決着(前)
――戦場に一人の女性が舞い降りた。
金の髪をなびかせたその女性は『星』の魔術師。異世界からやってきた『来訪者』である。
「アリス・エインズワース……」
マラドーナは驚きのあまり彼女の名を呟いた。それは仕方のないことだろう、この戦いはノアに捕まっているであろうアリスを救出するためにしかけた戦いなのだ。その救出対象が逆に助けに来たら、誰だって驚く。
「無事みたいだね。三人とも」
彼女はマラドーナとその後ろで倒れている晴明、それから少し離れたところで戦っている凜太郎の方に視線を向けながらそう言った。そして、次に視線はノアへと向かい、彼の前に立ちふさがる。
マラドーナはそんな彼女に違和感を覚えた。
(彼女……こんな雰囲気だったっけ?)
雰囲気だけではない、ついさっき――マラドーナとミシェルが教会から脱出する際に彼女は殿となって二人を逃がした。激戦になったはずだ……にもかかわらず、彼女の体には汚れ一つ見当たらない。
まあ、その辺は回復魔術を使ったからで説明は付くのだが、にしたって汚れ一つないのはどうなのだろう。
なにより、血を流して倒れている晴明を見て心配するそぶりがないのはおかしい。
そのことを指摘するためマラドーナは口を開こうとするが、「あ……」というアリスの間抜けな声に邪魔された。
「危ない危ない。忘れるとこだった!」
彼女は振り返って晴明のもとまで行くと、魔術で何やらやっている。
「何をしているんだい、『来訪者』?」
「治療」
いけしゃあしゃあとのたまうアリス。確かに傷は治ってきている。そこで、アリスが現れてからずっと黙っていたノアが口を開いた。
「何故……あなた様がここにいる……!」
(――あなた様?)
「何故そのような姿で私の前に立ちふさがる!!」
目上の者を指すような呼び方にマラドーナの違和感はますます大きくなった。しかしその違和感を晴らす暇はない。アリスはノアの問いに答えず、それにしびれを切らしたノアが襲いかかってきた。
今までの攻撃とは比べ物にならない威力の攻撃がアリスに浴びせられた。それの破壊規模はすさまじく、近くにいたマラドーナたちも巻き込まれてしまう。
マラドーナは身を守るように腕で顔を覆いながらそれを回避し、アリスは防護魔術を展開して凌ぐ。
「さて、私はとりあえず彼を何とかするよ」
晴明の治療が終わると、きわめて軽い調子でそれを言い残して、アリスは戦場へ躍り出た。
そして始まったノアとアリスの戦い。マラドーナの瞳に映ったその光景は圧巻の一言だろう。ノアが放った斬撃を魔術で防ぎ受け流し、そうしてに生じた隙を突く。
戦法自体はマラドーナと晴明がやっていたものとさして変わらない。ただ――ノアの斬撃が、アリスの魔術が――二人とは隔絶している。
先程までの自分たちの戦いが児戯に思えるほど、いま目の前に広がる空間は隔たっていた。
(ノアは全然本気を出しいていなかったんだ……)
――そう感じると同時にアリスに対する違和感を検討する余裕もできた。
先程は晴明を心配しないことに対する違和感がでかすぎて見逃しそうになったが、今の彼女は喋り方もおかしい気がする。そんなに多く会話をしたわけではないが、以前の彼女はあんな風に人をなめたような喋り方ではなかったはずだ。
直前のノアの動揺もそうだ。うまく言えないが、あれは捕まえていた捕虜が脱走していたことからきたものというとりは、予想外の人物――それこそ自分より上の者が現れて動揺しているような―――。
そこまで思考を巡らせていたマラドーナだったが、前方で起きた爆発により意識は強制的に現実へ引き戻された。ここは戦場、自分が直接戦っていないとはいえ、油断すれば死はすぐに顔を出す。
実際、たった今マラドーナの真横を流れ弾……いや、流れ斬撃が通り過ぎた。
「ぬぁああああああああああああァァァ……!!」
ノアは全方位に血の斬撃を飛ばしている。ただ斬りかかるだけではらちが明かないと感じたためだ。マラドーナたちと戦っていた時とは比べ物にならない規模の血の斬撃。
それは地面をえぐり、マラドーナの張っていた結界を壊し、周囲の建物をまるでバターのように斬り刻んだ。
そして当然、それらはマラドーナ本人にも襲い掛かる。飛んできた斬撃のうち二つは回避できた。だが最後――三つ目の斬撃は不可能だ。もとより重症だった体では、最後の大斬撃を弾くなどとうてい不可能、二つ回避できただけでも称賛に値する。
「くッ――――!」
体感時間は極限に圧縮され、自身の命が終わる瞬間をマラドーナはじっくりと感じ取った。その最中、マラドーナはなにを見たのだろう。ただいっぱいに視界を埋め尽くす赤色か、それとも過去の情景たる走馬灯か。
どちらでも構わない。
どちらでも意味はない。
なぜならここで死ぬのだから。
あまりにあっけない。
死は大きく口を開けてマラドーナを飲み込もうとする。その非情な現実を――――真っ黒な何かが打ち砕いた。
「な……に……?」
何が起こったのか理解できず、マラドーナは思わず自分の体を確かめた。
どこも斬れていない。
ちゃんと繋がっている。
なら周りはの風景は?
ここは花畑広がる天国か……それともマグマの吹き荒れる地獄か……。
マラドーナは訳の分からないまま周囲を見る。建物や地面が切り刻まれたその光景が、まだ死んでないぞと教えてくれた。
――ならば……先程自分をかばったあの黒い何かは?
答えは目の前にあった。
そこにいたのは一人の少年――失ったはずの左腕をはやした姿の、夏村晴明が立っていた。




