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夏村晴明の非日常  作者: 空き缶
第三章 『記憶のゾンビ』
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異常な世界へようこそ!

 私の一日は、いつも家族との挨拶から始まる。

 台所で料理する母。椅子に座ってコーヒーを飲む父。二人に「おはよう」と挨拶をして、母の作った朝食を食べたら、いつものように魔術の練習を始める。


 なぜ魔術を練習するのかと訊かれれば、それは星を操れるようになるためだ。

 

 どうやら父は昔魔術を学んでいたらしい。

 そのおかげで、私は魔術の学校に通うことなく、魔術を学ぶことができた。


 飽きはしない。


 ――学ぶのはとても楽しいことだから。


 苦痛はない。


 ――両親は、私を愛してくれるから。


 

 ――   *   *   *   *   ――



 朝、ふと目が覚めた。


 「ここは……」


 あたりを見回す。

 面白みのない質素な部屋。ほのかに香る消毒液の匂いがそこがどこかを教えてくれた。


 「病院……か……?」


 俺は布団をどかして、上体を起こした。

 そのまま病室を歩いてみると、ここにいるのは自分だけではないということが分かった。

 マラドーナ、ミシェル、凜太郎の三人がそれぞれベッドの上で眠りについている。


 俺はそれだけ理解すると、ふわふわと浮ついてはっきりとしない頭を覚醒させるべく、病院の外へと歩き出した。


 病院の外は寒い。

 おかげでだいぶ目が覚めてきた。


 (……マラドーナたちが無事なのは良かった……けど、どうして俺たちはここにいるんだ?)


 目が覚めて最初の疑問はそれだった。俺はノアにとどめを刺してからの記憶がない。気絶でもしたのだろう。だから、普通に考えればマラドーナ達がこの病院まで運んでくれたのだろうが、あの屍共のはびこる街からどうやって逃げたのか。


 ……そもそも、ここはどこの病院なのだろう? 

 俺の住んでいた街はノアによって滅ぼされたも同然の状態のはずだから、隣街かなにかだとは思うが……。


 なにより、


 「アリスはどこだ?」


 助けられたのかどうか、それすらわからない。仮に助けられたとして、アリスはどこにいる。さっきまで俺が寝ていた病室にはいなかった。


 自分たちの今の状況が(わか)らず、頭を悩ませること約二分。答えは朗々(ろうろう)とした足取りでやってきた。

 

 「おはよう、晴明」


 そう言って、現れたのは長い金色の髪と翡翠色の瞳を持った美しい女性。

 

 「………アリス!」


 俺はそれに一瞬だけ目を奪われて――


 「―――じゃないな……誰だお前!」


 偽物だとすぐに看破した。


 「――! ふふっ」


 偽物は見破られたことに対して動揺するわけでもなく、笑った。そのことがたまらなくうれしいとでも言うように。


 「いや~さすが! 君に選んで良かったよ少年。一目で見破ってくれるとわ!」


 言い終わると、偽のアリスの姿はまるで氷のように崩れ消えた。そして、そこからとある男が顔を出す。


 「『詐欺師』……!」


 現代日本ではあまり見かけることのないトンチキな格好をした不審者全開野郎。

 俺は顔を歪めて彼の呼び名を吐いた。


 「懐かしいね、その呼ばれ方。どうだい少年? 再会を祝して世間話に花でも咲かせようか?」


 「……必要ない。てか、以前……マラドーナたちとの戦いの前に一度会ってるだろ!」

  

 「そうだけど、あの時は会話なんてできなかったじゃないか……」


 相変わらず、軽い調子で話してくる詐欺師に思うところはいろいろあるが、今はとりあえず一番聞きたいことを投げた。


 「なぁ『詐欺師』。さっきのはどういうつもりだ?」


 「どう、とは?」


 「なんでアリスの姿をして現れた! お前、アリスが今どこにいるのか知ってるのか?」

 

 俺の問いに『詐欺師』は軽薄に答える。


 「そうだね。確かに私はアリス・エインズワースの居場所を知っている。――彼女の姿をして現れたのは君を驚かせようとしただけさ。本当にそれだけ」


 「…………、アリスはどこだ?」


 「教えない、今はまだ……。少し話をしよう。――少年」


 

 ――   *   *   *   *   ――


 

 場所を移動して、建物から少し離れた場所にある喫煙所にやってきた。

 『詐欺師』が手のひらを上に向けると、そこから魔力の粒子が宙を舞い、俺たちの周囲を取り囲む。


 「人避けの結界……」


 「お! 分かるみたいだね。正解」


 やはり軽い調子を崩さない『詐欺師』に俺は少しばかりムッとしたが、今更そこに突っ込んでも意味はないので、無視することにした。


 「それより、話ってなんだよ。わざわざ結界まで張りやがって」

 

 「う~ん。どこから話そうか……いやなに、離すことが多くてまだ纏まっていないんだよね」


 「できるだけ早めにすましてくれ。でないとお前をぶん殴ることになるぞ―――サンジェルマン」


 一瞬、空気が張りつめたような気がした。


 「気づいてたのか」


 「もしかしたら、程度のものだったけどな。けど、そんな反応するってことは……」


 予想は当たってたのか、そう呟いた。

 サンジェルマンは驚いた後、極めて胡散臭い笑みを浮かべながら名乗り上げる。


 「その通り。私の名前はサンジェルマンだ。今更そこを隠す気はない……が、言い当てられたのは気分が良くないな。私の最近のマイブームは自認道化でね、そういう種明かしは自分からやりたかった……」


 サンジェルマンは本当に残念そうに肩を落とす。


 意味が分からないし何か悪いことをした気分になった。なんで俺の方が罪悪感を感じなきゃならん。どう考えても、もったいぶってなかなか話そうとしないお前が悪いのに……。

 自認道化は今すぐ卒業して、もっとましなマイブームが来てほしいものである。


 「ま……そのことはどうでもいいか。とりあえず君たちの現状について話してあげよう。君はいまここが隣街かなんかだと思っているかもしれないが、それは間違いだ。ここは尾沢市――君が住んでいた街であり、ノアと戦った街だ」


 「なに!? それはおかしいぞ。街はノアの結界に覆われたせいで住んでいた人は全員吸血鬼ないしはグール化したんじゃないのか?」


 あれはノアのついた嘘だったのか? とサンジェルマンに尋ねると、サンジェルマンは首を横に振った。


 「いいや。ノアは別に嘘をついたわけじゃない。彼の『魅惑領域』の能力は実際その通りだし、彼自身、街中の人間は吸血鬼化したと思っていただろうね」


 「じゃあなんで……」


 「私が結界に細工をしたからさ。ノアにも気づかれないようにこっそりとね」


 驚きの告白に思わず大声を出してしまった。

 俺は慌てて口を閉じて、周囲を見回した。周囲の人たちはだれもこちらを気にしていない。人避けの結界のおかげで誰にも気づかれずに済んだ。


 「時間はかかったけど結界が完成した日の夜――君たちが記憶を取り戻す前日に細工が完了してね……ただ、それ以前に吸血鬼化されたものはどうにもならなかったけど……」


 ……それ以前に吸血鬼化した者……それはおそらく和人のことだ。いや、和人だけではない。アイツ以外にも、吸血鬼化してしまったものは大勢いるはずだ。


 俺は和人を殺した瞬間のことを思い出して、少しの間、意気消沈してしまったが気を取り直そう。


 「でも、そんなことしたってことはお前は俺たちに協力してくれたってことか……。ありがとな」


 「なんだい? いきなり」


 「いや……協力してくれたんだろ。なら感謝くらいはしないと……て…思ったんだが……」


 そう言う自分の声が、だんだん小さくなっていくのが分かった。

 サンジェルマンはこちらを見つめて(あや)しげな笑みを浮かべている。そのことに俺はとても嫌な予感がして、もう一度同じ質問をした。


 「サンジェルマン……アリスはどこだ……」


 彼は俺の質問に答えない。

 ただ俺から視線を逸らして、どことも知れない虚空を見つめている。


 「少年。君は『裂け目』を知っているか?」


 意味の分からない質問が飛んできた。俺はそれに答えられず、ただ困惑した。

 しかし、(はな)から答える必要はなかった。この質問は答えを期待して発せられたものではないからだ。


 「『裂け目』とは、この世界と異世界を繋ぐ……いわば通り道のようなものでね。それは魔力を用いることで開く、あるいは広げることができる――」


 サンジェルマンからは先程までとは異なる雰囲気を感じられた。

 口調はたいして変わっていないのに、こちらを縛り付けるような重圧を感じられた。ともすると、これは、何千年も生きたモノが放つ威厳のようなものかもしれない。


 放たれる一言一句を聞かなけねばいけないと思わされる。

 魔術を使って思考を誘導されているわけではなく、偉い地位にいる人間が持つ言葉の強さとでも言えばいいだろうか。


 耳を貫通して脳に直接叩き込まれているような錯覚を覚えた。


 「だが……魔力を流すだけではダメなんだ。世界を繋げるには魔力を通す”媒介”が必要になる。例えば音楽とか。旋律に魔力を乗せて世界に響かせることでこちらの世界と異世界を繋げることができる……」


 その話を聞いて俺はアリスと二人で出かけた時に彼女がピアノを弾いたことを思い出した。

 もしかしたら彼女は、サンジェルマンの言うように音楽を媒介にこの世界へやってきたのかもしれない。


 「――まあ、私の場合は……一音あれば十分だがね」


 パンッ―――――。

 と、高らかな音が響いた。


 俺は身を固めて周囲を警戒した。

 少しの沈黙と静寂。

 周りはこれといった変化がなく、気のせいだったかと気を抜きかけた瞬間、


 ――――落ちた。


 「はッ――――!!?」


 先程まで俺が立っていた地面は見事に崩れ去って、真っ暗な空間が顔を出している。

 俺はそこに吸い込まれるように落ちていったのだ。


 空はどんどん遠くなっていき、『裂け目』の向こうからサンジェルマンが顔を出す。


 「案内人は先に向こう側に送ってる。どうかくれぐれも死なない様に気を付けながらたどり着いてくれたまえ!」


 こちらの事情などお構いなしのマイペースな言葉――


 「――そして願わくば………彼女を救ってあげてほしい」


 「?」


 その言葉を最後に、『裂け目』はゆっくりと閉じていった。


 告げられた言葉の意味が分からず、救ってほしいとはどういうことかと今すぐサンジェルマンを問い詰めたい気分になったが、今の俺に憤っている暇はない。


 俺は掴めもしない空気を掴もうと、ばたばたと手足を動かしていた。

 周囲は真っ暗で、落ちてるのか浮いてるのか、それすら曖昧だ。


 暗転したのち、反転。

 そして俺は空へ投げ飛ばされた。


 「うわっ……ぁぁああああああああああ!?」


 間抜けな声はご愛敬。

 なにせこんな状況だ。


 俺は隕石さながらの勢いで、眼下に広がる湖へと落ちていった。



 ――   *   *   *   *   ――



 「ッ……ッぶは……はぁ…ッ……」


 俺は湖から慌てて顔を出した。全身を水に濡らしながら地上へ上がる。


 「くそっ……アイツ……!」


 顔の水をはらいながらサンジェルマンへの憎まれ口を吐く。

 吐くだけ吐いて、しばらくすると少し冷静になれたので軽く周囲を見回した。


 巨大な湖。

 草木の生えていない荒れた大地。

 少し遠くのところに小さな建物らしきものが見えた。


 (何だここ……日本じゃないのか!?)


 困惑は止むことがなく、ずっと胸の内で暴れている。


 正直状況が何もわからないが、このままずっとここにいても仕方がない。とりあえず建物があるところまで行ってみよう。


 そう思い、足を踏み出した瞬間。

 背中にあった湖の水面が大きく爆ぜた。


 「なんだ!?」


 爆発によって出来上がった水柱は、どんどん高くなっていく。そしてその奥から眼光がこちらを睨みつけてきた。

 

 水柱から生物らしき巨大な何かが顔を出す。

 ソイツはとても巨大だった。

 鋭い眼光に、見るからに丈夫そうな鱗を纏っていた。

 

 「―――――」


 恐竜……あるういはドラゴンなんかを想起させるその見た目に絶句する。


 (……嘘だろ………)


 これが紀元前とかそのぐらいなら納得できる。しかし、現代の地球上に……人間の生活圏にこんなバケモノが居ていいはずがない。


 だとすると、ここは――――


 「!!」


 俺は水竜の放つ水の砲撃を間一髪で避けながら戦慄した。

 水竜はまるで歓迎するように大あごを開けている。

 


 ”異常な世界へようこそ”―――と。



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