01 ピコ 著 紅葉 『再会』&都会 『絶滅危惧種』
【再会】/紅葉
気が付くと、雑木林の中を無我夢中で歩いていた。落ち葉がざくざくと音を立てる。まだ信じられないでいる。彼女が死んでしまったことを。
夏に来た時は、青葉が茂って、涼しげで、生き生きとして、とても美しい所だった。今は夕日が辺りを悲しく染めて、紅く色付いた葉が、切なく風に揺れている。
彼女の影を探しに来た。なぜか、ここに来れば会えるような気がして。
切符を買って、急いで乗り込んだ電車は、進むにつれ人が減って、まるで別世界に僕を連れ込んで往くようだった。それでも構わなかった。どんな世界であれ、再び出会えるのなら。
日がかなり沈んで来た。僕は走った。足元の落ち葉が舞う。太陽よ、もう少しだけ時間を下さい。彼女と過ごしたあの日を、どうかもう一度だけ僕に……。
キラリ、と一瞬輝くと、無情にも山の向こうに沈んでしまった。その時。ざぁっと音を立てて、沢山の紅葉が渦巻いた。冷たい秋の終わりの空気が、肌を掠めていく。そしてその向こうに。――彼女がいた。
「実季子!!」
体中から絞り出して、出来るかぎりの大声を上げる。彼女は無数の木の葉の向こう側で、優しく、優しく、微笑んだ。
「行かないでくれ!!」
脚が竦んで動かない。僕が来るのを拒むように、彼女は微笑み続けている。――そして。最後の光の粒が消えてしまうのと同時に、紅葉も、彼女も、消えてしまった。僕はしばらくの間、瞬きすすら出来なかった。
終電になんとか乗り込み、冷えてしまった手足を揉む。車窓から、思い出の景色が反対側に流れていく。不思議と、心は満たされていた。
本当の本当に、最後の一瞬。消えてしまう前に、彼女が言ってくれたような気がした。
“生きて”
と。
一ヶ月前の、まだ秋が始まったばかりの頃、僕の恋人、島田実季子は死んだ。交通事故だった。別れの言葉すら聞けないままで、僕は途方に暮れた。死んでしまおうかとも思った。今日、なぜかあの場所に足が向いたのは、彼女の仕業ではないかと思う。
「ありがとう、実季子。」
温かい息を、手に吹きかけてみる。僕は、生きている。彼女が見られなかった景色、彼女が聴けなかった音楽。彼女が生きられなかった人生。変わりに、なんて、おこがましい事は言えないけれど、生きてみようか。見てみようか。聴いてみようか。
「……実季子。」
その愛しい名前を何度も何度も呟きながら、ガタンゴトンと、揺られる。
ふと気が付くと、ジャケットの左胸ポケットにいつの間にか紅葉が一枚入り込んでいた。そっと取り出して、眺めてみる。また、行ってみよう。あの場所へ。僕はいつまでも、彼女と共にいたい。会えなくてもいい。あの笑顔を忘れないでいよう。
もう一度ポケットにしまい、胸に手を当てた。彼女の鼓動が、微かに甦ったような気がした。僕は、いつまでも隣にいるよ。そう、呟いた。
end
【絶滅危惧種】/(都会)
空が狭くなった。そして色がくすんでいる。昔はもっと透き通るような青色をしていたと思うが、それももう思い出せない。
仲間は、みんなどこかへ行ってしまった。こんな住みにくいところでやってられないと、少しずつ減っていった。
祖父さんの、そのまた祖父さんの、そのまた祖父さんの代から、ここに住み着いている私としては、いくら変わっても、故郷は故郷。やっぱりこの地で最期まで生きていたいと思う。
人間も変わった。昔は、もっと穏やかな顔つきをしていたし、優しかったが、最近では、みんな魂を抜かれたようにしている。疲れている。どんよりしている。
そして、見えないものをあまり信じなくなった。この世ってのは、見えないもので大方出来ているってのに、大事なものを忘れていくような気がする。
川の土手に寝転がる。ここも昔は、清らかな美しい川で、女が洗濯をしたり、子供が水浴びをしたりしていた。今は臭くて汚くて、魚の数も大分と減った。私たちも、いずれ消えていくだろう。
賑やかな声が聞こえてきた。少年たちが近づいてくる。学校帰りだろうか。
私はゆっくりと起き上がる。やれやれ。
「で、でた―――!!」
少年たちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「まだまだ捨てたモンじゃないな。」
ぼそっと呟くと、頭のお皿を、濁った水で潤した。
end




