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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
22/38

時の魔術師


 何が起きたのか分からず、セリアは茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。


 いや、それは彼女だけではない。


 その場に居た全員が、今まさに地面に転がり落ちるナニカを上手く認識できず固まる。


 一番に動いたのは、片割れの彼。

「リュシアンッ!!」

 黒の弟が、白の兄に駆け寄る。


「………りゅ、し、あ、ん?」

 ゆっくりとした動作で地面に転がり落ちる様は、この世が速度というものを失くしたのかと思わせるよう。わざとセリアにこの瞬間を焼きつけさせるかのように動く様に、何か魔力が働いているのかと思わずには居られなかった。


 白でなければならないはずの彼は、今、赤い何かを身に纏っていて、まったく似合っていないぞと軽口を叩きたくなった。


 そうしなければ、いけない気がしたのだ。


 でなければ、下腹部の辺りがきゅっと締め付けられて、身体の芯が凍るように冷えていくのを止められなかったから。

 セリアは完全に己の立ち位置や置かれている状況を忘れて、少し離れた場所に居るリュシアンに注意を奪われていた。


 黒い何かは、次にそんな彼女に狙いを向ける。

「姫さん!」

「姫さま!」

 思わず、キャロンが魔術を発動させた。


 すぐさま六人の周囲を結界が覆った。それにより、敵の攻撃は跳ね返される。


「姫さま、しっかりなさいませっ!」

 慌ててキャロンが駆け寄り、その身体を揺さぶる。


 彼女の瞳は、それを所有する人物の心が今この場にない事を如実に表していた。


 ぞっとするほど、冷たい目。 


「リュシアンっ、おい、しっかりしろ!リュシアンっ!」

 そんな中、ジェラミーの悲痛な叫びが木霊する。


 不意に、セリアが首を動かした。その視線の先に居るのは、尻餅をついて意味もなく瞬きを繰り返す双子達の兄。


「きさまぁぁぁぁ!」

 先ほどまで冷たさに火傷をしそうだった瞳の瞳孔が一気に開き、今度はその激昂の熱さに火傷をしそうだった。


 セリアの身体を瞬く間に炎が包み込む。 

 それは飛び火し、あっという間にその場に居た黒いモノすべてを燃やし尽くしていった。


 それでも彼女の怒りは収まらない。セリアの作り出す火はいつの間にか森の木々にまで引火していた。


「ひっ!」

 背後に業火の如き火を纏い、その瞳を炎で揺らしながら、ゆらりと近づいてくる少女に、ユラウスは尻餅をつく。そのまま震える身体でどうにか背後に身を逸らそうとするも、恐れからか己の身体は震えるばかりで使い物にはならなかった。


 このままではユラウスまでも火炙りにしかねないセリアを、キャロンとノアは必死抑え込み距離を取りながらリュシアンの元へと誘導する。

 横たわる白い彼の身体を貫いているのは、先ほどの敵の光線。

 脇下に肉眼で確認できる大きさの丸い穴が開いている。


「くそっ、血を流し過ぎてる!」


 双子の弟は、自分の着ていた上着を脱ぎその患部に当て、これ以上の流血は許さないとばかりに手当を行っているが、場所が悪かったのだろう。

 血は止まる気配を見せない。

 真っ黒であるはずだった彼の上着は、どこかどす黒い赤に染まり、吸いきれなかった血が滴り落ちていき、その地面に真っ赤な血だまりさえ作り出していた。


「りゅ、しあ、ん。………っリュシアン!!」


 血の海に横たわる彼の元へ駆け寄った時には、セリアの炎はものの見事に消え去ってしまっていた。


 ジェラミーと向かい合うように、自分の服が汚れることも気にせず膝をつくと、震える手で青白い彼の手を握った。


 リュシアンは浅い息を苦しそうに繰り返している。


「ば、馬鹿者がっ。なぜ、庇ったりなどした!私は魔術師だ。自分の身ぐらい守れるというのにっ!」

 こんな時でも、セリアはセリアでしかない。


 可愛く追いすがる言葉などあるはずもなく、思いとは裏腹に口が紡ぐのは、自分を庇ってくれた彼を責める言葉だけ。

 ―――こんなことが、言いたいわけではないのに。


 それでも、リュシアンは小さく笑っていた。

「………だって、気が、ついたら、からだ、うごいてたんだ、よ、ごめん」

「何も、しゃべるなっ………」

 握る手に、無意識の内に力が篭る。


 魔術師には、それぞれ適正能力というものがあり、決して無敵ではない。


 セリアは攻撃、そしてキャロンは守りの。

 奇しくも今の二人は、治癒能力は所持していなかったのだ。その魔術の適応性が最も高かったのは、セリアの兄オーウィン。


 セリアは己の視界が不明瞭な何かに覆われ、視界がゆらりゆらりと揺らぐのがわかった。

 そして、それが最大限にまで溜まった時、収まりきらなくなった涙がはらはらと彼女の頬を伝い落ちて行く。


 その様を見ていたリュシアンは、こんな時にも関わらず、涙を流すセリアを見て美しいと思った。どこか途方にくれた幼い表情すら浮かべている彼女を愛おしく思う気持ちが溢れて止まらない。


 これ以上にないほどに柔らかな表情を、血の気を失った青い顔に乗せ、彼は口を動かした。

「な、まえ」

「っ?」

「やっと、な、まえ、よんで、くれ………た」

 本当に小さな声でそう呟いたリュシアンの瞳がみるみる内に濁っていく。


 あの世からの迎えがすぐ傍までやってきている証拠だ。

 彼は血を流し過ぎた。


「いや、だ!いやだっ!!」


 300年前の己を唐突に思いだし、セリアは声を上げる。人はいとも簡単に、この手から消えさるのだ。前世の自分が、そうだったように。


「私を置いて、逝くなっ」

「リュシアン!りゅっ………兄さん!おい!俺をっ」

 両側から、セリアとジェラミーがリュシアンに縋りつき、泣きじゃくる。



 完全にその場の雰囲気に呑みこまれたキャロンとノアは、脳裏がうまく作動する間も与えられないまま、そんな彼らを見つめ立ち尽くしているしかなかった。


 しかし、リュシアンの瞳から完全に光が消え去る刹那、不自然でけれどどこか暖かさを思い起こさせる白い光が彼の身体を包み込んだ。


「!?」

 魔術師であるセリアとキャロンには分かった。

 それもまた、魔力によってできた光であるということが。


 

「間に、あった、かな」



 声が聞こえ、振り返ったそこには、今世の時の魔術師、マルセル・アスキウレの姿があった。





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