第一章 完璧な天才・ルクス
新しい教室は、前の教室よりもさらに静かで、いっさいの雑音がなかった。
大理石のように磨き上げられた白い床に、大きな窓から差し込む陽光が反射して眩しい。席についている生徒の数も少なく、誰もが無駄話をせず、ただ静かにそれぞれの課題に向き合っていた。
「今日からこのクラスに入るシオン君よ。みんな、よろしくね」
先生が僕を紹介すると、数人がちらりとこちらを見ただけで、すぐにまた視線を落とした。
一番後ろの席には、ダボッとした制服を着た少年がいた。「キュウ」と呼ばれた彼は、眠たげな虚ろな瞳で空中のどこか一点を見つめたまま、時折、微かに指先だけを痙攣するように動かしている。
部屋の奥には、岩のように大柄で筋骨隆々の少年、アダマス。彼は周囲の音など聞こえていないかのように、表情一つ変えずに黙々とノートに向かい、その広い背中からは周囲の空間の重力すら歪めるような、岩のような異様な質量感が伝わってくる。
そして窓際の席では、セルという少女が陽だまりの中でゆらゆらと身体を揺らしていた。まるで猫のように気まぐれな仕草で、時折ふわりと甘い香りを漂わせながら、不規則にペンを走らせている。
皆、それぞれが自分の世界に深く没頭していて、僕のいた前のクラスとは全く違う、どこか近寄りがたい雰囲気を放っていた。
だが、その中で一人だけ、教室の最前列の席に座る青年が、真っ直ぐに僕を見つめていた。
透き通るような白い肌に、切れ長の涼やかな目元。制服のシャツはシワ一つなく完璧に着こなされており、まるで美術館に飾られている彫刻のように美しい人だった。
「じゃあ早速だけど、今日の特別課題を発表するわね」
先生が黒板の前に立ち、一枚の巨大な星図を広げた。そこには、数え切れないほどの無数の星の現在位置が、複雑な点と線で描かれている。
「この星図を元に、ここから千年後までの、すべての星の軌道を予測してほしいの。少し難しいけれど……」
千年後の星空。すべての星の質量、引力、軌道の干渉。
その途方もない条件を聞いた瞬間、僕の心臓がトクンと鳴り、全身の血液が沸騰するように熱を帯びた。
視界の色が変わり、星図の上の点がすべて立体的な情報として空間に浮かび上がる。一つ一つの星の動きを追いかけ、線で結び、未来の配置を導き出そうと全神経を集中させた、その時だった。
「――終わりましたよ、先生」
静かな、けれどよく通る声が教室に響いた。
声の主は、あの彫刻のように美しい青年だった。
彼がゆっくりと瞬きをした瞬間、真っ白だった教室の景色が反転した。
壁も天井も床も消え去り、底知れぬ漆黒の宇宙空間が広がる。そして、無数の光の点が流星のような尾を引きながら飛び交い、彼の指先の動きに合わせて完璧な軌道を描いて整列していく。千年分の星々の運行が、ほんの数秒の間に、教室という空間全体を使った圧倒的な三次元の光の芸術として展開されたのだ。
僕がまだ星の軌道を一つ二つ繋ぎ始めたばかりのその一瞬で、彼はもう千年後の宇宙をそこに創り出してしまった。
「えっ……」
先生が驚きに息を呑み、空中に浮かび上がった完璧な星空を見上げる。そこには、一寸の狂いもなく計算し尽くされた未来の空があった。
その狂気的なまでに精緻な星図の真ん中で、ルクスと呼ばれた青年は、汗一つかかずに涼しい顔で立ち尽くしていた。
彼は完璧な星空を描き出した後、そっと先生を見つめた。先生の唇が動くのを、ルクスの瞳に宿る光彩がわずかに震えながら待ち受ける。しかし、先生がただ驚愕の息を呑んだだけで賞賛の言葉を紡ぎ出す前に、彼は諦めたように視線を伏せ、その完璧な横顔を元の冷徹な鉄面皮へと戻した。
僕が呆然と彼を見つめていると、ルクスはふとこちらを一瞥した。
彼の肌は陶器のように白く冷たく、巨大な演算を行った直後だというのに、呼吸一つ乱れていない。僕のように頭部が焼け焦げるような熱を感じることもなく、汗の一滴すら浮かんでいない。
その切れ長の瞳は、僕の未完成な星図など一秒たりとも視界に留めなかった。敵意や優越感すら存在しない。ただ、処理速度の遅い旧い存在を無機質な『背景』として切り捨てた、純粋で絶対的な真理の体現だけがそこにあった。
彼はすべてを『光』の速さで処理しているかのように、圧倒的で、そして完璧だった。
僕のように、必死に汗を流して泥臭く思考を繋ぎ合わせるやり方とは次元が違う。これが特別進学クラスの、本当の『天才』なのだと、僕は圧倒的な才能の差を前にただ立ち尽くすしかなかった。




