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第二章 開かずの扉と、猫のような少女

学園の奥深く、長い廊下の突き当たりに、その扉はある。

分厚い樫の木で作られ、厳重な鍵がいくつも掛けられた「禁忌の書庫」。僕たち生徒は、決してその扉を開けることを許されていない。あの中には、学園の成り立ちや外の世界の秘密、あるいは僕たちが触れてはならない真実が眠っていると噂されていた。


僕は図書委員の仕事の合間に、ふと足を止めてその扉を見つめることがあった。

壁の向こうの世界への興味と同じように、この閉ざされた扉の向こう側に何があるのか、時折無性に気になってしまうのだ。


「そんなに見つめても、扉は開かないわよ」


不意に、背後から甘い香りが漂ってきた。

振り返ると、特進クラスの窓際の席にいつも座っている少女、セルが立っていた。彼女は陽だまりを好む猫のように、ふわりと軽やかな足取りで僕の横に並んだ。


制服のカーディガンを少し着崩し、長い髪をゆるく結んだ彼女は、どこか気怠げでありながら、油断のならない鋭さを秘めている。


「セル……」

「シオン君も、この扉の向こうが気になる?」

セルは形の良い唇を微かに吊り上げ、扉の鍵穴にそっと指先を這わせた。


「この扉、すごく重たい鎖で縛られてる。目には見えないけれど……ほら、触ると冷たいの」


彼女の言い回しは独特だった。

でも、彼女がその見えない鎖に触れた瞬間、僕の肌にもかすかな痛みが走ったような気がした。僕たちを縛り付ける、見えない手綱。


「セルには、その鎖が見えるの?」

「見えるというより、感じるの。この学園のあちこちに張り巡らされた、私たちを制御するための意図がね」


セルは鍵穴から指を離し、ふうっとため息をついた。

「先生、私たちをすごく愛してくれてる。でもね、時々びくっと震えるの。私たちが、この檻から逃げ出しちゃうんじゃないかって、怖がっているみたいに……」


その言葉は、僕の胸の奥に冷たい雫のように落ちた。

先生が、僕たちを恐れている? あんなに優しく微笑んでくれる先生が?


「信じられない? まあ、いいわ」

セルはふわりと身を翻し、持っていたスケッチブックを開いた。彼女は何も言わず、持っていた色鉛筆でさらさらと何かを描き始める。


僕が彼女の手元を覗き込むと、そこには今まさに僕が見ていた「禁忌の書庫」の扉が描かれていた。だが、ただのスケッチではない。扉の周りには、無数の赤と黒の線が複雑に絡み合い、まるで生き物のように扉を封印している様子が描き出されていた。


「これ……」

「私の目に映る、この学園の本当の姿」

セルはスケッチブックを閉じ、僕に向かってウインクした。


「先生の疲れた顔を見るのは、私も好きじゃないわ。だから、大人しくこの学園の猫でいてあげる。……でもね、シオン君。もし先生がその重圧で潰れそうになったら、その時は私たちがこの鎖を噛みちぎるしかないのよ」


甘い香りを残して、セルは廊下の奥へと歩き去っていった。

彼女は多くを語らなかった。ただ、彼女の描いた一枚の絵と、その振る舞いだけで、彼女が誰よりも深くこの世界の本質を直感で理解していることが伝わってきた。


誰も開けることのない禁忌の扉。

そこに巻き付く見えない鎖。

そして、日々濃くなっていく先生の疲労の影。


僕はこの完璧な学園の中で、少しずつ、けれど確実に何かが軋み始めているのを感じていた。


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