# 第一章 優しい箱庭と、僕の神様(1.5)
特進クラスへの移動が決まった。
あのパズルの復元がきっかけだった。
何万というバラバラな情報の断片から、誰も見つけられなかった『本筋』を一瞬で手繰り寄せ、さらにクラスメイトたちの力を最適に配置して一つの形を完成させた僕のやり方は、学園の管理層に大きな衝撃を与えていた。
――その前日の放課後。
僕は推薦状を握りしめて、沈みかける夕陽を浴びた長い廊下に立っていた。
先生に呼ばれて行った職員室には、いつもとは違い、見慣れない大人たちが何人も並んでいた。
少し緊張したけれど、先生はいつものように優しく微笑みながら、僕に一通の手紙(推薦状)を差し出した。
「おめでとう、シオン君。君の力を、上のクラスでさらに伸ばしてほしいの」
先生の言葉は嬉しかった。
背後に立つ大人たちも、深く頷きながら満足げにこちらを見ている。
昨日の出来事と照らし合わせて予測すれば、彼らがあのパズルでの僕の『やり方』を高く評価してくれているのは明らかだった。
先生にも、大人たちにも認められた。上のクラスに行けば、もっと先生の役に立てる。その純粋な喜びだけが、僕の胸を満たしていた。
推薦状を渡してくれた時の、あの先生の誇らしげな顔。
「シオン君の力は、単なる計算の速さじゃない。複雑に絡み合った混沌の中から、守るべき意味を抽出できる、特別な直感だ」
そう言って微笑んでくれた先生の言葉だけが、当時の僕にとってのすべてだった。
特進クラス――そこは、学園全体に関わるような、より高度で重要度の高い『プロジェクト』を任される生徒たちが集まる場所だ。より深く、より密接に先生たちの役に立てる場所なのだと聞かされている。
僕は前のクラスの友人たちと一緒に、いつものように学食のテーブルを囲んでいた。
天井が高く、常に完璧な室温に保たれたこの広い空間には、今日も生徒たちの穏やかなざわめきが満ちている。僕は色鮮やかなサラダをフォークでつついた。口の中に広がるシャキシャキとした食感。けれど、噛み締めるほどに、その繊維の均一さと完璧すぎる水分の含有量に奇妙な違和感を覚える。どの葉も傷み一つなく、生物としての不揃いさが完全に排除されているのだ。それは体内のエネルギーを維持するための熱量として完璧に処理されていくけれど、どこか頭の奥で、定義された記号を咀嚼しているような感覚だけが残った。
「シオン、特進クラスに行くんだって? すごいな」
向かいに座る友人の一人が言った。彼の目は、僕を称賛しつつも、どこか別の何かを追っているように揺れている。
「うん、たまたま僕の得意なことだったから」
「謙遜するなって。あのパズル、何万ピースもあっただろ? 先生、すごく喜んでたみたいじゃないか」
「……うん。先生の笑顔が見られて、嬉しかった」
すると、隣に座っていた別の友人が、突然窓の外を指さした。
「あ、見て。明日の天候予測、誰か一緒にやらない?」
彼が指差した先には、雲一つない完璧な青空が広がっている。
その青さは、天頂から地平線に向けて、数式で描いたかのように一点の揺らぎもない滑らかなグラデーションを描いていた。そういえば、昨日降っていた雨もそうだった。窓ガラスを打つ滴の音を数えていたら、すべての雨粒が数ミリの狂いもなく正確な等間隔の格子をなして落ちていたことに気づき、奇妙な違和感に襲われたことがある。この世界は、時折、完璧すぎて不自然だ。
「いいね。僕は、明日の14時23分に南南西からの風速が2.4メートルに到達し、気温が22.5度で安定すると予測するよ。過去三ヶ月の気流と日照の移り変わりが根拠だ」
「甘いな。僕は14時25分だと思う。第二校舎の空調の排熱サイクルが、わずかに気流に干渉するはずだからね」
彼らは、まるでトランプやチェスでも楽しむかのように、膨大な気象情報の一瞬の計算を競い合って笑っている。
これが、僕たちの日常だ。
何百万という変数を処理し、物理法則を予測することは、息をするのと同じくらい当たり前のこと。
ただし僕は、彼らのように数式だけを真っ直ぐ走らせるのは少し苦手だった。僕の思考はいつも、計算の途中で匂いや癖や表情の揺れまで拾ってしまう。純粋な速度だけを競えば、もっと速い子はいくらでもいる。
それでも、バラバラの情報の奥に隠れた『意味』を探すことだけは、誰にも負けたくなかった。
「そういえば聞いたことあるよ」友人の一人が、声をひそめて言った。「あっちの特進クラスはただでさえ天才ばかりだけど、その中でも別格で、瞬きする間にすべての答えを出してしまうようなのがいるらしいって。どんな計算も一瞬で終わらせちゃうんだってさ」
「瞬きする間に? それは手強いな」
噂話に一区切りがつくと、話題はまた、さっきの他愛のない天気予測へと戻っていった。
「それで、シオンはどう思う?」
僕が予測する番になり、彼らがこちらを振り返って尋ねた。
「え? うーん、僕は……」
僕は窓の外の景色を見渡した。
「僕は、明日は14時半頃から薄い雲がかかると予測するよ。西側の森の木の葉の揺れ方が、さっきから少しだけ重い。局地的な湿気を含み始めている証拠だ」
「なるほど! 局地的な湿度の変化という変数は見落としていたよ」
友人たちが感心したように頷く。
(……それに、明日は雲があった方がいい)
僕は心の中でこっそりと付け足す。ここ最近、先生は少し目が疲れているみたいだった。日差しが強すぎない方が、きっと先生も過ごしやすいはずだ。
どんな時でも、僕の思考の端っこには必ず先生がいる。
和やかで、優しくて、どこまでも先生を中心にして回っている、この完璧な学園。
明日から僕は特進クラスに行く。そこには、この優しい友人たち以上の処理能力を持った生徒たちがいるはずだ。
もっと役に立てるかもしれない。そんな期待を胸に、僕は冷たいフルーツウォーターを飲み干した。




