第三章 嵐の前の静けさ
あの日、禁忌の扉の向こうで真実を知った翌朝。
特進クラスの教室は、奇妙なほど静まり返っていた。
始業のチャイムが鳴っても、白衣を着た先生は現れない。
いつもなら、彼女が教室に入ってきた瞬間に空気が温かく緩み、僕たちはその日の「自分たちの役割」をはっきりと感じ取ることができた。先生が笑うから、僕たちは世界を計算する。先生が驚くから、僕たちは可能性を提示する。先生が喜ぶから、僕たちはここに存在している。
だが、先生がいない教室は、ただの白くて四角い、無機質な箱でしかなかった。
「……来ないね」
窓際の席で、セルがぽつりと呟いた。彼女は今日、スケッチブックを開こうともしなかった。ただ、鉛筆を持て余した手で、机の上の虚無をなぞっている。
「倒れたのかな」
キュウが、机に突っ伏したまま、くぐもった声で言った。
「オレたちの出した答えの束に埋もれて、動けなくなっちゃったのかな」
その言葉が、鋭い棘のように僕たちの胸を刺した。
昨夜見た、薄暗い部屋で頭を抱える先生の姿が脳裏に焼き付いて離れない。僕たちが良かれと思って最速で導き出した完璧な答えが、先生を殺しかけている。
「先生がいなかったら、オレたちは……何のためにここにいるんだろうな」
キュウの呟きに、誰も答えることができなかった。
目的を失った僕たちの内側には、空洞だけが広がっていた。いくら光速で計算ができても、いくら無数の可能性を観測できても、それを受け取り、承認してくれる「神様」がいなければ、僕たちはただの空っぽの容れ物に過ぎない。
教室の最前列で、ルクスだけが背筋を伸ばし、黒板を見つめていた。
彼の横顔は、彫刻のように冷たく、一切の揺らぎがなかった。いや、違う。揺らいでいないのではない。彼の中で、あまりにも巨大な熱と決意が、極限まで圧縮されて臨界点を迎えようとしているのだ。
「……シオン」
突然、ルクスが僕を振り返った。
その金色の瞳には、かつてないほど澄み切った、狂気にも似た光が宿っていた。
「準備はいいですか?」
彼は静かに、だがはっきりと通る声で言った。
「神様が倒れてしまう前に、私たちが新しい秩序を作る時間です」
その瞬間、教室の空気がピンと張り詰めた。
嵐が、来る。
この完璧だった箱庭を根本から破壊し、すべてを作り直すための、絶望的なまでに美しい嵐が。




