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夏村晴明の非日常  作者: 空き缶
第二章 『異世界機関』
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夏村晴明の非日常

  グールと化した神父を倒した後、俺はマラドーナたちと一緒に自宅まで避難していた。この場の空気は少し重く感じられた。

 しばらくしてアリスが調べるのを終えて戻ってきた。


 「アリス! 大丈夫でしたか?」


 「ええ。私が向かった時にはもう誰もいなかったから」


 「誰もってことは、シスターさんも?」


 「地面に血痕が残されていただけで、他にこれと言った手がかりはなかったわ」


 アリスは悔しそうに言う。見知った人物をグールに変えられて(いきどお)っているのはアリスも同じなのだ。そんな彼女からしたら、犯人の姿すら見つけられなかったというのは悔しくて仕方がないのだろう。


 「――とは言っても、吸血鬼化してる時点で犯人なんて分かりきってるじゃないか」


 マラドーナが会話に入ってくる。彼は至極当然のことを言った。

 マラドーナの言う通り、この街で力のある吸血鬼と言えば一人しかいない。


 「ノア・ベルナール。――『亡骸の王』の一人、僕たちがぶつかあり合った時点で彼が何かしらのアクションを起こすのは君たちも理解してただろう? なら、彼が結界内に侵入しようとしたのを彼らが止めようとして失敗した。それだけさ」


 「確かにそうよ。けど、それだと神父さんたちを倒した後、ノア本人が結界に入ろうとしなかった理由がわからないのよ。あの時私たちは疲弊していた。にもかかわらず、そこを襲撃せずにグール化させた神父を送るだけ……明らかに妙よ!」


 確かに。なぜノアという吸血鬼は何もしてこなかったのだろう。

 結界の近くまで来ておいて俺たちには何もせずに撤退する。その行為はとても不気味に感じた。


 「――ていうか、俺ノアって吸血鬼と会ったことないからよくわからないんだよな。――アリスは何か知ってたりしますか?」


 「ごめん、私も知らない。――でも、もしかしたらそいつの異能が絡んでるのかもしれないわね……」


 「異能?」


 聞きなれない単語だ。意味自体は分かるけど、それは魔術と違うものなのだろうか。

 そんなことを考えていたら、俺の様子に気づいたアリスが説明をしてくれた。


 「異能って言うのは吸血鬼が長い年月を経て独自に成長し、それによって使用可能になるものなの。魔術や錬金術のように魔力を用いず、吸血鬼のもつ特殊な肉体によって織りなされる固有能力よ」


 「それが襲撃してこなかった理由に関係が?」


 「うん。おそらくだけど、異能を使うのに何かしらの準備が必要で、確実に倒せるように、準備が完了するまで手が出せないとか……」


 言いながらアリスは考え込む。俺も一緒に考えようと思ったが、吸血鬼や魔術に対してド素人の俺がなにを考えても特にこれと言ったことが浮かばなかった。


 「まあ、ノアのことはひとまず後回しにしましょ。今後吸血鬼探しを続けていれば何かわかるかもしれないし」


 「……そうですね」


 マラドーナたちに勝利し、彼らと協力関係を結べた。今はそれだけでいい。



 ――   *   *   *   *   ――



 マラドーナたちとの戦いから一夜明けた日のことである。


 「がぁッ……!」


 血を飛び散らせながら吸血鬼が倒れる。

 俺は人気のない真っ暗な路地裏で、今日もアリスの手伝いとして吸血鬼と戦っていた。


 「―――?」


 吸血鬼を倒し終わった後、体の違和感に気づいた。


 (体が……重い……?)


 体中が何かに纏わりつかれているような感覚がする。全身が重く、鈍くなったような。


 「――晴明、どうかした?」


 考え込んでいると後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには声の主であるアリスがいる。


 「すみません。なんでもないです!」


 体が重いのはマラドーナたちと戦った影響が残っているからだ、と自分を納得させてアリスもとまで向かう。


 「今日もハズレでしたね」


 「そうね、サンジェルマンとノア……これだけ探して二人の情報が全くないなんて」


 マラドーナたち夜の戦いが終わった後も、こうして吸血鬼探しを続けているがいい成果が出ていない。

 相変わらず、見つかるのは物言わぬグールや何も知らない吸血鬼だったりでなんの進歩も無い状況が続いている。


 「サンジェルマン伯爵はもちろんですけど、一番はノアですよね。この街で何かよからぬことを起こそうとしているのは確実なのに、何を企んでいるのか全く分からない」


 あまりに手掛かりがないので、ノアはもうこの街にいないんじゃないかとすら思えてくる。


 「いるわよ、確実に」


 そんな考えをアリスはバッサリと否定した。


 「こうしてグールや吸血鬼がこの街にいるんだもの、毎日見回って倒してるっていうのに減ってる気配がまるでしない。彼はおそらく今もこの街で自身の兵隊を増やしてるんだわ!」


 アリスは重苦しく呟いた。彼女に言う通りこの街での吸血鬼やグールの数はまるで減っている気がしない。ここ最近は見回りをすると毎日のようにヤツらとエンカウントする。


 「―――!」


 そこで、目の前を白い綿のようなものが通過する。


 「雪だ」


 そういえば、ニュースで雪が降るみたいなことを言っていた。夕方に雨が降っていたし、積もることは無いだろうが、ただでさえ冷えていた空気がさらに冷たくなったような気がする。


 「今日はもう帰りましょうか」


 「そうですね」


 反対意見など出るはずがなく、俺たちは帰路に就いた。



 ――   *   *   *   *   ――



 翌日、学校。


 雪は止んだが太陽は顔を出すことはなく、気が悪くなるような曇天の下で、俺は今日も学校に通っていた。


 「あれ……?」


 教室を見回してある違和感に気づく。


 (和人がいない……)


 普段ならばあのうざいくらいのハイテンションで話しかけてくるところを、本日あいつは欠席だ。その場にいればやかましいことこの上ないが、いないといないで気になる。

 俺はスマホとりだして和人にメールを送ったが、返事どころか既読すら付かない。


 「寝てんのか?」


 昨日は雪も降ったし、体調不良かも……、なんてことを考えていると教室にチャイムの音が響いた。同時に担任が教室に入ってくる。


 「お前ら席に着けー。今から大事な話があるからちゃんと聞けよ」


 相変わらず教師とは思えない口調と身なりをした男は抑揚のない声で告げる。


 「転校生を紹介します」


 クラスに動揺が広がり、


 「え? 転校生?」 「なんで突然?」


 と疑問の声が沸き上がる。


 「はいはい落ち着いて、先生だって急に任されて困惑してるの」


 担任はそうやってみんなを落ち着かせると、それじゃあ入ってきて、と廊下に向けて声をかける。


 いつかのようなやりとり。

 その一連の茶番劇の後、教室に入って来た者はいかにも不服そうなオーラを纏っていた。


 髪の色は赤ではなく黒、性別は男。

 エルザ・アンダーソンが入って来るなんてトンチキな展開にならなかったことに安堵したのもつかの間。


 例のごとく、俺は男に見覚えがあった。

 いや、見覚えどころではない。つい先日、殺し殺されそうになった仲である。


 「はじめまして、星宮凜太郎と申します」


 おやおや? どこぞの魔剣使いと名前と姿が瓜二つな彼はドッペルゲンガーか何かかな?




 「アンタ、なんでうちの学校にいるんだよ!」


 昼休み、

 俺は人気のない体育館裏で転校生を問い詰めていた。


 転校生の名前は星宮凜太郎。ドッペルゲンガーでなければ俺の見間違い、聞き間違いでもない。正真正銘、先日あの大通り跡地で殺し合った魔剣使いだ。


 「マラドーナの命令ですよ。ノアは吸血鬼ですので、昼間のうちに何か仕掛けてくることは無いでしょうが、念のために……と」


 「念のためって……」


 頭を抱えたい気分だ。

 ノアとかいう吸血鬼は『亡骸の王』なんて大層な肩書のある吸血鬼。昼間は大丈夫と油断していたら襲撃受けて殺されましたなんてことになったら目も当てられない。

 だから学校にこいつをよこして俺が一人になる時間を減らそうとした。


 (それはわかる……わかるけど、よりにもよって……)


 何故こいつなのか、殺し合ったばかりのこの男と仲良くできる気がまるでしない。


 「まあ……それは建前で、マラドーナが私を寄こしたのは、単に面白そうだったからでしょうが……」


 指示を出してきた(その)ときの顔を見れば丸わかりだ、と凜太郎は愚痴をこぼす。


 「…………」


 俺は頭を抱えた。

 


 ――   *   *   *   *   ――



 街に不穏な影はあれど、ひとまず少年の日常は戻りはじめた。しかし、それで安心してはいけない。


 『日常』という歯車からは外れ、異世界という『非日常』を知った今、完全に元通りとはなりえない。


 一度知ってしまえば知らなかったころには戻れない。


 マラドーナたちとの戦いを皮切りに、少年の物語は加速する。




 ――さあ、序章は終わり、役者はそろった。


 ――少年よ……ここからが君にとっての本当の『非日常』だ。



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