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夏村晴明の非日常  作者: 空き缶
第二章 『異世界機関』
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side:Church

 一筋の光と共に人間の首が宙を舞う。屍食鬼(グール)化した神父との戦いは特に苦労することなくあっさりと終わりを迎えた。しかし、俺にとってはマラドーナたちと戦うよりも遥かにキツイ戦いに感じた。


 「…………」


 (まこと)神父。俺と彼とは特にこれと言った親交は無い。せいぜい教会で尾沢マンションの一件についての話を訊いたくらいだ。けれど見知った人物がグールとなって襲ってくるのは、思いのほかショックで……それを殺さないといけないというのは想像以上に苦しかった。


 「……結界の外を調べに……いや、このまま一旦帰宅しましょう。彼がグール化していたってことは例のノアと呼ばれる吸血鬼が来ている可能性が高い。魔力と体力を消耗した状態で『亡骸の王』と戦うのは危険すぎるわね。調査には私一人で行っくる」


 「アリス……それは……」


 俺は無様に震える手でアリスの裾を掴んだ。


 「そんな心配しないで大丈夫よ、晴明。私はまだまだ魔力が残ってるから逃げるくらいなら簡単にできるわ」


 彼女はそれだけ言い残すと神父がやってきた方向へ跳んで行った。


 「それじゃあ行こうか」


 それを見届けると、マラドーナはこの場にいる全員にそう呼び掛けて、アリスの指示通り四人で帰路へ着く。


 (いったい何が……)


 モノ言わぬ死体となった神父を一瞥して、俺はただそう思った。さっきまでの穏やかなムードは完全になくなり、言い表しようのない不安感が俺の足を重くする。



 ――   *   *   *   *   ――



 時刻は戻ってアリスが落雷を落とした直後。


 「――始まりましたね」


 シスター沙也加はその音を聞いて呟く。場所は結界の外、彼女は神父である誠と共に侵入者の警戒に当たっていた。


 「そう緊張してちゃだめだよシスター沙也加、リラックス、リラックス!」


 「あなたはリラックスしすぎですよ神父様! もっと緊張感を持ってください!」


 結界の外はとても静かで、あたりは暗闇に支配されている。沙也加と誠の二人は結界の周囲を監視していた。


 「「―――!」」


 そこで気づく。20メートルほど先で結界に入ろうとしている人影があった。この結界は人避けの結界――周囲の人々に何か嫌な予感がするから無視しようといったように、忌避の感情を増幅させる効果がある――それに入ろうとしているということは、魔術の効きづらいだけの一般人か、結界の効かない吸血鬼の類、もしくは―――


 「ああああぁぁぁああああ………」


 グール。彼らは吸血鬼ではないが、主である吸血鬼の命令に従い行動する動く死体だ。沙也加は手にしてある大槍でグールを一撃で仕留める。


 「神父様!」


 「わかってるよ。ノアだね。――それとシスター沙也加、周囲を警戒……囲まれた」


 都合十体ほどのグールが二人の周りを取り囲んでいる。


 「ノア本人はいないみたいですね……」


 「……なら今のうちにグールどもを殲滅しましょう!」


 誠は手にグローブをはめる。これはワイヤーで自分の手を斬らないようにするための措置だ。沙也加も再び槍を構えてグールたちに立ち向かう。

 神父はワイヤーを用いてグールたちを次々と切断する。シスターは大槍をもってグールたちを叩き潰した。


 数にして9体のグールを葬り去る。


 「あと一体――」


 最後に残った吸血鬼は高く跳躍し、二人めがけて拳を叩きつけた。二人はそれを横方向に逃げることで回避し、追撃を加える。


 (この個体! ……他のグールに比べて強いですね!!)


 「シスター沙也加! 私がこいつの動きを止める。貴方は止めをお願いします!」


 「――承知しました!」


 誠はワイヤーを羽のように広げると、グールの手足へ巻き付ける。そしてワイヤーを強く引っ張ることでグールの体勢を崩した。沙也加はその隙に接近……グールの肉体を真っ二つに叩き斬る。


 「やりましたね……シスター沙也加、お怪我は?」


 「何ともありません。神父様こそご無事で?」


 「はい! 問題ありませんよ」

 

 グールたちを殲滅し終え、いったん休憩をする。グールをけしかけるだけで、ノア本人が出てこないことに違和感を覚えるが、来ないに越したことは無い。神父はいっそこのまま朝を迎えてほしいと思った。


 そこで――上空を飛んでいる無数の蝙蝠の存在に気が付く。


 「――! 神父様」


 「わかっていますよシスター沙也加。やれやれ、噂をすれば――というやつですか」


 蝙蝠たちが一か所に固まるとそれは人の形を取り始め、ノアが姿を現した。


 「お久しぶりですノア・ベルナール……『亡骸の王』よ――来て早々申し訳ありませんが、あなたをここに通すわけにはいきません」


 「………」


 ノアは何も答えない。ただ黙って対峙するだけである。


 ――これは余談であるが、誠神父は教会内でやる気のないダメ神父で知られている。その一方で教皇や大司教からは絶大な信頼を得ている。何故か……それは吸血鬼を何体も葬った実力と吸血鬼に対する憎しみがあるからだ。

 

 かつて誠神父がまだ幼かった頃、彼はとても貧乏な暮らしをしていた。母は誠が生まれたときに亡くなり、父もその翌年に交通事故で亡くなった。それでも二人の兄とともに貧しいながらも幸せな生活を送っていたのだ。しかしそれも唐突に終わりを告げる。

 夜遅く、家の中に侵入してきた吸血鬼により、誠の兄は殺害された。兄を殺害した吸血鬼はその後駆けつけた教会の者の手によって葬られるが、当時少年だった誠の心に深い傷跡を残した。


 それから誠は教会に保護され、吸血鬼について学び、吸血鬼を葬ることとなったのだ。彼は短期間で多くの吸血鬼を葬り去り、若くして歴戦の猛者と言えるほどに成長した。


 ――だから、これは彼にとって生涯唯一にして最大の失敗となる。


 「がっ………っ………!!?」


 誠神父は血を流して地面に倒れた。攻撃を受けたのだ()()()()


 誠の背後にはシスター沙也加がいる。彼女の大槍は誠の血で汚れていた。


 「シスター沙也加………なにを!?」


 理解が追い付かず、シスター沙也加に尋ねる。彼女は表情を変えず、再び神父の背中を貫いた。


 (な……んで……? ノアの異能、か……?)


 何故シスター沙也加は誠神父の背中を貫いたのか……答えは決まっているそれも最悪な答えが。


 「申し訳ありません。神父様、私……実は吸血鬼なんです」


 これしかない。シスター沙也加は吸血鬼、裏切り者にして背信者だ。


 「一体……いつから………?」


 「もうずいぶんと前です。私たちがこの街に派遣される以前から、私は吸血鬼となっていました」


 「―――!!」


 衝撃の告白。彼女と誠は共に吸血鬼退治をするようになってかなりの年月が経つ。そんな人物から裏切られたこと……なにより彼女が吸血鬼であることを見抜けなかった自分に深い絶望をした。


 「さようなら神父様。あなたとの日々は私にとって、とても楽しいものでしたよ」



 ――   *   *   *   *   ――



 本名:鈴木誠(27)

 若くして教会の神父となった彼は、失意の中でその生涯に幕を下ろした。



 ――   *   *   *   *   ――



 「ノア様。『来訪者』と機関の連中が結界の中で交戦しています。我々も参戦いたしますか?」


 「……いや、もうすぐ私の異能がこの街を覆いつくす。それまで待て」


 ノアはそう言うと、死体となった神父を一瞥し、命令を放つ。


 「そこの神父を屍食鬼(グール)にしてやつらに差し向けろ。それが終わったら速やかに立ち去れ」


 「かしこまりました」


 ノアを蝙蝠となってあたりに霧散した。一人きりとなったこの場所で沙也加は呟く。


 「神父様……申し訳ありません。貴方との日々は本当に楽しかった……本当に………」


 沙也加は死体となった誠から血を吸いつくし、屍食鬼(グール)へと変貌させる。

 それは恋人との口づけのようであり、真具合(まぐわい)のようであった。




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