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灰色の乙女は悲劇の恋歌を唄う  作者: あかり
第一幕
23/38

兄への叱咤


 屋敷にて意識を失い眠りについていたはずのマルセルは、いつもの何を考えているか分からない、セリア曰く人の喰えない狸のような笑顔でそこに立っていた。


 けれど、その顔は青白く、肩は激しく上下に動き、更には右腕を左脇に挟んでいる様はまるで心臓の痛みを抑えているようにも捉えられ、彼が立っていることすら奇跡のようにも思われた。


「マルセル様っ!」

 急な出現に呆気にとられていた一同だったが、キャロンが声を上げて彼の傍に駆け寄れば、ノアもその後に続き慌てて身体を支えた。

「なんて無茶を!」


 もう一人の魔術の師でもあるキャロンが、己の魔術を緩やかなに流し込みながら苦言を呈するけれど、マルセルはその笑みを弱めることなくノアの手を借りてゆっくりとリュシアンの元に歩み寄る。


 光の包まれた彼は、もう血は流してはいない。しかし、それと同時に、彼から心の臓の鼓動が聞こえなかった。


 マルセルが、リュシアンの時を止めたからだ。

 あのままでは、リュシアンは失血死していただろう。

 血をこれ以上流さないようにするには、リュシアンの時を止め、適切な場所に移してその時を進めることが優先された。


 けれどそれも、どれほど持つかは分からない。

 マルセルはまだ魔術師見習いの身であったし、それになにより、彼自身もまた危ういのだ。


 瞬時にその場の状況を把握したセリアは、濡れる頬を拳で強く拭い取ると、すぐにキャロンを振り返った。


「キャロン、状況は一刻を争う。私も手伝おう、いけるな?」

「やるしかありません」

 琥珀の少女が灰色の彼女に問いかけ、灰色の少女が琥珀の彼女にしっかりと頷き返す。


 同じようなやりとりを以前どこかで聞いたことがあったノアは、マルセルを運び終えるとすぐに少し遠くに座り込んだままのユラウスの回収に向かった。


「お前のことは、後だ。………逃げんなよ」

 ユラウスの前に片膝を付いたノアは、押し殺した低い声でそう告げた。


 例えいけ好かないリュシアンだとしても、こうして憤りを感じるぐらいには情が移ってはいたらしい。


 目の前の元凶を前に、ノアは激昂のままに殴り倒したくなる己を律しその胸倉を掴んだ。


「お、おい!」

 相手は確かに位が高いかもしれないが、少しぐらいは乱暴にしても罰は当たらないはずだ。

 藍色の髪が特徴的な青年は、無言で立ち上がると、胸倉を捕まえた青年の体勢を整えることもなくそのままの重力に任せて引きずり始めた。


 ここは森の中で、特別地面が整備されているわけでもない。

 加えて、胸の辺りを乱暴に掴まれ、特に手加減されるわけでもなく引きずられているものだから、地面のあらゆる物が、容赦なくユラウスの体のあちらこちらを刺激する。


 下の方で批判の声が聞こえるが、ノアはあえて黙殺していた。


「行きます。皆さん、捕まって!」

 ノアと、彼に引きずられ満身創痍になる直前のユラウスの姿を認めたキャロンが鋭い声を出せば、それを合図にしセリアとマルセルがそれぞれの腕で近くに居る人間を掴んだ。



 視界が反転した。



 

「!」

 この中で唯一状況を理解していないユラウスは、突然現れた自分の屋敷を目の前に、尻餅をついた体勢のまま固まっている。

 周りでは、助けを求める声で溢れているというのに、彼だけは、目を瞬かせて建物を仰ぎ見る他なかった。

 

 担架に乗せられて、自分の弟が運ばれていく。


 もう一人の弟はもちろんの事、出会った時からふてぶてしい態度を取り続けてきた不可思議な少女達、そしてこちらも担架に乗せて運んだ方がいいのではと思わせるほど顔色の悪い公爵家の嫡男。


 大勢の人に囲まれて運ばれていく弟を見送って、今更ながらユラウスは自分のしでかした事の重大さに思い当たり、手が震えだすのを 見下ろすしかなかった。


 ―――自分のせいで。


 己を叱咤する良心と、認めたくないと駄々を捏ねる幼い心が、彼の体内で暴れている。

 地面に無様に座り込み、下を向いて現実を逃避しようとする彼はまるで捨てられた子犬のようで、周りは誰も彼に近づくことが出来ないでいた。


 そんなユラウスの隣に、並び立つ者が居た。

 彼と同じように、建物を仰ぎ見るような形で佇む青年。


「全部、お前のせいだな」

「っ」

 容赦ない指摘に、ユラウスの肩が大きく跳ねた。

 それでも次期公爵家当主の青年は無言を貫く。

「………お前、は、行かなくて、いいのか」

「あいつは大丈夫だ。姫さん達がついてる。それに、オレは言ったよな、後で覚悟しとけって」


 自分の事など捨て置けという意味合いを込めて発した小さな言葉は、ノアにより一刀両断にされた。


「お前の馬鹿な行動のせいで、俺達は巻き込まれ、お前の弟は生死を彷徨ってる」

「わ、我はっ!」


 否定の言葉を叫びその勢いで上を仰ぎ見れば、藍色の瞳に激昂の赤が浮かんでいるようにすら見えて、言葉が行き先を失った。 


 夜も深い今、常ならば明かりもなく静まり返っているはずの屋敷も、重症の当主家次男に加え客人であるアスキウレ家嫡男も負傷して戻ってきたこともあって、明々とした中で沢山の人々の行き交う気配が止まない。


 屋敷より零れる光が、自身の色で夜闇に溶け込みそうになるノアを明るく照らし、その怒りを倍以上に見せているようだ。

 同じ大人の男同士だというのに、今はノアの方がよほど大きく見える。


 これ以上は何も聞きたくなかった。


「ほぉ、言い訳があるってか。言ってみろよ」

 幼い頃より修羅場を潜ってきたノアの本気の怒りを前に、ユラウスの身体は萎んでいく。


 それでも、彼の元来の性格は嘘は付けない。

「わ、我は次期当主として、ここの民のために事件の解決をしようと!!」

「自分の力を買い被りすぎなんだよてめぇは!!もっと現実をみろ!何が事件の解決だっ!まともに剣すら扱えねぇくせに!!」


 ユラウスの物言いに抑えていた理性の鍵を壊したノアは、その胸倉を掴み、思い切り地面に押し付けた。


「俺達がこの事件のためにここに来たのを知っていながら、おめぇは平民だからと見下しやがる。なんだあの夕食は、あぁ?俺の姫さん舐めんなよ。俺達だって仏じゃねぇんだ。あんな態度取られたらいい気分だってしやしねぇよ」


 喉元の辺りを締め上げられ、ユラウスは苦しそうに呻いた。


「誰も助けなど求めては居らぬっ!」

 この後に及んでも、彼の口から零れ出るのは自分を正当化しようとする言葉達のみ。

「………親父さんが言った通りだな。自分が一番でないと気が済まない性格のお前は、是が非でも自分の手でどうにかしようとする。その傲慢さが回りにどう影響するか知ろうともしねぇでな!」


 ノアが吐き捨てるように言いながら、自分の下に居る相手を見れば、その顔は追い詰められた人物のそれで、顔色も心なしか悪い。


 ノアは思った。


 きっとミネルバ家の当主は、こんな風に彼を追い詰めたいわけではなかったのだ。しかし、父親の彼ですら手をあぐねていたから、こうしてセリア達にお願いしたに違いない。


 この事件のせいで家に寄りつかなくなった長男に直接伝えることは諦め、セリア達と自然と関わりを持ってもらい、そうして彼女達の人となりを知っていく過程で人として必要な何かが育てばいいと願って。


 彼の願いは見事なまでに上手くいかなかったようだが。


 しかし、結果こうして大きな犠牲を払う事で、ユラウスは己の非を思い知った。


 時間はかかるだろうが、もう、今までのような横暴さは無くなるだろう。


 泣く一歩手前のユラウスを見下ろして、小さく溜息を零したノアは、ようやくその胸元から手を離した。

 本来ならセリアがしなければいけないことだが、今の彼女達にその余裕はない。かといって、時間を置けばあぁいった性格の人間はすぐに自分の非を忘れる。だからこそ、ノアが動いたのだ。


 地面に仰向けに転がったままの状態のユラウスにはもう何も言わず、ノアは無言で屋敷の中に入っていった。







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