89話 謎の声と化学魔術
あの謎の声は誰のものなのでしょうか。
「誰?」
その謎の声に聞いてみる。
「うーん、ボクは主人様にEL1029467って呼ばれてるナノ。」
「私はEL32929433って呼ばれてるよ、ですわ。」
「アタイはEL798729749って呼ばれとっただよ。あ、今もだよ。へへへ。」
「オラはE…」
「ああ、わかったわかった。わかったから。聞き方を変えようか。君たちは何をする生き物なの?」
「ボク達は主人様と主人の従甥様に生み出されたエレメンタムって種族ナノ。小さすぎて人には見えないナノ。ボク達は生き物じゃないナノ。人族の分類だと天使族になるかもナノ。魔術とか錬金術のお手伝いをしているナノ。」
「どんなふうにお手伝いしてるの?」
「みんなが魔術を使う時に魔術脳とか脳に作り出した魔術式に魔力を流してるってのは知ってるナノ?」
「知らなかった。」
「とにかく、その魔術式をヌメロスピリットっていうボク達の兄弟みたいな奴らが読み取ってボク達にどんな魔術か教えてくれるナノ。その指示に従って空気から土とか水とか生み出してるってわけナノ。」
「いやいやいや。お手伝いどころか魔術を使うのに不可欠な存在だよ、君たち。凄いことだよ。」
「それほどでもナノ。人に褒められるのは初めてナノ。」
「私、人とお喋りしたの初めてですわ。」
「オラも初めてだぜ。」
「アタイもだよ!」
「我も。」
「吾も同じにござりまする。」
「分かったから、語尾が『ナノ』のエレメンタム以外は一旦黙ってくれる?」
「それで、そんな人と話したことのないような皆がサルトには話しかけられるのはなんで?」
「主人様との契約でそれは言えないナノ。」
「そうか。」
ちょっと残念。
「ていうか、呼び名が必要だよね。EL何たらかんたらとは呼べないし。とりあえず語尾が『ナノ』の子はナノって名付けて、一人称が『私』の子はちょっとお嬢様みたいな喋り方だし、オジョウで。一人称が『アタイ』の子はドジっ娘っぽい声してるし、ドジでいいや。一人称が『オラ』の君には喋り方が前世の家の近所に住んでた子に似てるから、ガキと名付けよう。残りの皆はちょっと名前が思いついたらその都度名付けていくつもりでいるよ!」
我ながら名前の由来が酷すぎる。
「忘れてたナノ。主人様から、『母親からの預かり物だ。娘に授けると約束した物だからな。渡しておく。』って言われたナノ。」
無生物のくせに忘却機能はあるのかよ。
ていうか顔も思い出せない母親からのプレゼントってなんだろう。
すると突然周辺から光る文字のようなものが生まれてきて、囲うようにして体の周りを回り出した。
そして10秒くらいで動きが止まり、吸い込まれるように体の中に入っていった。
「化学魔術。」
気づいたら呟いていた。
言葉にした瞬間この魔術の異常さに気づいた。
まずは、
『メイクラボウェア』
ビーカー、フラスコ、試験管。あらゆる実験器具が生み出せる魔術。あまり複雑なものは作れないらしい。ガスバーナーやライターは無理でアルコールランプ(空)と薬包紙は作れるみたい。
魔力消費が少なくて助かる。
この世界のガラスは高いし少し熱に弱いから実験向きじゃなかったんだよね。やっぱり実験器具は硼珪酸ガラス製じゃないと!
次が、
『メイクケミカル』
塩酸、硫酸、硝酸、塩化ナトリウム、アルコール。実験でよく使う薬品を生み出す魔術。うん。便利。
少し魔力消費が多いから化合物を生み出す必要があるときだけ使おう。鉄とかカルシウムとかの単体が必要なときは次の魔術の方が便利だし、魔力も節約できる。
『元素生成』
元素番号、英名、原子量(少数第2位を四捨五入)、沸点融点(単位K、小数点以下四捨五入)が言えたら、エレメンタムたちが生み出してくれるという魔術。
花野井風化の化学好きを舐めてはいけない。当然のように118元素全ての番号、英名、原子量と沸点融点を覚えている。
つまり、金とかプラチナとかの貴金属が無制限で手に入る。
生成物の構造や状態は自由に指定できるみたいで、一重に炭素といってもダイアモンド、グラファイト、カーボンナノチューブなどの同素体は全て作れるし、液体状態でも気体状態でも自由に生み出せる。炭素は通常の大気圧下では液体にならないからすぐに気体になるだろうけど。
最後が、
『魔術陰性度』
名前からじゃどんな魔術なのか判断できないな。
何回か唱えてみたけど何も起こらなかった。
そのうち分かることだし。魔術の実験なんていつでもできるし。一旦保留にした。
硫酸が作れるってことは鉄格子を溶かせるんじゃね?
「メイクラボウェア・ビーカー、保護めがね、ゴム手袋」
硫酸を使うのだ。万全の準備を整えねばならないよね。
受け皿となるビーカーと、安全のための保護メガネとゴム手袋。本当は白衣も欲しかったけどメイクラボウェアでは作れなかった。
最低限の安全は確保できたので良しとする。
「メイクケミカル・H2SO4」
人差し指あたりから硫酸が出てきた。
出したビーカーに硫酸を入れる。
そしてそのままビーカーに中の硫酸を鉄格子に投げかける。
結界に消された。
よく考えたらこの硫酸も魔術で生み出してる物だから結界に消されるよな。
なら反応した後の酸ならどうか。
「よっしゃ! レッツ、エクスペリメント!」
まず用意するは
・2つ口フラスコ
・滴下漏斗
・枝付きフラスコ
・三脚台
・穴あきゴム栓
・(あらゆる形の)ガラス管
・PTFEチューブ(塩化水素に耐性のある伸縮性の管)
・フラスコ
・アルコールランプ
・純水
・硫酸
・食塩(塩化ナトリウム)
・消石灰(水酸化カルシウム)
・アルコール
器具を上手いこと繋げる。
三脚を置きアルコールランプを下に。もちろんアルコール入りで。
三脚台に2つ口フラスコを置いて2つ口フラスコの中に食塩を入れる。横の口に硫酸を入れた滴下漏斗をつける。
穴あきゴム栓をで蓋をして、ガラス管とPTFEチューブを挿す。
フラスコを用意し中に純水。3方ガラス管を用意してゴム栓に挿す。ガラス管の一方を先ほどのPTFEチューブに、もう一方を新たなPTFEチューブに。
また同じようにフラスコを用意して今度は消石灰を入れる。3方ガラス管とPTFEチューブで純水の入ったフラスコに繋ぐ。
ふう。一応、これで形にはなった。
実験開始。
まずは滴下漏斗の栓を回して、硫酸を少しずつフラスコに流す。
それから反応を促進させるためにアルコールランプに点火してフラスコを加熱。
あとは反応が終わるまで待つだけ。
8分くらい経って、2つ口フラスコの中の反応が終わった。
安全を考えてまず、滴下漏斗に水酸化ナトリウム水溶液をいれ、2つ口フラスコの中の塩化水素を中和する。
ということで純水を入れていたフラスコに塩酸ができてるはずだ。
「すごいナノ。ボク達がいつもやってることを人族ができたナノ。」
「すごいです。」
「アタイもびっくりだよ。」
硝酸を浴びた。違う違う。賞賛を浴びた。
しょうもない駄洒落はそのくらいにして、真面目な話、硫酸と違って塩酸は発揮生の酸だから念のため保護マスクをつける。
塩酸は作れたのだが、これが結界の影響を受けるかどうか確認しなければならない。
塩酸を鉄格子にかける。
シュォォォォォ
激しく泡が弾ける音がして鉄が一部溶けた。
ほんの数ミリだけ。
予想はしていた。人が通れるような大きさに溶かすなら今作ったものより濃くて大量に必要だよね。
そこでまた検証実験だ。
『この作り出した塩酸と魔術で生み出した塩酸を混ぜたら、結界は消せるのか』という実験だ。
ということで水槽を用意しました。
水槽が実験器具かと聞かれたらやや返答に困るが、メイクラボウェアで生み出せたので実験器具判定なのだろう。
塩酸を魔術で生み出し水槽に入れる。なるべく濃いのをと思ったが、出し始めた瞬間からとんでもない刺激臭を放っていたから少し薄くした。
水槽の8割くらい入れたところで先の実験で作った塩酸を入れる。
そしてビーカーで水槽から混ざった塩酸を掬う。
再び鉄格子にかけると、結界で消えなかった。
これで足りない塩酸問題は解決した。
あとは脱獄のタイミングを図ろう。
その時は意外にも早くきた。
ドカーン
上階から爆発音が聞こえた。
「何事だ!」
「侵入者だ!」
「旦那様はお逃げください。」
使用人達の慌てふためく声が聞こえてくる。
何が起こったのか分からんが、用意した塩酸で鉄格子を溶かしていく。四角く溶かせたら、鉄格子を蹴って開ける。
よし。あとはここを出るだけ。
牢の扉を固定する金具だけを溶かせばもっと少ない量で溶かせたのでは、と脱獄してから気づいた。
ちょっと反省。
とりあえず、この屋敷から出なきゃ。階段を駆け上がって出口を目指す。
廊下を走っていても全然人とすれ違わないし、すれ違ったとしても皆が慌てているせいなのか誰にも気づかれない。
キンキンキーン
しばらく移動していると、どこからか剣が打ち合う音が聞こえた。
2つ、角を曲がったところで剣音の正体が視認できた。
「ルイーザさん!!」
新たなチートの始まりです。
ナノ(EL1029467)は個人的に好きなキャラですね。
塩酸の作り方は他にもありますが今回はこの方法を選びました。
ちょっと実験の描写がイメージしづらいかもしれませんが詳しくはネットで調べてみたらすぐ出てきます。
次の投稿も6時間後になると思います。




