ローゼス様と一緒に... 後編
「着きましたよ聖女様」
馬車の扉が開き目映い光が私の目を突き刺す。
1ヶ月間薄暗い馬車に居た目はなかなか外の景色を認識しない。
「さあ、どうぞ」
馭者が私の手を取る。
その手は冷たく心が全くこもっていない事が分かる。
当たり前だ、彼等はアルクの仕事仲間、それだけでは無い、アルクとは心からの信頼と信用で結ばれていたのだから。
それを滅茶苦茶に壊した私に寄せる感情が良いものの筈がなかった。
無言で馬車を降り、目の前の光景が漸く見えてきた。
「ん?」
自分の髪に違和感を感じて摘まんでみた。
「白髪だね」
金色の髪が全ての色を失い銀色になっていた。
1ヶ月間魔力を使い果たしていたからだろう。
特に気にする事なく受け入れ、フラフラと目的の場所に向け歩き続けた。
「私の家...」
そこは私の家、お父さんが営む診療所だった。
前回アルクの家に寄った際、立ち寄らなかった。
『寂れた街にピッタリの診療所だな、こんな所で暮らしていたのか?』
そうハンクに言われ恥ずかしくなった私は両親が待っていたにもかかわらず素通りして凱旋の馬車に乗り込み町を後にしたのだ。
アルクの解呪を断った時の両親の愕然とした顔に気まずさを覚えたのも理由だが。
「入りなさい、アスタ」
扉の前で立ち尽くしていると診療所の扉が開き中からお父さんが現れた。
その顔は怒りでもなく、悲しみでもない。
ただ1人の馬鹿な娘を迎え入れた父親の姿だった。
「...ただいま」
うつ向きながら扉をくぐる、中は昔と変わらないお父さんの診療室があった。
「おかえりなさいアスタ」
診療室の奥にはお母さんが優しい笑顔で迎えてくれた。
2人とも薄汚れ、白髪に変わってしまった私を見ても何も言わない。
お母さんはアルクの家で見た悲しげな表情では無い、本当に静かな優しい顔だった。
「早速だが診察を始めよう、大体の事はローゼスからの手紙で分かったよ」
「ローゼス様から?」
白衣に着替えたお父さんが沢山の器具を持って現れた。
何故私の体の事を?
「3日前にローゼスから[通信箱]が(アルク)商会に届いてね。
お前の事については大体分かった」
私の事、
薬物に溺れ、ハンクに全てを捧げアルクを裏切った事。
結婚式の前日に教会の目を誤魔化す為、自らの体を治癒して仮初めの処女に戻した事...
「アスタ、泣かないで」
診療室の椅子に座った私の目から涙が次々と溢れる。
お母さんは愚かな娘の肩を優しく抱いてくれる。
その暖かさに私の心はますます絶望した。
「ふむ」
体の血を抜き、特別な器具を使い何かを判定している。
お父さんの医者の腕は王都の宮廷医師にひけをとらない腕前なのは知ってる。
「あなた...」
お母さんがお父さんに聞いた。
その険しい表情から私の体が深刻な状況なのが分かる。
「さすがは聖女の力だな。
アスタ、お前の体に残っている薬物は1ヶ月経った今でも致死量を軽く超えている」
「まさか?」
「恐らくお前を意のままに操りたくて人の限界を遥かに超えた量を飲まされたんだろう」
「あの男はなんて事を...」
お母さんが怒りの顔で呟くが私は自分の体を鑑定していた。
お父さんの診断が私の鑑定と大差無かったので驚きは無い。
2年間、討伐隊の怪我を癒し、薬物に溺れた人には薬を処方していた私だ、覚悟はしていた。
「あなた、アスタは治りますよね?」
お母さんの言葉にお父さんが静かに首を振る。
...仕方ないか
「そ、そんな...」
「...お母さん」
崩れ落ちるお母さんを支えるが真っ青な顔で力なく涙を流す姿に自らの迂闊さが悔やまれる。
「私は後どれくらい生きられるの?」
覚悟を決めてお父さんに尋ねた。
「アスタ、勘違いしてはダメだ」
「勘違い?」
「お前は聖女だ、聖女は薬物では死なない」
「本当に?」
お母さんの目に光が戻る。
「...そう」
だが私は嬉しく無い、家族を、何よりアルクを裏切った自分に生きる価値等無いのだから。
「だか薬物中毒は一生治らない、
これからも発作がお前を苦しめるだろう」
発作か、あの馬車じゃ無かったら王都から移動する事は無理だっただろう。
魔力と体力が尽きるまで毎日叫び暴れ回ったからな。
今落ち着いているのは単なる魔力切れだからだ。
「何とかならないの?」
お母さんはお父さんにすがった。
良いよお母さん、役立たずの私は発作で狂い死ぬのがお似合いだから。
(ローゼス様、ごめんなさい。
アルクを救うお手伝いは出来そうもないや)
発作ばかり起こす廃人の私。
死のう...明日にでも街を離れて1人死のう。
「アスタ、薬で発作を抑えるんだ」
「薬で?」
「ああ、対処療法だ。薬物の毒素を直接取る原因療法は無理だが一定期間発作を抑える事は出来るだろう」
「本当に?」
「しかし薬物がかなり粗悪品で今は禁止されている物だ、中毒物質の特定には時間が掛かるぞ。
それから薬を探す。
アスタ、その間発作に耐えられるか?」
「分かりません...」
発作は全身の不快感だけでは無い、脳裏にはハンクとの爛れた日々やアルクを裏切ったあの日の光景が甦るのだ。
正直、自信が無い。
「アスタ、耐えなさい」
「お母さん...」
「アスタ、耐えるのです。
アルクは呪いを受けている時、全身の激痛に一言も弱音を吐きませんでした。
フレアは全身を切り裂きながら凍結のスキルを極めたのよ」
お母さんの言葉に私は自分を恥じる。
何て馬鹿で愚鈍な女だ私は、みんな頑張っていたのに。
私のせいで私が招いた悪夢なのに...自分だけ死んで楽になろうなんて。
「お父さんお母さんごめんなさい。
私頑張ります。絶対耐えてみせます」
力強く私は頷いた。
「アスタ、これを」
お父さんは厳しい顔のまま私に一通の手紙を差し出した。
「これは?」
「ローゼスからお前に」
「ローゼス様から?」
「ああ、お前が決意したなら渡して欲しいと頼まれた手紙だ」
震える手で私は手紙を受け取る。
王都で会ったローゼス様の姿を思い出す。
昔のローゼス様と違い、心底私を軽蔑し、絶望していたあの姿を。
「中は?」
「読んだよ。
読んでから渡してくれと書いてあったのでな、母さんは読んで無いだろうから一緒に読みなさい。
絶望との戦いとはどういう物か書いてある」
(絶望との闘い?ローゼス様にそんな過去が?)
私は手紙を広げた。
[アスタ、
貴女がこの手紙を読んでいるなら絶望と戦う気持ちが固まったという事ですね。
はっきり言います、貴女は弱いです。
フレアの強さに比べたら貴女の強さは足元にも及びません。
発作に絶望し、自らの死を選ぶ姿が容易に想像出来ます。
絶望とはそれ程恐ろしいのです。
私は今まで沢山絶望しました。
盗人の神託を受けた時。
ハンクに騙され純潔を散らした時。
家族に追放されスラム街で娼婦となった時。
見知らぬ男達の慰み物となりあらゆる凌辱を受けた時。
全身を性病に侵された時等です。
これらの記憶は決して消し去る事は出来ません。
貴女がハンクと過ごした悪夢の日々も消し去る事が出来ないでしょう。
しかし本当の絶望はまだ経験が無いはずです。
私も無いのですから。
分かりますね、アルク様を失う事ですよ。
アスタ、貴女は昔言っていましたね。
アルクのお嫁さんになるのが私の夢だと。
あの時は平民との結婚を夢見る貴女の気持ちが理解出来ませんでした。
しかし今は分かります。
アルク様と過ごしたかけがえのない2年間が私を絶望から救ってくれたのです。
貴女が本当にアルク様を愛しているなら耐えなさい。
貴女が本当にアルク様に申し訳無いと思うなら薬物と戦いなさい。
そして呪いを解くのです。
それからの事はその時に考えなさい。
私はフレアと戦います。
必ずアルク様を救ってみせます。
アスタ、貴女も一緒に戦いなさい。
アルク商会支配人 ローゼス]
「ローゼス様...」
力強く書かれた文字、その内容に私の心はうち震える。
ローゼス様の壮絶な過去と強い決意に私は誓う。
[アルクを助ける]
その為だけに生きようと。




