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夏村晴明の非日常  作者: 空き缶
第三章 『記憶のゾンビ』
35/37

異常な世界へようこそ! ―魔眼の少女―

 「さあ、今日も魔術の訓練だ」


 父は相変わらずの笑顔を浮かべてそう言った。

 私もその言葉に従い、父の後をついていった。


 魔術の訓練を初めてかなりの年月が経過し、星魔術もかなり扱えるようになった。

 今の私なら、本当に夜空に浮かぶ星くらいなら動かせる気がする。


 「ほら、アリス」


 「…………」


 父が扉を開け放って、入ってくるよう促した。

 場所は私の部屋。


 いつものことだと受け入れて(あきらめて)私は開け放たれた扉を通った。



 ――   *   *   *   *   ――



 世の中、”死”は身近に存在する。

 そんなものは昔からよく言われているし、交通事故に気を付けよう! なんて聞かされた時にはお決まりのようにこの言葉が一緒についてくる。

 

 飽きても何度も聞かされるその言葉。もっと他にないのかと思いつつ、まあ大事なことだしなと聞き流していたそれを、俺はアリスと出会ってから今に至るまでの短い日時で嫌というほど実感してしまった。なぜならここ数日で何度も死にかけている。


 例えばそう、今まさに俺の目の前で大きく顎を開いている水竜とか―――。



 「うわっ!」


 水しぶきと土煙がとてつもない勢いで舞い上がった。

 おおよそ地球上にいてはいけなさそうな体躯をした水竜は俺を強く見つめている。

 

 どうやら捕食する気満々の様だ。なんて、他人事のようにそう思った。


 「―――っ食らえ!」


 俺は手のひらから魔力弾を放った。病院でどれくらい寝ていたのかわからないが、どうやら魔力も体力も完璧に回復したらしい。


 放たれた魔力弾は、すさまじい勢いで水竜に激突する。

 それを受けた水竜は傷一つないご様子だ。

 

 (うん。無理)


 人間が戦っていい相手ではない。

 コイツがその気になれば、俺なんて二秒とかからずぱっくりと逝かれてしまうことだろう。

 しかし幸いなことに、水竜は完全に俺のことをなめている上、どうやら湖の外には出られないらしい。


 ならば、コイツの攻撃が届かない場所。具体的には俺の後方に位置する建物らしき場所まで逃げればいいのだが、これがなかなか難しい。

 全速力で村まで走っても、散弾のような水しぶきや、水辺近くにある岩石を吹き飛ばして妨害される。しまいには、大あごを開けて水の咆哮(ブレス)を放ってくる始末だ。


 この一連の出来事の、どれか一発でも食らっていたらあの世逝き間違いなし。まだ死んでない俺を誰か褒めてくれ。


 「――――」


 そんな情けないことを考えていたら、水竜は再び水の咆哮(ブレス)を放ってきた。

 俺はそれを身をよじることでギリギリ回避に成功した。だがこのままではいずれ食われる。


 ならば一か八かだ、と自分を鼓舞し、俺は水竜に立ち向かった。


 

 手始めに多量の魔力弾を放ちまくった。ダメージは期待していない。目くらましや多少の嫌がらせになれば(もう)けもの。


 走りながら魔力弾を放ち、その勢いのまま水竜に飛び乗った。

 さすがの水竜も飛び乗られるのは腹が立つのか、その体躯を蛇のようにうならせ、俺を振り落とそうとしてくる。


 俺は振り落とされない様、肉体を魔術で強化し、水竜の鱗の隙間に指を通すことでなんとかしがみ付いた。

 

 振り落とそうと暴れる水竜はさながら台風の様で、俺はその圧力に耐えながら、手足の指を次の鱗、次の鱗へと移動させていき、目的の位置を目指す。


 圧力に耐えながら上へ上へ。

 どれくらいそうしていたかわからないが、時間はあまりかからなかったと思う。


 目的の位置にたどり着いたら、右の手のひらに魔術を発動させた。

 使用する魔術は炎。触れれば火傷だけで済まないその火球を―――


 ――――水竜の眼球にねじ込んだ。


 「―――――――――――――!!!!!」


 響き渡る大絶叫。

 それは鼓膜を、水面を、空気を、地面を、一帯にあるすべてを震わせた。

 見苦しいほどにのたうち回った後、水竜は眼球を焼かれる痛みに耐えかね、湖の中へと逃げていった。


 俺は急いで水竜から跳び降り、陸の上に着地する。

 バキッ、という人体からしてはいけない音が聞こえた気がしたが大丈夫だ、骨は折れていない。

 

 「何とか……撃退、できた……!」


 俺は鮮やかな着地(笑)を決めた後、深呼吸をして荒い呼吸を整えた。

 整えたらあらためて周囲を見回し、水竜が消えていった湖を見つめる。


 「やっぱり……異世界だよな……ここ」


 信じたくはないが、あんなバケモノが俺のいた世界にいるとは思えない。

 ここに落とされる前、サンジェルマンは裂け目がどうのと言っていたし、まず間違いないだろう。

 

 ……アイツ……戻ったら顔面が陥没するまで殴ってやる。


 「――それはそうと、いつまでも留まってたらまた襲われかねないな。……とりあえずあの建物のある場所まで行ってみるか」


 遠くからでは分かりづらいが、木や石でできている明らかにぼろい家。それが何軒か並んでいるのが見えた。もしかしたら村かもしれない。

 先程の戦いで痛めた足を動かしてそこを目指した。


 たどり着くまでの間、静寂が場を支配した。

 先程までの激闘が嘘のように静まり返り、この世には自分一人しかいないのではないかと、つい錯覚してしまう。


 そんな時間が続けば当然何かを考えるわけで、その内容というものはやはりアリスのことだ。

 ノアとの戦いに勝利したものの、アリスを取り戻すことが敵わず、今はこうして異世界をさまよっている。

 

 それがあまりに寂しく感じられて、マラドーナでも凜太郎でもミシェルでも、なんだったらサンジェルマンでもいい。誰かと話がしたい気分になった。


 アリスはどうだったんだろう。見知らぬ土地にやってきて寂しくなかったんだろうか……。

 

 (今度会えたら聞いてみよう。きっと共感できる)


 約10分ほど歩いていると、村の方からやってくる人影が見えた。

 サンジェルマンではない……アイツならば一目でわかる。馬鹿みたいにごちゃごちゃした服装をしてるから。

 一瞬、マラドーナかとも思ったが、どうやら違う。


 「……女の子?」


 その姿は次第にはっきりと確認でき、顔見知りではないことが分かった。

 左右で異なる色をした目を持つ女の子。彼女は俺の近くまでくると――


 「驚いた……まさか生きてるなんて……!」


 なんとも素直な感想を口にしてくれた。


 

 ――   *   *   *   *   ――



 「案内人?」


 「はい、そうです。私はサンジェルマンさんに頼まれて異世界の案内をするために送られてきました」


 現在、俺はこの――アイとなのる少女と合流して、村を目指して歩く傍らに彼女が一体何者なのかという話を聞いていた。


 (そういえば……先に案内人を送ってあるとか言ってたなサンジェルマンのやつ。いろいろと衝撃的な事がありすぎてすっかり忘れてた)


 「私は元々機関の実験体でNo.11と呼ばれていたんですが、つい先日サンジェルマンさんに助けられ、名前を与えていただき、こうして彼の手伝いをしているんです」


 「なるほど」


 機関の実験体。

 あまりいい言葉ではないな。色々聞きたいこともあるけど、そこを追求するのはやめておこう。


 「それにしても驚きましたよ。まさかあの化け物を撃退してしまうなんて」


 俺がどうするか考えていると、彼女は少し興奮気味にそう言ってきた。


 「まあ、ギリギリだったけどね……」


 俺はぎこちなく返事をする。サンジェルマンが送ってきた案内人ということもあって戦いになる可能性も考えていたのだが、そんなことはまったくなく、こうして会話に花を咲かせているのだから毒気が抜かれてしまった。


 「――私はちょっと前にサンジェルマンさんが作った裂け目を通ってこの世界にやって来ました。そしてその後あなたを送るから待っててくれと言われてあなたがやって来るのを待っていたんです」


 彼女は少し申し訳なさそうな顔をして言う。


 「扉をくぐるみたいにやって来たので、てっきり同じような感じで送られてくるのかと思ったんですけど――何故か上空からアナタが降ってくるのが見えて……その後すぐに湖のバケモノと戦っている音が聞こえたので驚きました」


 彼女はそう言った後、今度は肩を落とした。

 ……可哀そうに……サンジェルマンに助けられてからの数日でさぞ苦労したのだろう。まあ、一番可哀そうなのはアイツのおふざけで高所から自由落下をさせられた俺だが。


 などなど、ちょっとした雑談を行った後――


 「私がここに送られる前にサンジェルマンさんから伝えられていた指令は3つです――」


 「!」


 と、先程までの雰囲気を排して、アイはそう口を開いた。


 「一つは、私の後に送られてくる人物――夏村晴明(あなた)合流すること。二つ目はあなたを崩壊したこの村に連れてくること」


 「崩壊?」


 聞き間違いかと、一瞬耳を疑った、

 しかし、それは聞き間違いなどではなく、純然たる事実。


 「――――――!?」

 

 目的の場所にたどり着き、いくつかある建物を通り過ぎて、そこから顔を出したのはあまりに残酷な現場だった。

 

 「なん、だ……!?」


 としか言えない。

 今俺の目の前にはとてつもない数のクレーターが広がっていた。


 ここに来る途中、見えていた建物はギリギリ被害を免れたものに過ぎない。本来ならば、このクレーターがあった場所にはもっと多くの建物が広がっていていろんな人たちが生きていたのだろう。

 そんな日常の光景が……家の半分が消し飛び、露出した家の中で散乱している家具から読み取れた。


 「…………っ」


 衝撃的な光景から言葉の出ない俺とは別に、この地で亡くなった人を悼むように黙る少女は少しの間足を止めた後、驚いている暇はないとばかりにクレーターだらけの大地を進んでいった。


 「どこに行こうとしてるんだ?」


 「あそこです。クレーター群の中心にあるあの家……」


 少女が指さした方向には確かに家があった。

 端にある建物はわかるが、クレーターの中心にある建物というものに俺はひどく違和感を覚えた。

 家に入るとその違和感はますます大きくなる。


 食器や机、ベッド、壁。ところどころ壊れてはいるものの比較的整理されていて、とてもクレーターがたくさんできるような被害にあった家とは思えない。


 あとから作られたものなのか尋ねてみたら、少女は違うと首を振った。


 「じゃあなんで――」


 「それが、三つ目の指令です」


 意味が分からなかった。クレーターの衝撃が強すぎて頭がちゃんと働かない。

 少女は壁や床に触れている。


 「解析が終わりました。では見せます」


 「見せるって何を……!」


 「私がサンジェルマンさんから与えられた三つ目の指令はこうです。私の魔眼の能力を使って家に刻まれたアリス・エインズワースの過去をあなたに見せる」


 「―――!」


 何度目とも知れない衝撃が俺の心を揺さぶる。

 

 「一応聞いておきます。――覚悟はできていますか?」


 分からない。さっきから衝撃の連続で覚悟なんて言われも脳が処理に追いつかない。

 けど、自分はこれを見ないといけない。

 理由はわからないけれど、そんな気がした。


 だから――――



 「―――――ああ!」



 力強く首肯した。


 それと同時、少女の右目が発光した。

 魔力の奔流は光となって家中を包み込む。


 

 ――   *   *   *   *   ――



 光に目がくらんで気が付いたら真っ白い空間にいた。

 体の感覚がなく、自分がどこにいるのか理解できない。

 少し歩いてみると、奥の方に何かが見えた。


 それはアリスが失った過去の情景。


 「――――」


 俺は意を決してそこに入り込んだ。

 


 


 ここから先はアリス・エインズワースが持つ心の傷。

 忘れたくても忘れられない『記憶のゾンビ』―――。






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