決着(後)
何かが俺の意識の中に入り込んできた。
それは”手”だったと思う。魔力によって構成された大きな”手”。
それは俺を通り過ぎて、さらに奥にある真っ黒な竜――ニーズヘッグに触れた。
するとニーズヘッグはみるみる自我を失って――否、自我が消滅していった。
『貴様……よくも……』
『君はニーズヘッグの残滓に過ぎない。それがたまたま自我を持っていただけ。力は力らしく黙って主のものとなれ』
ニーズヘッグが怨嗟の声を放ち、”手”はそれを上から押さえつける。
俺ではよく理解できない会話はすぐに終わりを告げ、ニーズヘッグは物言わぬ魔力の塊と化した。そして――
『――さあ少年、これで邪魔は消えた。思う存分この魔力を振るうがいい』
”手”は”人”の形となって、そう言い放った。
―― * * * * ――
「晴明……」
誰かが俺の名前を呟いた――マラドーナだ。彼は後ろで尻もちをつきながら、呆然としている。
「マラドーナ。大丈夫だったか?」
「あ、ああ……大丈夫だよ。君が血の斬撃を弾いてくれたおかげで何ともない。――君こそ大丈夫かい? 傷は癒えているようだけど……」
マラドーナは困惑した様子で、歯切れ悪く答える。
……まあ、そうだよな。瀕死だったやつがいきなりこんな姿で現れたら困惑の一つや二つして当然だ。
なんせ、和人に吹き飛ばされて失ったはずの左腕が、黒い魔力を纏って生えてきたのだから。
「色々聞きたいだろうけど悪い、俺もどうしてこうなったかはよく分からないんだ。ただ、今からアイツの相手は俺がする」
「……了解……助かるよ。もう魔力も体力もすっからかんだったから……って……あれ?」
「どうかしたか?」
「いや、さっきまでアリスが……いや、何でもない。いなくなったなら今はいい」
「? ――そうか」
俺は再び前の方へ向き直す。目の前にはノア・ベルナールが幽鬼のようにたたずんでいた。
「――――」
死にかけている間に何かあったのか、ノアは今までとは比べ物にならない殺気を放っている。
「退くがいい。私は今、貴様にかかずらっている暇はない」
はっきりと怒気を含んだ声。ノアから発せられるそれらはすさまじい圧となってこの身に襲いかかってくる。
俺は思わず息をのんだ。
コイツとはくぐってきた修羅場が違う。生きた年数が違う。生物としての格が違う。これに盾突こうとする人間はまともではない。
――しかし、そんなもの知ったことか。
まともじゃない?
百も承知だ。
これで逃げ出すくらいなら、はなから戦いなど挑んでいない。
おれは拳を前に構えた。
「………いいだろう。ならば、打ち砕いてくれる」
一触即発。次の瞬間には互いにぶつかり合うのが見える。ただその前に、
「ありがとなマラドーナ。俺が死にかけてる間、ずっと守ってくれて」
「―――!」
伝えるべき感謝を口にして、ノアへ立ち向かった。
初撃は血の刃と黒腕の衝突となった。それによって生まれた衝撃波は、地面を砕き、空気を揺らす。
「!」
足元、『血の池』から刃が放たれた。俺はそれを回避して、軽くのけ反りながら後ろへとぶ。
(あぶねえ……けど、同じ手くわないぞ!)
それに、力は互角だ。
ならばこのまま何度だって斬りかかる。あの”手”のおかげか、今までの人生で今が一番体の調子がいい気がする。
「………」
「?」
そして再び殴りかかろうと拳を構えたところ、なにやらノアの様子がおかしいことに気づいた。動きを止め、血の剣を握っている手を眺めだしたと思ったら、突然剣を手放し、握っては開いての行為を繰り返している。
「………」
ノアはまだ動こうとしない。
ずっと腕を眺めていて隙だらけだ。
(何かの罠……様子を見るか? いや、それとも斬りかかるべきか?)
この前、うかつに攻撃して斬られたこともあり、どうするべきか困惑してしまった。すると――-
「フッ……フハッ……ハハハハハハハハハハハハハハハ」
――ノアは突然、笑い出した。
「いいぞ、貴様! 人と戦って腕がヒリついたのは200年ぶりだ。――貴様はゴミではない。道端に転がる塵芥とは、もう思わぬ!」
ここにいるのは今までの、どこか空虚な吸血鬼ではない。
獲物を見つけた狩人のごとき哄笑。
「貴様は敵だ! 私が倒すべき強者であり、破壊すべき障害だ! あの方を追いかけたかったが、今はいい、なにせ吸血鬼には時間がある。それに比べて人間らは今この瞬間しかない。――故に、戦うぞ人間。互いの命と全霊をかけて!」
ノアから発せられる圧はすさまじい勢いで膨張し、街全体に広がった。
「『血の池』は消そうか。これは雑魚用、戦いには使わない。さて――」
目を離せば死ぬ。
直感的にそう思った。
目を離すな、絶対に離すな、離すな、離すな、離すな、離すな―――!
全神経を眼球に集中させ、ノアを見る。
――しかし、瞬きの刹那、視界の奥でノアがブレた
「―――ッ、ッッ!」
腕を顔の前まで持ち上げて、ノアの攻撃をガードする。斬られるのは避けられたが、衝撃までは殺し切れず、地面を削りながら後方へ吹き飛ばされた。
次に頭上。
ノアは吹き飛ぶ俺に跳躍で追いつくと、頭部めがけて血の槍を叩きつける。
「ほう……」
ノアは関心の声を漏らす。
彼が振り下ろした刺突……以前のおれなら確実に死んでいるであろうその攻撃を、歯で受け止めた。ガリガリと不快な音を立てたのち、それを噛み砕く。
「ハハッ、イイぞ!」
ノアは高笑いを上げながら、今度は続けざまに俺の腹部へ強烈な蹴りを見舞った。
俺は吐しゃ物をまき散らすのを堪えながら、さらに遠くへ吹き飛ばされた。家を4軒ほどぶち抜いたのち、建築中のコンクリートハウスに激突してようやく止まった。
「がっ……は、はあ……ゲホッ……!」
規格外。
強さの次元が違う。
圧倒的”個”。
対人性能の差をこれでもかと味合わされる。
敗北の2文字がでかでかと脳を占拠した。
「――――」
そしてそれを思いっきり否定する。
(落ち着け。格の違いはわかりきってたことだろう。今更そこにビビるな! 相手は300年以上生きた怪物だぞ!)
武力で敵わないなら、魔術を使えばいい。
それでも敵わないなら2つを組み合わせて戦えばいい。
「…………、よし!」
気を取りなおしてノアを向かえうつ。
血の斬撃が飛んできて、畳みかけるようにノアが直接攻撃を仕掛けてきた。
俺はそれを横に大きくずれることで回避し、その勢いのまま、崩れずに残っている建物も利用してノアの周囲を縦横無尽に飛び回る。
「………」
今の俺の動きは以前と比べて明らかに速度が上がっていた。もともと高かった身体能力に強化魔術を合わせることでそれを可能にしたのだ。
だが、
すれ違いざま、ガキンッ、と再び血刃と黒腕が衝突する。
「いくら速度を上げたところで『亡骸の王』を翻弄するなど不可能だぞ!」
(――わかってるよ。そんな事は)
そうだ分かっている。だから、これはただの時間稼ぎ。
腕に魔力を籠めた。
しかしそれはいままでの単なる強化魔術とは違う。
ただの強化などでノアの肉体は貫けない。故に――
―――重ねる。
ただの強化ではなく、強化した拳に炎を纏わせた。
複数の魔術の重ね掛け。当然、肉体にかかる負荷は尋常ではない。
しかし、だからこそ実行する価値がある。
「っああああァァァ………!」
飛び回ることで生れた速度を殺すことなく、俺はその拳をノアの背中に向けて叩きつけた。
「ぐっっ……がぁ……」
苦悶の声がノアから上がる。
勢いよく打たれら背中からは、バキバキと骨の砕ける音が聞こえた。
「――――」
拳にまとわせた炎はいよいよ臨界点を迎えて、周囲のモノを巻き込みながら大きく爆ぜた。
―― * * * * ――
ノアがロケットもかくやという勢いで民家をぶち抜いていく。
その瞬間はマラドーナも目撃していた。
「………!」
マラドーナは目の前の光景にただただ驚愕した。
ノアが吹き飛ばされたことに……ではない。たしかにそれにも驚きだが、現在、マラドーナのその驚愕は晴明の魔術の使い方に向けられていた。
「……なんて無茶な使い方を………!」
本来、強化のような無属性な魔術はともかく、炎や水といった属性のある魔術は肉体の外――発動させたい場所に魔術陣を展開し、そこに魔力を通すことで発動させる。
それを行う理由はシンプルに魔術使用者の身が危ないからだ。うっかり自分が出した炎に触れてしまえばその個所は焼ける。焼けると言うことは使用者にも害があるということ。
あまつさえ自身の体に魔術を張り巡らせるなど、正気の沙汰ではない。普通は激痛で戦いになんてならないし、張り巡らせた個所がグチャグチャになって戦闘続行が不可能になる。
「頭おかしいんじゃないか、彼?」
マラドーナは思わずそう呟いた。
(――けど代償に見合った威力は出た。ただでさえ、獣染みた晴明くんのフィジカルに強化魔術、そしてあの大火力が加わったんだ。ノアもただで済むはずがない)
マラドーナの視界の奥、吹き飛ばされたことにより生じた土煙が晴明の前方に広がっている。その奥からノアが姿を現した。
「……まだ、元気そうだな」
「いや、そうでもない。再生にかなりの体力を持っていかれた。なにせ、背骨のみならず、衝撃であばらと内臓もいくつか潰されたのでな……。おまけに火傷だ、魔力も残り少ない」
たしかに。ノアは現在、肩を大きく揺らしながら呼吸をし、額からが多量の汗を流していた。しかも、ところどころ再生できずに焼け崩れたままの個所がある。
ヤツに今までの余裕はどこにもない。
お互い、満身創痍だ。
「……楽しい………ここまで追いつめられたのはいつ以来か……。貴様はどうだ? この状況……楽しめているか?」
「………」
晴明は無言で拳を構えた。
ノアも獰猛な笑みを浮かべ、剣を構えた。
血と泥にまみれた両者は互いの姿を見据えたまま、一歩二歩と近づいていく。
純粋な剣技と獣のごとき暴力の殺し合い。
晴明の縦に開いた瞳孔からは、ノアをここで殺すという意思がありありと浮かんでいる。
彼らの戦意と殺意はとどまることを知らず、戦いは最後の局面へと移行した。
―― * * * * ――
俺は魔術を併用しながらノアの斬撃をひたすら凌いだ。
――だが長くはもたない。
ノアは吸血鬼だ。再生能力がある以上、凌いでるだけではいずれこっちがやられる。
狙うなら一撃。
――隙を見つけて心臓を潰さないといけない。
「……………」
「どうした、防ぐだけでは私は倒せないぞ!」
集中しろ。周りにはなにもないと、そう思えるほどに。
肉体は好調。――血管の流れ、筋繊維の動きまで把握できている。
精神も好調。――おかげで……はっきりとイメージできる。
イメージが完了したなら、あとは魔力を流すだけ。
「――――!!」
瞬間、左腕が変容する。
腕の形は崩れ、竜の頭部が出現した。
それはまるで晴明の殺意を投影したかのように、凶悪な魔力を纏っている。
「……ッ………ッ!」
魔力が収束し、竜の咆哮が解き放たれた。
「死ね!」
狙うは全体。
――それに加減も慈悲もあるはずがなく、大きな痕を残しながら、ノアの肉体を包み隠した。
補足:晴明の腕がドラゴンの頭のようになった理由。
前提として魔術の発動にはイメージが大事で、イメージがしっかりしているほど威力と精度が上がります。
ノアにとどめを刺す際、晴明はニーズヘッグのブレスを魔術で再現しようとしました。そして、晴明はニーズヘッグ(ドラゴン)が炎を吐き出す姿を強くイメージしたため、魔力がそのイメージに引っ張られて腕がドラゴンの頭のように変化しました。
あくまでドラゴンの形をしているだけ、そこにニーズヘッグの自我は無い。




