アルク商会、支配人ローゼス 前編
アルク様のお世話があるのに遠く離れた王都に呼びだされ不満が高まっていた。
賢者のスキル[凍結]は未知の事が多い。
不測の事態を考えたら行くべきでは無いと分かっていたが、
[今回だけは頼む]そう陛下直々に手紙に書かれては無視する訳にも行かず、私はフレアと共に王宮に来た。
今回の断罪劇は正直...茶番だ。
私は2年前陛下に言ったのだ『ハンクを討伐隊の女達と行かせては駄目だ、魔王の止めだけ連れていき最後の一撃だけさせろ』と。
恐れていた通りの結果に溜め息しか出ない。
確かに陛下と王妃は国政面は素晴らしい。
しかし魔王討伐に関しては教会の言いなりでしかない。
あの連中は勇者と聖女、賢者の3人セットで旅をして魔王を倒す物と思い込んでいる。
そんな馬鹿さ加減にほとほと愛想が尽きる。
私にとってこれからする事は気が進まない。
でもやらなくては駄目なのだ。
アルク様の為にも。
「アスタ」
扉が開き、死んだ目をしたアスタが出てきた。
本来なら痛ましい姿なんだろうが、ざまあみろと言う感情と殺したいくらいの憎しみしか湧いて来ない。
「ローゼス様?」
蚊の鳴くような声、あの時私を蔑んだ目はどうした。
「久しぶり、学校かな?いいえアルク様の家以来よね」
私の言葉にアスタの体が震える。
『アルク様の家』呪いを解いて欲しいとアルク様の部屋の前で3人並び頭を床に擦り付けてお願いした時。
「元気無いわね、まあ結婚がパーになりゃそうなるか?
それとも愛しいハンク様が芋虫になったから?」
性格が悪いと思う、しかし良心は全く痛まない。
あの時私が...いやアルク様のお父様やお母様が味わった屈辱と絶望に比べたら甘過ぎる。
「ごめんなさい...」
ひび割れた唇から聞こえる掠れた声、私の我慢は限界を越える。
「ふざけるな!私達がどんな気持ちでお前を待っていたと思ってるんだ!!
操られていた?薬?
そんな物言い訳になるか!
聖女のお前なら薬の鑑定位出来ただろ!
絶望からお前は逃げただけだ。
何が聖女だ、婚約者を裏切り見捨てる事が聖女の勤めか!」
「止めて!!」
アスタは耳を塞ぎ、踞った。
「アスタ、貴女死ぬ気ね?」
無言で震えるアスタだが私の声は聞こえているだろう。
「それがアルク様への償いになると思ってるの?
それでアルク様が助かるの?
貴女の屑みたいな命がアルク様と釣り合うと?」
言いたい事は山程ある、しかし死んで貰ったら困るのだ。
アスタにもフレアにも。
「どうしたら...?」
この女はまだ分からないのか?
学校で私になついていた時の聡明さはどうした。
「失った記憶を探すのよ」
「記憶?」
「そうよアルク様の呪いを解く記憶をね」
「でも、それはハンクが...」
苛つく!
フレアの方がよっぽど使えたわ!
こんな鈍重で愚かな女がなぜアルク様の!...
駄目だ落ち着こう、絶望している時は愚鈍な物だ、アルク様と出会った時の私の様に。
「それは私が何とかします。
貴女は先ず体を整えなさい」
「体を?」
「貴女は今完全な薬物中毒者よ」
「...まさか?」
中毒者はみんなそう思うだろう。
しかし私の観察力を使う間でもない。
ハンクがアスタに使った薬の種類は知らない。
しかしアルク様の家で見たアスタの目に見覚えがあった。
あれは薬物中毒者の目、スラム街でいやほど見た腐った人間の目だった。
まさか聖女が薬の中毒者と思わず見逃してしまった自分の不覚が悔やまれる。
「わ、私どうしたら...あ、あ..あ...薬が、薬が...」
自分の状態を理解したのかアスタは震える両手で私を掴んだ。
「嫌!そんな薬って知らなかったの!
ハンクは安定剤だって中毒性は無いって!」
どうやら自分の状態を鑑定したのだろう、本当に馬鹿な女だ。
魔王討伐に出て薬に溺れる隊員は多い、アルク様はそんな隊員の為に解毒薬や安定剤を大量に送っていたのに今まで自分の症状に気づかなかったのか?
「く、薬、ローゼス、薬をちょうだい、早く!」
やっぱり暴れ出した、中毒者の典型だ。
王宮の中は強力な結界が張られている。
魔力が暴走しても混乱した状態なら被害は出ないだろう。
放って置いても暫くすれば魔力が尽きるが、血だらけでのたうち回るのを見るのは気分が悪い。
「睡眠!」
仕方無いのでアスタを眠らせる。
本来なら聖女のアスタに催眠系のスキルは効かないが今の状態なら私の神託[盗人]の持つスキルで充分だ。
苦痛に喘ぐアルク様を眠らせる為死に物狂いで極めたスキル、アルク様以外に使うのは不本意だが。
「連れて行きなさい」
後ろで気配も無く控えていた商会の人間に命令する。
彼等も私と同じ盗人の神託を受けてしまった人だ。
気配を消すスキルを持っている。
だが悪事には決して手を染めない。
アルク様と約束したのだ。
[誠実]に生きると。
外には商会の馬車が待っている。
犯罪魔術師を護送する時に使う特殊な馬車に乗せて、彼女は故郷で薬物を抜いて貰う。
面倒な患者だが実の親だから見捨てはしないだろう。
「次はあいつか」
引き摺られ廊下の向こうに消えて行くアスタを見送りながら、明日因縁の相手と対する心の準備をする私だった。




