12 まゆ 著 幸運 『猟奇殺人鬼あらわれない!』
俺は、まぶしい朝の光に、まぶたを半開きにしながら駅に向かって歩いていた。ネトゲにはまって不登校になってから、もう一月が過ぎている。この前は残暑が厳しく汗だくになっていたと思っていたが、今は学ランの袖から入ってくる風が寒いくらいだ。
駅の周辺はたいへんな人混みだ。タバコ、香水、汗、そんな臭いに鼻が曲がりそうだ。こんな愚民どもなど、俺の剣一降りで十人はかたづけられる。ま、ネトゲならだけど。今からでも家に戻ってパソコンの前に座りたいのだが、ハードディスクがクラッシュしてしまっていた。修理するよう親に頼んでも相手にされそうもないので、学校へ行くかわりにしてくれるよう頼んだのだ。ま、直れば、ネトゲ三昧の日々にもどれる。我慢のしどころだ。
しかし、よく考えたら、くそ真面目に学校へ行く必要もないな。さぼってネット喫茶にでも行ってネトゲの続きをやればとも思ったが金がない。今更、学校へ顔を出してもバカにされるだけだ。自慢じゃないが、俺は、どこにでもいる普通の高校生ではない。普通よりかなり下。ルックス、成績、スポーツどれも苦手だ。今の高校だって、まぐれで入ったので、試験でも赤点しかみたことがない。このまま通っても留年確実ってことだ。
学校へ行かずにどこへ行っちまおうかと思案しつつあたりを見回した。
そのときである。
灰色の人混みの中に、まぶしい光が俺の目を刺した。
羽鳥優美! 我が校のマドンナ(死語)! 俺も写真を持っている!
まあ、早く言えば、美少女。語彙がないとか言われるとしゃくだから一応、描写すると、輝くような白い肌、流れるような黒髪、折り目正しい制服を着て、細い足首で凛として歩いている。成績優秀、眉目秀麗、清純可憐なあこがれの人だ!
なんという幸運だろう。
たまには登校してみるものだ。
俺は、その光に引きつけられるように後を追った。
背が低い俺は人混みが苦手だが、彼女放つオーラは人混みでも鮮明だ。見失わず改札をくぐりホームまで行き着いた。
電車が停車するとドアが開き、どうでも良い群衆がはき出される。そして、彼女は群衆に紛れ電車の中へ吸い込まれる。
こ、これは、得体の知れない凡人どもの中に清く汚れない少女が投げ込まれるようなものではないか!
放ってはおけない! 俺も後へつづいた。
電車の中はすし詰め状態だった。なんで、こんな思いをしてまで学校や会社へ通うのか理解できない。家でネトゲをやっている方がずっとマシである。リアルで、どんなにがんばってもせいぜい凡人止まり。しかし、ネトゲなら、寝る間を惜しんでやれば、俺だってそこそこ上位にいけるのだ。哀れなこいつらに、そんなことを理解するのを期待はできないだろう。
人の垣根をかき分け、彼女を探す。強烈なオーラによって、すぐに所在を見つけた。ドアの横に立ち文庫本を開いている。なんと清楚な姿なのだろう。揉みくちゃの満員電車の中で、彼女の周りだけが高原の涼やかな風が吹き抜けていくようだ。人と人が押し合いへし合い、そのまま取り出されれば誰とて人としての形を保っていないでこぼこの人型。その中で彼女だけが、清浄の衣に包まれ、愚民どもの浸食を拒んでいるようだ。誰の身体も触れることができない声域が彼女の周辺五センチメートルに発生していた。
この満員電車の中で、金の価値に換算すれば、俺は五十円、俺の足を踏んだ化粧くさいOLは四千二百万円、年収四百万円程度のサラリーマンはせいぜい二千万円(俺の親父の生命保険の値段)、あのアホ面の高校生は百六十万円くらいか……そして、羽鳥優美は、四億円くらい? 値段などつけられるのか? などと考えていた。
ふと、ネットで読んだ記事を思い出した。ある猟奇殺人犯の言葉だ。
「俺は世間からみれば、一セントの価値もない人間かもしれない。しかし、俺は何百万ドルも価値がある女を大勢殺した。それを考えれば、俺の命は何千万ドルになるだろうよ」って。確かに、人を殺したならば、そいつは、殺した人間の価値以上の命だったと言うことになる。もし、俺が羽鳥優美を殺したなら、彼女以上の価値が俺の命にあると言うことになるではないか。学校では目立たず友達と言えるヤツもいない俺が、一躍、全校生徒のあこがれの的である彼女より価値がある存在となるのだ。
一つ問題があるとすれば殺人犯という汚名を来て社会から抹殺されることになるということか。しかし、その殺し方が派手で残酷であるならば、その事件は後世まで語り継がれることになり、俺の名は永遠に犯罪史に残ることになるだろう。何の取り柄もない俺の名が羽鳥優美の名と共に永遠に残るとは、なんと甘美なことであろうか。
俺は、殺害方法をいろいろ考えてみた。電車の中で、ナイフで頸動脈を一閃してやろう。飛び散る美少女の血が、乗客に容赦なく降り注ぐことになるだろう。いや、それでは俺がおもしろくない。やはり監禁して、あんなことやこんなことをしてから殺すのもいいかもしれない。動画に撮ってネットにアップしてやれば、全世界の奴らが俺の行為を羨望するであろう。
どんな顔をして、どんな声を出すか想像しただけで鼻の奥がツンとなる。あの美しい顔で、俺の前に「お願い、たすけて」などと命乞いをするのだろうな。いや、意外と気が強くて、「こんなことをしてタダで済むと思っているの! 今からでも遅くないからわたしを解放して自首するのよ」とか言うのも萌えポイントかな。
そのとき、電車が揺れて足を踏まれた。くそうっ、誰の足だかわからん! 俺の小さな胸は堅い野郎の背中で押しつぶされそうだ。
ふと、羽鳥優美を見ると、涼しい顔で文庫本に目を落として読みふけっている。やはり優雅さが凡人とは違うな。殺すのは良いけど、かなり計画的にやらないと、こっちがやられたりするかもしれない。女でも、運動神経は良さそうだし、俺は男でも運痴だからな。計画は授業中にゆっくりと練るとして、もうちょっと彼女に近づきたいな。
俺は、人混みの中をアメーバのようにすり抜けながら彼女の方へ徐々に移動して行った。
人間の身体はアメーバのように変形はできないから、辛いが我慢だ。
もう少しで手が届くところまで近づけたぞ。彼女はどうせ俺のことなんか知りやしない。ナイフでスカートでも切ってやろうか。ポケットに手を伸ばしたがナイフがない。ネトゲでは、いつもナイフを副武装として持っていたのだがリアルでは持ち歩いていないのだった。
まあ、いい。ここは満員電車だ。彼女の身体に触れるくらいは良いだろう。
俺は、さらに彼女に近づいた。
彼女の制服のスカートに指が触れそうになる。
彼女の体温が指先に伝わった。
電車が揺れた。
俺の手が羽鳥優美に触れたような気がした。
その瞬間、俺の手、高々と揺れる電車の天井へ向けて掲げられていた。
信じられないことに、羽鳥優美の細い指が俺の手首を握っていた。
そして、彼女は叫んだ。
「この人、痴漢です!」
《おわり》
作者紹介/まゆさんは現役女子高生です。




