アルク商会 支配人ローゼス 後編
翌日、王宮の地下にある牢獄に私とフレアは来ていた。
目の前には裸で首と胴体を拘束され立ったままのハンク。
手足は切り取られたままで何故か足元には(足は無いが)大きな樽が置かれていた。
気を失い苦悶の表情を浮かべているその顔を見るだけで殺したくなるが勇者の死刑は禁止されている。
ましてやこいつは隣国の貴族だ。
本来なら勇者の拘束は外交問題に発展しかねない。
しかし今回はやらかした事が事だけにハンクの処分は全てナバーロ王国に委ねられた。
つまり見棄てられたのだ。
「フレア」
「はい」
私は隣にいるフレアを呼んだ。
フレアとはアルク様の家で再会した。
昔と違い地味な姿をした私に気づかず、随分時間が掛かった(分かった時、何故か怯えた目をされたが)。
フレアは躊躇い無く手にした短剣でハンクの胸板を軽く切り裂く。
昔のフレアを知る私としては意外だ、大人しく争いや血を見る事を好まない子だった。
それだけ怒りが激しいのだろう。
「ギャー!!」
痛みに覚醒したハンクが叫ぶ。
その無様な叫び声に私とフレアは顔をしかめた。
(こいつ失禁したな?)
ハンクの陰部から流れる小便が足元の樽に溜まる。
(この為に樽が置かれていたのか)
くだらない所に納得してしまう。
「沈黙」
五月蝿いので私のスキルで黙らせる。
酷い神託を受けた私は生きる術を探る為、少しでも有用な人間であると家族に認めて貰おうと死に物狂いで極めた数々のスキル、全て無駄だったが。
「久し振りだなハンク」
口を大きく開け無音で叫んでいたハンクが落ち着いた所で話し掛ける。
『......」
声が聞こえなくともハンクの言っている事は私のスキル[洞察]で全て分かる。
私が誰か気づかない様だ。
このままでも構わないがフレアには何の事だかわからないから解いてやろう。
「解除」
「た、助けてくれ!アルクの呪いは俺がアスタに言えば必ず解いてくれる」
「本当かハンク?」
喋らした途端にこれか、やはり屑は直らん。
フレア、お前は殺されかけたのに単純過ぎるぞ。
「おいハンク」
「だ、誰ださっきからお前は?お前なんか知らねえぞ!」
唾を飛ばしながら私を睨む、こんな状況で絶望しないのはさすがだな。
「元婚約者をお忘れ?」
一纏めにしていた髪を解きながら眼鏡を外しハンクを見る。
ハンクの目が大きく見開かれた。漸く思い出したか。
1歳下のハンクとは親同士が決めた婚約者だった。
ハンクに愛は無かったが情くらいは感じていた。
少なくともあの時までは。
「ロ、ローゼス」
「そうよ、久し振りね。いつ以来かしら、アルク様の家?それとも貴方のご実家?」
(ハンクの)実家と聞いた屑の顔色が変わる、心を見るまでも無い。
思い出したのだろう、神託で絶望した私を知り『助けてやる』その言葉を信じノコノコ出掛けた私を...
こいつは犯した、初めての私を。
更に取り巻きから金を取り、数人から輪姦されたのだ。
「お友達はお元気?あの時は望みを聞き遂げていただけず残念でしたわ」
翌日、屈辱と痛みに泣く私に、この男は言った。
「お前の様な下賎な神託を受けた女が私の婚約者?
婚約は破棄だ、出ていけ、さもなくばこの場で切り捨てる!」
刀の柄に手をやり、嫌らしい笑みを浮かべ威嚇するハンク。
取り巻き達の目にも堪えきれない笑みが滲んでいた。
慌てて服を着て待たしていた馬車でハンクの実家を後にした。
あの屈辱は3年経った今も当然忘れない。
「あれは違うんだ、俺はお前を助けようとした!
い、家が、そうだ親が止めたんだ、だからやむを得ず...」
よくもまあ、この男はベラベラと口から嘘を。
「黙れ」
フレアが威嚇しながらハンクを睨む。
騙されそうになったと気づいて頭に来たのだろう。
でもやり過ぎだ、またハンクから....
こいつ脱糞したな?
「誰か!」
外に控える牢番を呼び樽の交換を頼む、ついでにハンクの使っていた王宮内の部屋に置かれていた荷物も牢内に運びこんで貰った。
「おいハンク」
フレアが髪を掴み上げ荷物を見せる。
しかし反応が薄い、何が始まるのか分からない様だ。
「お前、[宝箱]をどこにやった?」
ハンクが目を剥いた。
[宝箱]それは王国と魔王討伐隊の連絡用に使われていた通信箱の通称。
簡単な転移魔法が予め箱に内蔵されており、魔法が使えない人間でも使える。
「知らん」
目を逸らし、口を閉ざしたハンク。
まあ喋らないだろうな。
お妃の[読心]でハンクの心を読む事は出来る。
しかし腐っても勇者、警戒された心を読むには魔力の大量消耗が予想された。
だから私が来たのだ。
婚約破棄になってから身につけたスキルだからハンクは私が心を読める事を知らない。
アルク様を救う為なら過去の忌まわしい記憶くらい幾らでも晒す覚悟は出来ている。
「成る程...」
ハンクの心を読みながら溜め息を吐く。
最悪の事態(アルク様を救えない)は避けられた、しかし困難な道が見えてきたのだ。
「フレア、止めなさい」
短剣でハンクの全身に切り傷を作っていたフレアを止める。
ハンクは私を見て助けてくれたと勘違いしているが誰かレイプした男を許すと?
こいつの頭の中は大丈夫か?
「ハンク、面倒な事をしたな」
「え?」
「討伐で寄った町で行った数々の悪事。
その記憶(レイプ、窃盗、暴行等)を被害者から奪い、転移先を滅茶苦茶に改変した宝箱で世界中に跳ばすとはな...」
「何故それを?ローゼスお前俺の心を?」
慌てて心を隠すハンクだがもう必要な情報は貰った。
こいつは用済みだ。
「記憶を奪ったら現れる記憶の塊か...まあ人が見ても宝石にしか見えないが、もし誰かに解析されたらと考えたらそりゃ捨てるしかないな」
「やめろ!」
「お前も馬鹿だな、折角全て処分したのに。
王都に戻るなり何したんだ?また3個も記憶の塊を作って」
ハンクの部屋に残されていた記憶の塊をフレアに渡した。
手のひらに簡単に収まる大きさ、成る程宝石にしか見えない。
「まさかフレア、お前...嘘だろ?」
「解析」
フレアの呟きをハンクが絶望した顔で聞いた。
記憶の塊の中身を知るには最高度の解析スキルがいる。
フレアはそれを身につけていたのだ。
アルクを救う為、それこそ寝食を忘れて。
残念ながら解けない呪いと再確認しただけだったが。
「どうだ?」
3個全ての確認を終えたフレアに尋ねる。
中身は大体想像出来るが。
「全て強盗と女性と思われる人物への暴行でした。
被害者の特定は容易でしょう」
「そうか、よかったなハンク、これでお前の拘束は60年延びたな。
これまでの罪とあわせて250年か。
地下に居る限りは年齢は取れないから死なないし、飯は口に捩じ込んでくれる。
糞尿も取ってくれるから至れり尽くせりだな」
フレアはハンクの罪状を追加して貰う為、一足先に牢を出た。
外には常に牢番が見張っているのだ。
「糞...」
2人になった牢内でハンクが小さく呟く。
まだ反撃の機会を窺っているのか?
それは大変な気苦労だ、早く取って上げないと。
...元婚約者として。
ハンクの耳元に口を近づけ囁く。
「おい、ハンク。
お前のスキルは全て奪った」
「何だと!」
「[沈黙]」
五月蝿いからまた黙って貰おう。
「確認してみろ、私の取って置きのスキル[略奪]は凄いぞ」
笑みを浮かべ、ハンクから離れる。
その目は私の言葉がハッタリで無いと確認したのだろう、絶望がハッキリ見えた。
略奪したスキルは人に譲れないし、そもそも神託が違うから私には何のスキルを奪ったのか内容が見えない。
頭の中に置いておくしかないのだ。
ただハンクの絶望した顔から想像するとスキルで脱出を考えていたのだろう。
良かった、早く諦めてくれそうだ。
おや?また失禁したのか。
牢番を呼ぶついでに行くか。
「ゆっくり長い時間を掛けて楽しんでくれ、それじゃあな[解除]」
ハンクの絶叫を背に受けながら牢を出た。




