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夏村晴明の非日常  作者: 空き缶
第三章 『記憶のゾンビ』
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『日常』

 ある夢を見た。

 それは、アリスと出会ってから今日に至るまでの記憶。

 

 アリスに助けられるところから始まって、マラドーナたちと戦った。

 それはとても大変なことだけど、確かにうれしいこともあった。


 大切な記憶。


 夢の終わりで、記憶に霧がかかり始めた。その霧はとても冒涜的な代物だ。

 まだ一か月とない短い期間だけど、それでも夏村晴明という存在に刻まれた確かな軌跡。

 霧はどんどん深くなってその記憶を覆い隠してしまった。


 直後、とてつもない喪失感に襲われる。

 俺は失くしてはいけないものを失くしたのだ。



 ――   *   *   *   *   ――


 

 朝、布団の上で目を覚ます。昨日に引き続き暑苦しく、本格的に地球はバカになったのだと感じた。


 「まじ、勘弁してくれよ……この異常気象……」


 愚痴(ぐち)をこぼしたところで何も変わらないが、こぼさずにいられない。

 俺はため息まじりに部屋を後にして、昨日の晩飯の残りをかっ食らった。食べ終わったら制服に着替えて、余った時間はアニメを見て潰す。

 時間が来たら、(かばん)を持って学校へ。


 いつも通りの『日常』だ。そのはずなのに……なんだろう……


 ――とても大事な事を忘れている気がする。


 徒歩およそ三十分。

 俺は自身の通う高校にたどり着く。特にこれと言った用事もないので、上履きに履き替えたら一直線にクラスに向かった。


 教室を見渡す。和人の姿はない。


 「あいつ、今日も来てないのか」


 ただ休んだだけならそこまで気にしないが、メールに既読もつかないというのは気がかりだ。


 「ん?」


 そこで、凜太郎を見つけた。彼は自分の席に座ってなにやら難しそうな本を読んでいる。

 

 「よぉ凜太郎!」


 「! ああ、晴明くんですか。何の用です?」


 彼は一瞬ビクッと肩を跳ね上げてこちらに振り向いた。よほど本に集中していたらしい。


 「マラドーナのやつに魔獣について聞きたいからさ、放課後お前らの泊ってるホテルまで行くわ」


 すらりと口から出た言葉、なんの疑問もなく口にしたそれに、凜太郎は不可解気な顔を示した。


 「マラドーナ……魔獣? 何の話ですかそれは?」


 「何のっ……て、昨日お前が言ってたんだろうが! 俺の中には人のほかに魔獣の血が流れてるって! アリスには会えなくて、なんも聞けなかったし!」


 俺は少し声を荒げる。それに対し、凜太郎は本当に何を言っているかわからないと言った表情で見つめ返してきた。


 「第一、マラドーナって誰ですか? それにアリスも……そんな人、わたしの知り合いにいませんよ……」


 「! いないって……、あれ――?」


 再び声を荒げようとして違和感に気づく。


 「―――…そういえば、誰だっけ?」


 言われてみれば、だ。マラドーナもアリスも、そんな人たちおれは知らない。なんだったら魔獣がどうだのという会話もした覚えがない。


 「この暑さでおかしくなったか……それともアニメの見過ぎか……現実とフィクションの区別はつけた方がいいですよ」


 「つけてるよ!」

 

 反射的につっこんだが、確かにさっきの発言はどうかしていた。

 きっとこの暑さのせいだ!

 うん、そうだ。そうに違いない。


 ――と、そこで、HRのチャイムが鳴る。俺は自分の席に戻って担任が来るのを待った。



 ――   *   *   *   *   ――



 放課後、俺は和人の様子を確認するため、和人の住む家へと向かっていた。学校から和人の家まで、徒歩およそ三十分。俺の住むアパートとは逆方向。

 俺の住むアパートは近くに駅があり、近代的な建物が多く見られるが和人の家はそれとは逆で、古びた木造の家が多く、住宅地から少し進むと木々が立ち込めてくる。


 加えて、教会が近くにあるからか、周囲はどこか(おごそ)かな静けさに包まれているように感じた。途中、教会の前を通り、掃除をしているシスターさんと目が合った。


 俺は軽い会釈をしてその場を離れる。


 (あれ? あの人どっかであったことがある気が……)


 したのだが、同じ町に住んでいるんだし、一度や二度会って当然か……。


 そうこうしていると、和人の家にたどり着いた。俺はインターホンを押して誰か出てくるのを待つ。十秒ほどたったところで和人の母親が出てきた。


 俺は事情を説明して和人がどうしているかを尋ねる。

 どうやら和人はここ数日、家に帰ってきていないらしい。


 

 ――   *   *   *   *   ――



 深夜、0時過ぎ。


 俺はどうしても眠ることができず、静けさに包まれた夜の街を練り歩いていた。あてもなくフラフラとしていると、公園にたどり着く。


 「――っ!」


 突如、頭痛に襲われた。痛みが、右脳からゆっくりとあたま全体に広がっていく。なにかに強く圧迫されているようなその痛みは、五分ほどたってようやく収まった。


 「――、帰って寝るか……」


 ちょうどいい、あまり長く歩いていたら警察に見つかって補導されかねない。


 ――と、そこでこっちを見る人影に気づいた。


 「?」


 背丈は俺と俺と同じくらい。人影は微動だにぜず、ただ(たたず)んでいる。

 暗闇の中で瞳と思われるものだけが赤く輝いていた。


 「―――、―――」


 とてつもない悪寒に襲われる。俺の中の全神経が逃げろと悲鳴を上げていた。

 ……そいえば赤は警戒色だっけ、なんて悪寒に支配される思考の(すみ)でそんなことを考える。


 ジイイイイッという虫の鳴き音。

 それを右から左に聞き流しながら、互いに向き合って動かない、というより動けない。相手の方はどうだか知らないが。


 やがて、ジッジッ、と虫の鳴き音が()みだす。

 時刻は0時半。

 刹那(せつな)の静けさ、その後、まるで止まっていた時間が動きだしたように、俺は全速力で後方に走った。


 「――――っ」


 背後を振り返る余裕はない。しかし、追ってきているのはわかった。俺は大きく息を弾ませながらアパートまで逃げていく。

 だが、それも長くは続かない。相手の身体能力はすさまじいもので、振り返れば顔がぶつかるんじゃないかという距離まで迫ってきているのを肌で感じた。


 「が……っ……!」


 強い衝撃が左腕を襲った。見るまでもなく、左腕を失ったのだと理解する。俺は派手に血をまき散らしながら、コンクリートの地面に横転した。息は絶え絶えで、強い衝撃のせいか視界がぼやけてしまっている。

 

 相手の顔は、はっきりと視認できないが、赤い眼光がこちらを睨んでいることが分かった。……まるで吸血鬼のよう――。

 薄れゆく意識の中で、前にもこんなことがあったな、と既視感に襲われた。


 『吸血鬼』は足を上げて俺の頭部を踏み砕こうとする。


 「こ……のぉっ……!」


 俺は残った右手で倒れた体を持ち上げた。目の前の死を拒絶する。振り下ろされた足をギリギリで回避して、右腕に力を籠める。


 (大人しく殺されるなんてゴメンだ! せめて一撃……ぶん殴ってやる……!)


 この時、俺の肉体(からだ)はただ殴るだけの機械と化す。

 意識はすべて拳へ。

 相手に拳を叩きつける直前――妙な錯覚を覚えた。

 体の内から突然なにかが沸きあがり、通常の人体では考えられないパワーが出る。


 突き抜ける快音。

 飛ぶ鮮血。

 霧が晴れて、記憶は鮮明に。

 ただ殴ることに特化した今の肉体は情けをかけることなく、相手の心臓を貫いた。

 

 

 ――   *   *   *   *   ――


 

 「なんで、忘れてたんだ……」


 額の汗をぬぐいながら俺は呟く。記憶がよみがえって最初の疑問はそれだった。

 今までのことを俺はなぜ忘れていたのか。


 (まさかノア!?)


 考えられるとしたらこれだろう。ノアが異能を発動させて記憶を消した。しかし、何のために消したのかわからない。


 (アリスたちがいないことと何か関係が――?)


 「――――」


 そこで、先程倒した吸血鬼がうごめきだした。まだ生きていたとは驚きだが、もうじき死ぬだろう。なにせ心臓を潰したのだ。


 ちぎれた腕を抑えながら吸血鬼のところまで駆け寄る。せめて顔くらいは見ておこうと思っての行動だ。そして――


 「え――――?」


 呼吸が止まった。

 記憶を取り戻したことによって晴れた気分は、地の底へ叩き落された。


 「なんで……お前が……」


 震えた声で紡がれるその言葉はひどくよわよわしい。

 動機が早くなり、体中から嫌な汗が噴き出ている。


 「嘘だ……」


 俺を殺そうとして、殺された吸血鬼の正体――それは、中学からの友達である西岡和人だった。





 

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