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あなたと一緒に  前編

「それではローゼス様」


「ええフレア、後ほど伺います」


「はい、お待ちしております」



王都で諸々の後始末に時間を取られ、私達が町に戻って来たのはアルクと離れて3ヶ月経ってからだった。


ローゼス様はこれからの対策を商会の関係者と練られ、私は王宮で[凍結]を始めとした数々のスキルの研究に没頭した。

(お妃様からは魔術を、陛下からは戦闘術を学んだ)


「やっぱりあいつ(アスタ)の協力が必要か...」


アルクの家に一旦戻る為、消えて行くローゼス様の後ろ姿を見つめながら呟く。

ローゼス様と何度も話し合ったがアルクの呪いを解くにはハンクがアスタから奪った解呪の記憶とアスタの治癒魔術が必要不可欠との結論しか出なかった。


私はあいつ(アスタ)を許す事が出来ない。

当たり前だろう、薬に溺れたのは自分の意思の弱さだ。

何よりアルクと結んだ[誠実の契り]を破り、ハンクと姦淫な日々を過ごした女が私の姉である事自体に虫酸が走る。


私の心にはアルクとの誠実の契りがはっきり刻まれている。

これは決して消さない、何度死の危機に瀕してもだ。


ローゼス様の考えが分からない、憎しみしかない相手と一緒に旅をして成果があるのだろうか?


あいつは町で待てば良い、私が1人宝箱を探した方が効率が良いはずだ。

薬物中毒者(ジャンキー)の守りなんてしたく無い。

そんな考えが頭を占めていた。


「ただいま」


ローゼス様から預かった荷物を片手に抱えながら自宅の診療所の扉を開ける。

しかし診療室の中は無人だ。


「おかしいな?」


お父さんが往診に出ているとしても、お母さんは必ず家に居るはずだ。

急患に備え診療所を無人にする事は1回も無かった。


「ん?」


診察室の机に小さなメモが置いてある事に気がつく。


[只今留守にしております。

緊急な御用の方は裏手の小屋まで]


診療所の裏手にある小屋、通称隔離室。

錯乱した患者を隔離し、経過観察の為に作られた小さな小屋で私は昔からこの小屋が苦手だった。


長閑なこの町にも不幸に見舞われる人はいる。

犯罪や魔獣に襲われ、精神を病み錯乱した人達だ。

お父さんはそんな人達に適切な治療を行う為王都に負けない程の堅牢な小屋を作っていた。


「あいつが居るんだろうな」


おそらく小屋にアスタが収容されている。

お父さんからアスタの状態が極めて深刻な事は聞いていた。

その為にローゼス様は王都で手に入れた薬を私に持たせたのだ。

薬の入った荷物を診察室に置き裏手に回る。

裏庭を抜けると木々に囲まれた石造りの建物が見えた。


「ただいま」


「フレア、今戻ったのか」


「お帰りなさいフレア」


小屋の扉を開けるとお父さんとお母さんが疲れきった顔で私を迎えた。

小屋の中は2重構造になっていて外側のスペースには小さな覗き窓があり内側の部屋の様子が見られるようになっていた。

内側の部屋は完全に封鎖されており、魔力を通さない作りになっている。


「ア″!ア″!アグッ――――ア″ゥ″!!」


突然の奇声に狼狽える。

その声は唸り声とも叫び声とも違う物だった。


「驚いたかい?」


お父さんは冷静に私を見る。

お母さんも驚いた様子は無かった。


「今のはひょっとして...」


「アスタだ」


「発作が止まらないの」


薬物中毒の発作は討伐の際に何度か見たことはある。

しかしこんな奇声を聞いたのは初めてだった。

次の瞬間内側の部屋が揺れ、覗き窓から閃光が漏れた。


「どうなってるの?」


覗き窓から中の様子を見ようと近づく。


「止めなさい」


「お父さん?」


お父さんは悲しそうに覗き窓の前に立ち塞がり首を振った。


「ここ数日は発作が治まっていたんだ...」


「ええ、あなた(お父さん)の薬が効いたとばかり...」


悲しそうに呟くお父さんとお母さん、まだまだ鎮静剤の完成には時間が掛かるのか。


「あれは薬物だけじゃないわね」


「ローゼス様?」


いつの間にかローゼス様は小屋に居て、覗き窓から中の様子を窺っていた。


「ローゼス」


「ただいま戻りました」


「そんな事より薬物だけでは無いとは?」


お父さんは焦りを隠せず尋ねる。


「あれは精神薬の後遺症だけではありません。おそらく媚薬や催淫薬も含まれています」


「え?」


「そんな」


まさかアスタがそんな薬物をハンクに、そして直ぐに見抜いたローゼス様も過去に経験が...


「それだけではありません」


「まだあるのか!?」


お父さんの怒鳴り声、初めて聞いた気がした。


「アルク様との[誠実の契り]がまだ消えてない様です」


「まさか...」


ローゼス様から告げられた衝撃の言葉。


「そんなアスタ...姉は誠実の契りが残ったままハンクに?」


「あの錯乱した状態は間違い無いかと」


「...それってどういう事?」


お母さんもローゼス様に尋ねる。

誠実の契りを破った者の末路、伝承を読んだ私には想像出来た。

そして誠実の契りを放棄しないままハンクと肉体関係を結んだ姉の過去も...


「姉はハンクに犯された...媚薬や催淫薬を使われ自我を失った状態で...そして自我を失ったまま精神薬を大量に摂取され続けていた....何度も犯され続け...[誠実の契り]を破ってしまった姉は呪いを...」


「フ、フレアそれは...つまり」


お父さんが青白い顔で聞く、誠実の契りの効果を知るお父さんなら今の姉の精神状態が少しだけ想像ついたのだろう。


「姉の頭の中は今、アルクの目の前でハンクに抱かれている。

嬌声を、喘ぎ声をアルク聞かせ、嘲け顔を向け...アルクの絶望を楽しんでる...本心は絶望して...愛するアルクを裏切る絶望を噛み締めながら...」


「そんな...」


「...アスタ!!」


崩れ落ちるお母さん、お父さんは我を忘れ隔離室の扉に手を掛けた。


「いけません!」


ローゼス様がお父さんの手を引き留める。


「離すんだ!このままではアスタが、アスタが

狂い死んでしまう」


「だめです、今アスタの元に行っては。

今錯乱...いえ発狂して魔法を乱発してます。

聖魔法を受けたら死んでしまいますよ」


「構わん、娘を助けずに何が父親か!!」


お父さんの叫びにローゼス様の表情が歪む。

ローゼス様の実家は彼女を見捨て死を願い、追放した事はお父さんも知っているはずなのに。



「...すまないローゼス」


お父さんは気まずそうにローゼス様の手を離した。


「いいえ」


ローゼス様は元の表情に戻り、覗き窓を再び見つめる。


「[睡眠(スリープ)]」


ローゼス様の言葉が響くと隔離室が静かになった。


「...ありがとうローゼス」


「ごめんねローゼス」


お父さんとお母さんはローゼス様に頭を下げた。


「やはり駄目ですね...」


ローゼス様が呟いた。


「駄目です、完全には催眠は効きませんでした。

直ぐに暴れだします」


「そんな」


「早く鎮静剤を作りましょう」


焦りを隠せないローゼス様が診療所に駆け出した。


「分かった、母さんも頼む」


「はい」


「私も」


私も続いて駆け出す。


「フレアはここに」


「何故ですか?」


「フレアはここでアスタを見張りなさい」


「分かりました」


そうだ、今のアスタを外に出しては駄目だ。

町を滅ぼしかねない。

万が一の時は命に代えても止めなくては。


扉が閉まり隔離室の覗き窓に目をやる。

姉はうつ伏せに倒れ全く動かない。

全裸なのは錯乱のあまり服を破り捨てたのだろう。


「う...」


姉の髪はまばらにしか残っておらず所々地肌が見えていた。

それだけでは無い、背中から下半身まで血だらけだ、掻き毟ったのだろうか。


「どうする?」


例え鎮静剤が完成しても誠実の契りを破った呪いは解けない。

薬物の発作と呪い、おそらく姉は狂死してしまう。


呪いを解く方法は1つだけ有る。

もう一度誠実の契りを結び直す事。

しかしアルクが凍結で眠る今、それは出来ない。


「ア″ル...グ、アル...」


うめき声で我に返る、まだ10分も経ってないが姉はもう気がついた。


「姉さ...ん...」


立ち上がった姉の姿に言葉を失う、両目は既に失われ、唇と両乳房も無くなっていた。

ハンクとの悪夢に自らの手で引き千切ったのが分かる。


「あ!」


姉は自らの手を陰部(性器)に入れた。

恐らく自らの聖魔法を打ち込むつもりだ。

そんな事をしたら死んでしまう。


「止めて!」


隔離室の鍵を開け、中の姉にしがみつく。


「ァ″ァ″...」


「止めて、死んでしまうよ!!」


姉の手首を掴み手を陰部から引き出す。

既に手首から先は血と粘液でグシャグシャになっていた。


「ハン″ク″ゥ″!!」


突然姉は私に手を向けた。錯乱し私をハンクと勘違いしたのだろう。

光輝く両腕に聖魔法が発動する事が分かる。


「に″げる″な!」


咄嗟に避ける事が出来たが流石は聖女の聖魔法、食らえば不死の身体を持つ私でも大きなダメージを受ける事が予測出来た。


「待てよ」


大きなダメージ...私が再び仮死状態になればアルクは...


私は両手を拡げ姉の前に立つ。

 

(さあ来い)


次の瞬間、眩い光と同時に私の身体を貫く衝撃を感じた。


「ガア!!」


焼け付くような痛みと引き裂く様な激痛に悲鳴の様な叫び声が出る。


(.....)


光が収まった様だ、私の両目は既に光を感じない。

いや目だけでは無い、腕も何も感覚が無い。

恐らく蒸発したのだろう。

聴覚だけが少し残っている様だ。


「...フレア!」


僅かに聴こえる声、しかし口を失った私は話す事は出来ない。

聞き覚えのある声に心で返事をする。


(ローゼス様、姉は...)


「今鎮静剤を飲ませてる、暫くは大丈夫よ。何故こんな事に?」


(...誠実の...契りを再..アスタに)


駄目だ意識が....


「分かりました、フレア、暫くお眠りなさい」


(お...願い...します...[解除](リリース))


私は意識を失った。



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