06 BENクー 著 紅葉 『紅い空』
時折冷たい風が吹きつける晩秋の日。眩しい陽光が雲一つない空を薄青色に照らす八つ時であった。
大銀杏から降りそそぐ落葉は、寂びれた社と閑散な境内を黄一色に染めている。
乾新十郎は、立ち上がって鞘を払うと白装束姿の榊小太郎と美祢に対峙した。
新十郎は、たしかに師である義父を殺めた。それが仇討ちの理由であることも分かっている。だからこそ小太郎と美祢の姿を見た時、二人の意見を容れて藩命を待ったことが却って二人を苦しめることになったと後悔した。そもそも師を殺めた時に自刃するつもりだったからだ。事ここに到り、二人にしてやれることは何かを新十郎は考えるしかなかった。
過ぐる日、指南が度を越した義父は、小太郎が動けなくなるまで木刀で打ち据えた。数年前から興奮すると自制心を失うようになっていた義父は、抜刀して倒れた我が子を殺そうとした。新十郎は、それを止めようとして誤まって義父を刺してしまったのだ。
「さあ、参られいっ!」
新十郎は、刀を上段に構え直すと敢えて大音声で呼びかけた。
声を聞いた途端、涸れたはずの涙で美祢は何も見えなくなった。小太郎も構えた刀を下げかけた。
「小太郎どの、参られよ」
その声は、酒杯を傾けた時に聞いた気さくな義兄の声だった。
武士の面目と苦渋。小太郎が藩の剣術指南役を継ぐためにも、また指南役として家の面目を保つためにも、たとえどんな経緯があろうとも父を殺めた師範代を討たねばならない。小太郎は、義兄を討つために生かすことになったのが悔まれてならなかった。
それでも、今にも崩れ落ちそうな姉の姿と義兄の声に意を決すると、体と刀身を重ねるように新十郎の胸に飛び込んで行った。振り下ろされれば己も斬られる。相打ち覚悟の無謀な突進だった。
ところが、その切っ先が届く寸前、新十郎は刀を投げ捨てて小太郎を受け止めた。小太郎の構えから相打ちの意図を察したからだ。
『不思議だ』
新十郎は、痛みより体の力が抜けていくことに奇妙さを感じた。
「ひき抜け!」
大声で叫んだつもりだったが、その声はかすれた呟きでしかなく、小太郎も震える体を動かすことは出来そうになかった。
新十郎は、最後の力を振り絞って小太郎を突き放すとそのまま仰向けに倒れた。舞い落ちる葉が渦を巻くように降りそそがれる様がその目に映った。
『落ち葉も紅い。空も紅い。もう夕暮れか…』
雲一つない空は透き通った青空で、降りそそぐ落葉も変わらず黄一色である。ただ紅く染まっていたのは新十郎だけであった。
-おしまい-




