理由
――晴明が魔術を発動したと同時、晴明の足元から血の刃が飛び出て、彼を斬り裂いた。
「なに……!」
マラドーナは反射的に視線を下へ向ける。自分たちの足元は『血の池』によって満たされていた。
「――二手遅い。その魔術は初手で打つべきだった。加えて言うと、貴様らは私の話に耳を傾けすぎたな。斬られるまで、私が話しながら『血の池』を展開していることに気づかなかった」
言いながら、ノアは倒れ伏す晴明のもとへ近づいてきた。晴明はギリギリ意識を保っているようだが動くことはできそうにない。
ノアは血の刃を晴明の顔面に突き立てる。それが皮膚を貫き、脳にまで到達した。血と一緒にこぼれ出た脳液がゆっくりとした速度で、色の抜けつつある頬を伝って『血の池』に混ざっていく。晴明は頭を貫かれる感触を味わいながら苦しみの果てにその命を落とした――――――――――――――――――――――――――などということは許さない。
マラドーナが疾風のごとき速さでノアの刃を弾き、晴明の体を抱えて大きく後退する。
「何の真似だ……?」
「何のって、友達を助けただけさ」
「理解できんな。見逃せばもう少し長生きできたものを……」
ノアは心底不思議そうに尋ねる。
――ああ。理解できないだろうな、君たち吸血鬼には。
「晴明……君はその程度で死なないだろ。僕が時間を稼ぐから、その間に回復してくれ」
マラドーナは半死状態の晴明にそう語りかけると、一歩踏み出してノアとにらみ合う。
―― * * * * ――
――視点は変わり、凜太郎とシスター沙也加。
槍と刀が衝突し、甲高い音とともに火花が飛び散った。凜太郎とシスター沙也加、この二人の戦いは凜太郎の方がやや優勢となっている。
「厄介な……」
シスターは憎々し気に呟いた。
凜太郎が持つ武器――『魔剣バハツ』は強力だ。接近戦では刀身にまとわせた炎で熱され、距離を取るとその炎が斬撃となって飛んでくる。まったくもって戦いづらい。軽く触れる程度ならともかく、包まれてしまえばゆっくりと全身を焼かれることだろう。
一方凜太郎もシスターのことを厄介だと思っている。炎の斬撃をとばしても吸血鬼の身体能力で避けられてしまうから。マラドーナの方も心配だ、相手は『亡骸の王』。ただで済むはずがない。
「…………、これ以上時間をかけたくない。全力でいかせてもらいます」
逡巡したのち、凜太郎は疾走した。地を蹴り、すさまじい速度でシスターのもとまで近づく。距離にしておよそ足二歩分というところまで接近すると、魔剣をシスターに向けて突き刺そうとする。シスターは多少焦りながらも、それを手で思いっきり握りこむことで止めることに成功した。
「心臓は吸血鬼の弱点……それを警戒しないはずないでしょう!」
攻撃の要である魔剣を封じられて、凜太郎のピンチかに思える状況だが、彼は軽く笑みをこぼすと、刀を強く握りこみ、刀身から炎を発生させる。
シスターの体は、腕から全身にかけてを炎で焼かれ、絶叫を上げた。魔剣の火力はすさまじく、炎はシスターの腕から全身へと一気に駆け巡る。このまま焼き続ければ、彼女を焦げた黒い塊に変えることができるはずだ。が―――
「―――!?」
凜太郎の脇腹を何かが強く殴りつけた。凜太郎は驚きながらも後退して、シスターの様子を伺う。
(あれは……)
凜太郎は目の前に映る光景に絶句した。
自分の脇腹を殴ったのはシスターの手だ。
それは間違いない。
――しかし、それはあまりに異常だった。
シスターの背中から数多くの腕が生えていた。
それは密集していて正確な数はわからない。短かったり長かったり、一本の腕に関節が複数あったり。
それは、バラバラではあるが蛇のようにうごめきながら、すべてが凜太郎に狙いを定めている。
「――――死ね」
無機質な声で告げられる死刑宣告。それと同時に腕たちはいっせいに動いた。
凜太郎は背中を向けながら全力で腕から逃げる。
ある程度距離が取れたら魔剣で炎の斬撃を見舞った。
しかし効果はない。腕たちは勢いを失うことなく、凜太郎を捕えようと迫りくる。
「くそっ!」
と、凜太郎は舌打ちをした。
腕たちは逃げ場を塞いで、徐々に追い詰めていく。そして複数の腕が一つの束となり、凜太郎を強く殴りつけた。
「………ッ!」
凜太郎は血を吐きながらボールのように転がっていく。
無様に倒れ伏して、何度もせき込んだ。
(攻撃をくらった個所はもとより、全身が痛い。口の中……血の味がして不快だ……!)
心の中で愚痴った後、刀を地面に突き刺し、立ち上がった。
「……なぜ……戦うのですか?」
すると、シスターが突然口を開いてそんなことを尋ねてきた。
「夏村晴明はともかく、あなた方がそこまで必死になる理由が見当たらない」
たしかに、彼女からしてみれば疑問だろう。凜太郎たちはついこの前、晴明たちと戦っていた。それがいきなり協力関係なったのだから。しかし、マラドーナはどうかわからないが、凜太郎には彼らに協力したいと思う理由がある。
「彼らは恩人だ」
それだけ口にした。シスターは何やら不思議そうな顔をしているが、これ以上話す気はない。そも、凜太郎が協力する理由は本当にこれだけなのだから。
―― * * * * ――
かつて、凜太郎は機関の研究員だった。機関は実験体にするためだけでなく、優秀な研究員を作るためにも子供を誘拐していた。若いうちからいろいろな教育をほどこし、自分たちの都合のいい駒にするためだろう。私もそのうちの一人だった。
機関で洗脳まがいの教育を受けた後、私はとある施設で研究の手伝いをさせられた。内容は簡単。サンジェルマン伯爵のクローン――その少年に対して行った実験の記録をすること。
実験の内容はとても非道なもので、少年が泣き叫んでいるところを見たことが何度もある。
――罪悪感はあった。
しかし助けなかった。
――可哀そうだとも思った。
そんな余裕、わたしにもなかったから。
心の中で謝りながら、実験の記録をする日々。そんなある日、事件が起こった。少年が隙を突いて研究員を殺したのだ。まさか反撃されると考えていなかった研究員は一人、また一人と次々殺されていき、最後に私の番。
この時、恐怖はあったと思う。だがそれ以上にやっと終わるのかという感慨の方が大きかった。
彼が拳を振り下ろせば、あっさりと死ぬことができる。これで今まで彼の悲鳴を無視してきた償いになると思った。しかし、そんな私の感情に気が付いたのか、彼は拳は振り下ろさなかった。
なぜ殺さないのか訊けば、彼はこう言う。
「罰を欲しがってるように見えた。だから殺さない。そんな簡単に楽になんてしてやらない」
憎悪のこもった声が壊れた研究所に響き渡る。
「お前はこれから、僕に協力しろ! 罪悪感を抱えたまま僕を護衛として守り続けて、僕の復讐の手伝いをするんだ!」
そう命じられて私は彼の――マラドーナの護衛となった。護衛になってすぐ、彼の復讐は自殺であることが分かった。わかった後も、心の奥底で死んでほしくないと思いながら、そなことを口に出す勇気が持てず、言われた通りに復讐を手伝う日々。
そうしてしばらくの時が経ったころ、それは来た。マラドーナは復讐のためアリス・エインズワースに挑み、敗れた。彼女の力なら殺すこともできただろう。理不尽な理由で彼女殺そうとしたのだ、逆に殺されても文句は言えない、それでもマラドーナを生かしてくれた。
だから戦う。たとえこの身が削れようと――――。
―― * * * * ――
魔剣を強く握りこんで刀身に炎を纏わせた。
そうして凜太郎が次にとる行動は、突進。無数の腕を相手に気が狂ったのかと思われる選択だが、もちろん気が狂ったわけではない。
(これ以上時間をかけるのは体力的によくない。一か八かだが……まだ余力が残っているうちに一気に―――斬る!!)
シスターは一瞬、驚きの表情を見せた後、すぐに気を引き締め無数の腕による攻撃を仕掛けた。その一つ一つが地面を砕くほどの威力がある。魔剣を持っているだけで、肉体面は普通の人間と変わらない凜太郎がこれ以上くらえば死にかねない威力。
故に、全て斬り落とす。
正面、右斜め、右斜め後方、左斜め、上。四方八方から迫りくる腕。そのことごとくを斬って捨てた。
「ッ………!!」
シスターは次の攻撃を繰り出した。しかし、凜太郎はそれすら斬る。
気が付けば、凜太郎はシスターの目の前まで迫っていた。驚愕を隠せないまま、シスターは槍と残っている腕を自身の正面に展開し、盾とする。
この時、凜太郎は無我の境地のようなものにたどり着いていたと思う。
もはや、敵以外は見えていない。
激痛で悲鳴を上げる体など、知ったことではない。
凜太郎が振るった魔剣は、展開された盾ごと、シスターの心臓を斬り裂いた。
―― * * * * ――
――視点は再びノアとマラドーナへ
多量の血液が地面にこぼれ落ちた。血を流しているのはマラドーナだ。彼は晴明を庇いながらノアと一対一で戦っている。
「いい加減諦めたらどうだ? 逃げるのなら見逃してやる」
ノアの提案を受け、マラドーナは右腕を差し出すと、その手の平から魔力弾を打ち出した。
「それが答えか……いいだろう……」
ノアはそれをやすやすと弾くと、マラドーナの行動に敬意を表すように、血の剣を構えた。今度こそ殺すつもりだ。マラドーナは死を覚悟した。
ノアは二人まとめて殺そうと急接近する。そして、急接近したノアの肉体を光が打ち抜いた。
「―――――ッ!」
「なに……!?」
ノアは苦悶の声を漏らし、マラドーナは間抜けな声を発する。
訳の分からないまま、マラドーナは光が飛んできた方向へ視線を向ける。
そこには、囚われているはずの少女――アリス・エインズワースの姿があった。




