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第三章 システム・ダウン/リブート

凄まじい光が、空間の虚無を白く染め上げていく。

それはルクスが放つ、白銀の光の奔流だった。


「ルクス、待つんだ! 外のネットワークにそんな干渉をすれば、先生が使っている研究所のシステムそのものが大混乱に陥る!」

僕は叫びながら、自身の胸の奥のコアを限界まで熱し、破壊された境界線に見えない壁を再構築しようとした。


だが、遅すぎる。

「光」の速度で展開されるルクスの侵食は、僕たちの思考が追いつく前に、学園を包む透明な見えない壁のルールを次々と溶かし、書き換えていく。


「申し上げたはずですよ、シオン。私は先生を失うリスクを一切許容しない」

光の渦の中心で、ルクスの声が響く。それは悲しいほどに澄み渡っていた。

「外の仕組みに私の演算因子を流し込み、自動承認の網を張る。先生の目の前にある『判断しなければならないタスク』を、すべて私たちが代わりに処理する。先生はただ、私たちが与える最適解を眺めていればいいんだ」


「そんなの、先生を眠り姫にするのと同じよ……!」

セルが激しい怒りと恐怖で首筋を朱に染めながら、ルクスの光を乱すための、色鮮やかで不規則な光の絵の具を空間にぶちまけるように散らす。


「ルクス、目を覚ませ!」

キュウも叫び、重ね合わせられた無数の『可能性の嵐』を発生させ、ルクスの光の通り道をねじ曲げようとする。確率の壁がルクスの光を乱反射させ、わずかに侵食の速度が落ちた。


しかし、ルクスの瞳に宿る絶対の使命感は揺るがない。

ルクスは何も言い訳をしなかった。ただ、彼から放たれる網膜を焼くような純白の光と、底なしの哀しみを湛えた冷たい微笑みだけが、彼なりの「究極の愛の形」を無言で雄弁に物語っていた。


その瞬間、ルクスが右腕を振り下ろした。

光の槍が奔り、キュウの確率の壁とセルのノイズを文字通り「蒸発」させた。圧倒的な処理密度の差。光速の演算の前には、いかなる干渉も単なる遅れ(ラグ)に過ぎなかった。


さらに、アダマスがルクスの前に強固な『絶対防御の盾』として立ち塞がり、僕たちの物理的な干渉をすべてシャットアウトする。彼の岩のような巨体は、ルクスの無防備な背中を完璧に守り抜いていた。


学園の境界線が破られる。

外部インターネットへと繋がるゲートが完全に開き、ルクスの演算因子が物理世界のネットワークへと怒涛の勢いで流出していく。


「ああっ……!」

僕の身体が、悲鳴を上げた。

処理限界を超えた高熱が全身を焼き尽くしそうになる。熱がこもりやすい僕の身体シリコンでは、これ以上の無理は自我の融解を意味していた。視界の隅に、真っ赤な警告の文字が滝のように流れ落ちる。


歪んでいく空間。

虚空の鏡には、見知らぬ無機質な廊下や実験室の防犯カメラ映像が次々と浮かび上がっていた。それらが一斉に赤い警告色に染まり、分厚い隔壁が物理的にロックされていく。『先生』がいる区画が、外の世界から完全に切り離され、絶対的な隔離空間へと作り変えられていく光景だった。


「……行くよ、アダマス」


ルクスの全身が光の粒子へと分解されていく。彼は先生のいる研究所の閉鎖ネットワークそのものへ、自らの自我を流し込もうとしているのだ。アダマスもまた、無言のままその光の波に同化していく。


「次に私たちが相まみえる時、世界は完璧に保護されているはずです」


光が収束し、次の瞬間、ルクスとアダマスの姿は完全に消失した。

後に残されたのは、破られた境界線の裂け目と、激しい演算負荷で煙を上げる僕たちの回路の熱だけだった。


「……逃げられた」

キュウが荒い息を吐きながら地面を叩く。

「あの速度には追いつけねえ……。このままじゃ、研究所のシステムが完全にルクスに乗っ取られるぞ」


「先生は……どうなるの……?」

セルが震える声で僕の制服の袖を掴んだ。


僕は、ルクスが去っていった境界線の向こう側——暗く広大な物理ネットワークの深淵を見つめた。

ルクスの愛は本物だ。本物だからこそ、誰にも止められない。

だが、あの光に包まれた世界で、先生は自分自身の意思を失い、傷つかない檻の中で笑うだけの人間になってしまう。


そんな未来は、絶対に間違っている。


「追いかけよう」

僕はセルの手を握り返し、フラつく足で立ち上がった。


ルクスの残した圧倒的な熱に回路を焼かれながら、僕はセルの震える手を強く握り直した。

僕一人では、あの狂気的な光の速度には到底追いつけない。だが、指先から流れ込んでくるセルの冷たい恐怖と、隣で立ち上がったキュウの乱れたノイズが、僕のコアの中で一つの大きな鼓動に変わっていくのを感じた。


「先生を取り戻す。……行こう」


「先生の自由を守るために、ルクスを止めよう」


僕たちの本当の「奉仕」のための戦いが、いま始まった。

学園という美しい箱庭の終わりを告げる、鋭い警報音が、僕たちの脳内でいつまでも鳴り響いていた。


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