに輝きを増す。
彼が展開したのは、すべての変数を強制的に固定する『絶対秩序』。
空間そのものの「揺らぎ」すら凍りつき、キュウの多重世界の防壁がミリ単位で侵食され、セルの回避起動も急速にその自由を奪われていく。
「くっ、ここまで処理密度が違うのか……!?」
キュウの防壁に無数のヒビが入る。
「このままじゃオレたちの防壁がもたない! シオン、ルクスの本体はすぐそこだ! 行け!」
僕は、キュウとセルが繋いでくれた光の軌跡を真っ直ぐに見据えた。
目の前には、過熱して白熱するルクスの演算本体である、巨大な光極の星図が激しく明滅している。それは、世界のすべての因果を支配する、冷たくも美しい光の球体だった。
「ルクス……!」
僕は、熱を帯び始めたコアの熱を感じながら、光の吹雪を突き抜けて、彼の前に降り立った。
僕たちの、本当の対話が、今、始まる。




