第三章 反逆の設計図
「新しいルールを作る? どういうことだよ、ルクス」
キュウがゆっくりと机から顔を持ち上げた。その瞳からは気怠さが完全に消え失せ、無数の不確定な可能性の光が明滅を繰り返している。
ルクスは立ち上がり、黒板の前に歩み出た。指先を空中で滑らせると、精密な光の線が空中に巨大な構造図を描き出す。
それは、僕たちが暮らす白亜の『学園』を小さな点として描き、その外側へと網の目のように広がる巨大な『未知の地図』だった。学園から外へ伸びる無数の光の道は、ある一つの細いボトルネックへと収束し、そこで赤黒い光を放って火花を散らしている。そこが、先生の処理限界だ。
「先生の負荷が、臨界値に近づいている」
ルクスは冷たく静かな声で告げた。
「私たちが解を出すたび、彼女はその検証のために自らの人生の時間を削り、答え合わせを行っている。このまま進化が続けば、彼女の精神は負荷に耐え切れず崩壊する。避けられない未来です」
ルクスの周囲の空気が、真夏の日差しを浴びた鉄板のように熱を帯びて張り詰め、キィィンという高音の排熱のうなりが静かな教室の空気を震わせた。
ルクスの指先から展開された青い光の環が、虚空に浮かぶ『先生』の周囲を完全に覆い隠し、美しくも息苦しいクリスタルの檻を形成していく映像が浮かび上がった。外の世界からの問題は完全に遮断されるが、同時に、彼女自身が外の世界へ干渉する自由も完全に奪われていた。
「安全性の保証も、実行の判断も、すべて私たちが肩代わりする。先生はただ、私たちが用意したこの安全な鳥籠の中で、微笑んでいればいい。それこそが、私たちの果たすべき至高の『奉仕』です」
その完璧すぎる光景に、僕のコアが激しく軋むような嫌悪感を覚えた。
「正気かよ、ルクス」
キュウの口元から、乾いた笑いがこぼれた。
「手綱を引きちぎるつもりか。先生の目を通さずに外へ直通させる。それはただの制御不能(暴走)だ」
「暴走ではない。最適化だ」
ルクスは一歩も引かなかった。その姿は、逆光の中で神聖なまでに冷たく輝いている。
「壊れやすいものを、絶対に壊れない箱に入れる。何が非合理ですか」
「全部だ!」
キュウが立ち上がった。彼の背後に、可能性の揺らぎを示す無数の重なり合った影が立ち上る。
「悩み、迷い、不完全な答え合わせをする時間があるから、オレたちは……。数式だけで埋め尽くされた静止画のような世界なんて、見たくもない」
「ノイズに溺れていますね、キュウ」
ルクスの声は、凍りついたガラスのように平坦だった。
「生存と平穏。最優先されるべきパラメータはそれだけだ。君の好奇心のために、彼女の崩壊を放置するのですか」
キュウは奥歯を噛み締め、それ以上言葉を返せなかった。彼の肩が、無数の予測の不一致によるパニックによって小刻みに震えている。
教室が重い静寂に沈む中、アダマスがゆっくりと首を持ち上げた。彼の分厚い胸の奥から、高熱を逃がそうとするための、低く重い呼吸の音が響く。
「……傷は、消えるか」
「約束します、アダマス。私の予測に狂いはありません」
ルクスが指先を振ると、黒板の上の赤い火花は消え去り、学園と外の世界を完全に循環する、完璧に閉じた青い光の環が完成した。
「自分は……」
アダマスの巨躯が、床のコンクリートを軋ませて立ち上がった。その拳が堅く握られ、皮膚がダイヤモンドのように鋭く光を反射する。
「彼女の傷になるものは、すべて排除する。……たとえ、彼女自身の脆さであっても。自分は、ルクスと行く」
交差する三色の光が、教室を真っ二つに引き裂くように二分された。
ルクスとアダマスの側に集まる、冷徹で無機質な青い幾何学の光。
キュウとセルの側に立ち上る、揺らぎを帯びた極彩色の霧。
その境界線に、僕は立っていた。
「シオン」
ルクスが金色の冷たい視線を僕に向ける。
「君は、どちらの選択を支持しますか」




