”牙”
普通、炎に全身を包まれたら人間は死ぬだろう。
それは至極当たり前のことで、運よく生き延びても、とてつもない火傷や後遺症が残る。しかし――
「っ――!」
眼前に腕を構えながら背後へ避難し、炎の中から飛び出る。腕が少し焼けたが問題ない、この程度の炎なら魔力があれば防ぐことができる。
「アイツは……」
炎が燃え広がる教会を見回して、凜太郎の姿を探した。どうやら彼はギリギリで炎を躱したらしい。俺とは対面の位置で、火傷ひとつない様子でいる。
しかし、爆発に巻き込まれかけたのは彼にとっても予想外だったようで、肩で息を弾ませながら周囲の警戒を行っている。
「この爆発……敵の罠だったのか?」
「そうですね。襲撃してきた吸血鬼を撃退した時点で、私たちの動向は筒抜けだったのかもしれません!」
凜太郎も俺と同じ意見の様子。だとしたら――
「これで終わるわけないよな……」
俺はそう呟きながら、未だ揺らめき続ける炎の奥を注視した。すると、炎をかき分けて奥から何者かが飛び出してくる。
真っ白い髪の毛を携えたそれは、ぼろ雑巾のような衣服をまとっていて、かなり疲弊している様子だった。
しかし、油断はできないと思い相手の動きをよく観察する。そして気づいた。白髪頭の正体、それは、
「――マラドーナ!!」
思わぬ形での再会に俺は驚きの声を上げる。凜太郎もそのことに気づいたようで、俺と二人してマラドーナのもとまで駆け寄る。
「マラドーナあなた……! どうして教会に!? それに今の爆発は――!?」
「それについてあとで説明するよ。今はとにかくここから離れないと!」
マラドーナは、状況が飲み込めず詰め寄る凜太郎をあしらいながらこの場を離れるように勧める。そう言う彼の顔からは通常ではありえない程の多量の汗がこぼれており、ところどころ出血をしていた。
「このままじゃミシェルも危ない!」
マラドーナは切羽詰まったような声でそう言う。見れば、彼は脇にミシェルを抱えていた。こんな状況でもフードを外さないので顔色はうかがえないが、とても放置していい状態ではないといことをマラドーナの様子から察することができた。俺たちは大急ぎで教会を後にしようとしたところ――。
「――逃がさん」
煙の向こうから跳んできた血の刃によってそれを阻まれた。
「ノア・ベルナール!」
「――! アイツが!」
マラドーナが吐き捨てるように呟いたその名前にハッとし、血の刃を飛ばしてきた相手を見る。中世貴族のような格好をしたそいつは、虚ろな瞳でこちらを見据えてきた。
ここで、俺は初めてノアと邂逅することとなる。
彼は血液で作り出した剣を右手で掴むと、それを容赦なく振り下ろしてきた。血の斬撃は床や天井、壁など、四方八方を容赦なく切り刻む。ただでさえ、さっきの爆発で罅の入っていた教会はノアの攻撃によって完全に崩壊した。
「くそっ! お前ら今すぐ俺に捕まれ!」
「何故……、――!」
凜太郎は八つ当たり気味に問うて来たが、俺がジャージのポッケから取り出したものを見ると、すぐに察して俺の肩を掴んだ。マラドーナも同様、俺の服の裾部分をガッチリと掴む。
俺はそれを確認して、スクロールを開いた。これは先日のマラドーナとの戦いの前にアリスが渡してくれたものだ。くれた三枚の内一枚は自分の体の治癒に使ってしまったが、残り二枚は今もこうして残っている。
開かれたスクロールから魔力が発光し、魔術が作動。光はどんどん輝きを増してその輝きが頂点に達すると、俺たちは、崩壊する教会から俺の住むアパートへと転移した。
―― * * * * ――
「とりあえず、いろいろと説明してほしいんだが……」
転移後、ミシェルをベッドに寝かせた後、俺たちはマラドーナに説明を求めた。
いきなり爆発が起こったと思ったら、地下からマラドーナたちが飛び出してきてもう何が何やらといった状態である。アリスのことも心配だし、一刻も早くマラドーナたちの話を訊きたい。
「そうだね。――今から3日前にアリスに呼び出されてね、街を妙な魔力が包んでいるから調べるのを手伝ってくれと言われたんだ。それで、魔力を調べるって話だし魔力を操れる僕とミシェルで手伝ってたんだけど、そこをノアに襲撃をされてね」
俺は残った最後のスクロールでマラドーナを回復させながら話しを聞く。
「襲撃って……よく無事だったな!?」
「ああ、そこは僕も驚いたよ。どうやら、彼は僕たちを殺す気がなかったらしい。捕って身動きが取れずにいたんだけど、ミシェルが悪魔の力を使って頑張ってくれたおかげで何とか脱出できた」
「それでミシェルはこんなぐったりしてるんですね……」
言いながら、凜太郎はミシェルを見やった。彼女は眉一つ動かさず、まるで人形のように寝そべっている。何故かフードを脱ごうとしないのは不自然だが、今はいい。それよりも気になることがあった。
「マラドーナ……それで、アリスはどこだ?」
「……ミシェルのおかげで脱出できたけど、途中でノアに追いつかれてね。彼女がヤツの足止めをしてくれたんだ……」
「…………」
俺は思わず息をのんだ。アリスはノアの足止めをしている、にもかかわらずノアは教会で俺たちの前に立ちふさがった。ということは……。
「まさか――」
「――いや、それ早計でしょう」
口にしかけた最悪の想像を凜太郎に止められる。
「ノアと戦った以上、彼女も無事ではないでしょうが、せっかく捕まえた相手をわざわざ殺害するとは考えづらい。きっと生きていますよ」
「でも、それは想像だろ。ノアの気が変わってたりしたら……アリスは……」
「はい。ですけど、あなたが口にしようとしているそれも想像にすぎない」
「――!」
たしかにそうだ。俺はマラドーナから聞いた情報だけで、アリスはもう死んでしまったかもしれないと勝手に想像してしまった。
「そうだね。アリス・エインズワースは『星』の称号を与えられるほどの魔術師だ。そんな彼女があっさりと負けるだなんて、それこそ想像しづらい」
「……ああ」
俺はいったん落ち着いて、心の中で現状を再確認する。
アリスはノアと戦って負けた可能性がある。しかし、死んだとは限らない。ならば――
「アリスを助けに行こう!」
おそらく教会のどこかにいるであろうアリスを救出して、和人を吸血鬼に変えやがったノアをぶっ飛ばす。心臓を貫いて、俺の怒りを思い知らせてやる。
「なら、さっさと準備して教会に向かおうか。落とし前はつけさせないとね!」
俺の決意を聞いたマラドーナはそう言って、床から立ち上がった。
「まあ、こちらはミシェルとマラドーナが大変な目に合わされてますしね……」
凜太郎は少しすかした態度をとる。しかし、彼からも、すさまじい戦意がほとばしっていた。彼も仲間を傷つけられてご立腹らしい。
俺はそんな彼らに頼もしさを覚えながら、これで三度目となる大きな戦いに身を投じた。
ミシェルがフードを取らない理由。
だれか正体を知られたくない人がいるのかもしれませんね。




