真夏日
――私の記憶に深く残るのは満天に広がる星空だ。
幼いころ、夜空を眺めては届きもしない『星』に手を伸ばしていた。
両親はそんな私を後ろから眺めていたのを覚えている。
毎日、毎日。『星』が見える日はいつもそうしていた。
そんなある日、私の両親はこういった。
「そんなに星が好きなら、魔術を習うのはどうだろう」
「なんで魔術なの?」
純粋な疑問。
「魔術はね、いろんなことができるだよ。炎を出したり水を操ったり――頑張って魔術を覚えればいつか、星を操れるようになったりね」
キレイというただ単純な理由だけで『星』が好きな少女。
純粋さしか取り柄の無い子供は、その言葉に促されるまま魔術の道を歩みだした。
それが私――アリス・エインズワースの原点。
―― * * * * ――
朝、体中を包む不快感で目を覚ました。
「あっつ……」
寝間着は汗でずぶぬれになっており、部屋は熱がこもって蒸し風呂状態。これ以上寝ていたら脱水で死んでいたのではないかと思えるほどの猛暑。
慌てて部屋を出たら腹がパンパンになるほど水を飲んだ。
「どうなってんだ?」
あまりの暑さに、暖房をつけたまま寝てしまったかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。何故なら寝室だけでなく家全体がとてつもない熱気に包まれていたからだ。
この熱気を外へ逃がすため、急いで窓を開ける。すると、窓からは生ぬるい風とセミの声が聞こえてきた。
「………ん? セミの声?」
みーんみんみん
耳を澄ますまでもなく聞こえてくる喧しいセミの大合唱。
窓を一度締めて、また開ける。
みーんみんみん
オッケー、幻聴じゃない。
しかし、だとしたらおかしいな。
―― * * * * ――
「今ってさ、冬だよな?」
「そうですよ」
「冬ってさ、寒い季節のことだよな?」
「そうですよ」
「一昨日、雪降ったよな?」
「降りましたね」
俺は学校にある自分のクラスの窓際にて、そんな質問を投げ続けた。相槌を打つのは昨日転校してきた凜太郎という名のメガネの剣士。
彼は冷静な風を装っていたが、その声色から動揺が感じ取れた。
それも、当然か。真冬の寒さからいきなり真夏の暑さになるなど、もはや異常気象どころの騒ぎではない。
こんな日くらい休校になってほしいところだが、夏服に着替えて登校するよう学校側から通知が来た。日本の学校のたくましさよ。生徒を絶対に登校させるという気概を感じる。
「これって吸血鬼の力かな」
そうであってほしいという期待をこめて凜太郎に質問した。もし違ったとしたら、これからこの異常気象と付き合いながら生活しなくちゃいけなくなるので、割と切実である。
「どうでしょうね、私もノアの異能がどういったものか知らないので。というか、アリス・エインズワースには何か訊いていないんですか?」
「訊いてない。電話したけど出なくて、家に向かってもいなかった」
学校に来る前、アリスの住んでいる。アパートに向かったところ、部屋はもぬけの殻だった。ちなみに、この暑さで無事か心配だからと言ったら大家さんが部屋のカギを開けてくれた。
(本当に、どこ行ったんだろう……アリス)
心配と言えば和人もだ、彼は今日も学校に来ていない。相変わらずメールに既読は付かないし、死んでいないことを祈るばかりである。
「授業始めるぞー」
教室の扉を開けて先生が入ってきた。
俺は考えるのをやめて大人しく席に座るのだった。
―― * * * * ――
時刻は夜。学校帰りにアリスの家を再び訪ねたがやはりいなかった。
仕方がないので、吸血鬼探しはアリス抜きでやるしかない。
「さて、さっさと終わらせましょうか」
とはいえ、一人で吸血鬼探しを行って万が一のことがあったらヤバいので、今回は凜太郎のやつに同行してもらっている。
「ああ……うん」
俺は煮え切らない返事をした。本当はマラドーナあたりに協力してほしかったが、彼とミシェルさん今は不在とのことで凜太郎と吸血鬼探しをする羽目になった。
「にしても、どこ行ったんだろう……アリスは……」
「……さあ」
俺の疑問に凜太郎はどうでもよさげに返事した。
こんなところで会話していても意味ないので、吸血鬼探しを開始する。
探し始めて1時間ほどたったころ、人気のない路地裏でそれを見つけた。それは口元に血をべったりと付着させた大男。彼の足元には頭部を噛みちぎられた死体が横たわっている。
「吸血鬼!」
俺たちは同時に身構える。凜太郎は魔剣を鞘から抜刀し、俺は懐からナイフを取り出した。
何故ナイフなのかというと、剣はいままでアリスが戦う前に渡してくれていたもので、現在アリスはその剣を所持したまま行方不明になっているからだ。
ナイフの扱いを教わったことは無いが、手ぶらよりはましだろう思い持ってきた。
「来ますよ」
凜太郎が言うと同時、吸血鬼は俺たちめがけて突撃し、鋭く伸びた爪を振り下ろしてくる。
「ちっ!」
振り下ろされた爪は衝撃はを生み出し、地面を深くえぐった。
「それなりの強さですね、面倒くさい……」
凜太郎はそう言いながら深く息を吐いて、再び刀を構えなおした。
こちらの出方を伺っているのか、吸血鬼は微動だにせずこちらを観察している。
「おい! あんた、ノアとかいう吸血鬼がどこいるか知ってるか?」
「………」
吸血鬼は答えない。プルプル体を震わせながら俺と凜太郎を交互に見続けている。
「……なら、サンジェルマンは?」
知らないとは思うが念のため尋ねてみる。すると、
「サン……ジェル……?」
首をかしげながらそう言った。しかしそのしぐさサンジェルマンという名前に聞き覚えがないという理由から来るものではなかった。その後も彼は体を震わせながら何やらブツブツと何かを呟いている。
「ぁ……きの……家、ぁ……? どこ……おれ………は……?」
とぎれとぎれの言葉からは何を言いたいのか聞き取ることができず、最後には叫び声をあげながら再び攻撃を仕掛けてきた。
とてつもない爪の暴風、俺はよけることしかできない。しかしその避けもお粗末なもので、体のあちこちにかすり傷ができた。
「何してる!」
凜太郎は俺に罵声を浴びせながら吸血鬼に斬りかかる。
「ギャアアアッ!」
片腕が切断され、吸血鬼は苦痛にもだえる。そして残った片腕を凜太郎に叩きつけようとした。凜太郎はそれをたやすく回避する。
「ぬぐッ!」
そのまま凜太郎を追撃すると思われた吸血鬼は身をひねって俺の脇腹に強烈な一撃を叩きつけた。
俺は無様に横転し壁に激突する。
「何を……」
今度の凜太郎のその呟きは罵声ではなく疑問だったと思う。大通りで自身を翻弄する速度を見せておいて、その程度の攻撃にやられるなという。
まったくもってその通りだ。あの時の勢いはどこに行ったのか自分自身にそう言いたくなるほどのていたらく。しかしこれにはワケがあった―――。
(体が重い……)
昨日から体の重さは感じていたが、今日のそれは昨日のより遥かに大きい気がする。
ついさっきまではそうでもなかったのに、戦い始めたら急に重くなった。
「!!」
そうはいっても、相手がそれで手をぬいてくれるわけがなく、先程地面をえぐった爪の一撃が俺の顔面目掛けて振り下ろされる。
俺は重い体を全力で前へ押し出し、吸血鬼の懐へ迫った。
心臓めがけてナイフを突き出す。
刺さりはした。しかし心臓まで届かない。ちょっと血が出た程度だ。
「――――」
俺は回避を忘れて吸血鬼の心臓を貫こうと拳に全神経を注ぎ込んだ。その力は自分でも驚くくらいで、ナイフを握った手から血が出るほどだった。
「アハッ」
それでも心臓までナイフを届けることができず、吸血鬼は笑うようにして俺の頭部を爪で貫こうとする。
死が眼前にまで迫ってきたその瞬間、
「え―――?」
突如、吸血鬼の体が柔らかくなり、俺の握るナイフはその心臓を貫いた。
「がぁ……ッ……!」
吸血鬼は苦しんだのち、灰となって霧散した。
俺はそれに目をくれることなく、自身の手元に視線を落とす。
「なに、が……」
ナイフを握りしめ、血のしたり落ちる俺の手からは、何やら湯気のような黒い光が立ち上っていた。
「――魔力?」
―― * * * * ――
吸血鬼探しを終えて家へと向かう。
その道中、俺は凜太郎に訊かれたことを思い返していた。
『夏村晴明……あなた、私を戦った時のことは覚えていますか?』
『……あぁ……まあ……』
『では、私を倒した時のことは?』
『倒したって……覚えてねぇよ、おれ気絶してたし、アリスが助けてくれたのかと思ってたけど……』
『そうですか、なら教えてあげます。私を倒したのはあなたです。そして、あなたの体には人間のほかにニーズヘッグという名の魔獣の血が流れています」
『は!? それってどういう――』
『詳しくは私も知りません。ただ、マラドーナなら詳しく知ってるかもしれないので、知りたければ彼に訊いてください』
凜太郎はそう言い残して帰ってしまった。いろいろ問い詰めたいが凜太郎は知らないと言っていたし、先の戦闘で疲れたし、今日はもう寝よう。
家に着くと俺はすぐさまベッドによこたわり、たちまち睡魔に襲われた。
睡眠と覚醒の狭間、閉じかけた瞼で窓の外を見る。
そこでは、無数の輝きが真っ暗な夜空を照らしていた。




