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11 かいじん 著 幸運 『波乱続きだった穏やかな秋の日曜日』

 駅近くの繁華街にある立飲み屋で飲んでいる内に、時計が0時を回って土曜日から日曜日になった。

1時間ちょっと前までは、別の居酒屋で先月の初めまで付き合っていた元彼女と一緒に飲んでいた。

 夕方、部屋でぼんやりしていると彼女から電話がかかって来て、しばらくの間、ちょっとギクシャクとしたものを感じながら会話をしていたのだけど、その内に電話の雰囲気が取りとめもなく長くなりそうな気配が漂い始めて、結局一緒に飲む事になった。

 夜の八時半、僕はJRの駅の改札を抜けて週末の夜で賑やかな駅前通りを歩いて、待ち合わせ場所の私鉄の駅ビルの出口の方に向かった。

 そこで彼女と落ち合いそれから、近くのダイニングキッチンの居酒屋で飲み始めたのだけど、その内に彼女の携帯に着信があって、彼女は席を外した。

 その後、彼女は「急用が出来た」と言う事だったので、僕らは店を出て、私鉄の駅ビルの近くで、僕は彼女と別れた。

 僕はそのまま真っ直ぐJRの駅の駅に行って電車を乗り継いで郊外の夜になるとやたら静かになる場所にある、自分のアパートの部屋に戻ろうかとも思ったけれども、結局何だか飲み足りなく感じて駅に向かう途中で飲み屋やゲーセンがひしめいている路地に入り駅前通りから一本外れた通りにあるこの大きめの立飲み屋に入って、生ビールを飲んでいた。

 しかしもう終電の時間が近くなっていたので、僕は勘定を済ませて店を出た。

 外に出ると10月初めの好天の夜の空気が心地良かった。

 路地を通り抜けて駅前通りに出た。

 車道を隔てた向こう側のカラオケボックスや終夜営業のマクドの前辺りには、まだ人通りが多かった。

 そちらの方に何気なく視線を向けながらJRの駅の方に向かって歩いていると、ふと人混みの中に一時間半ほど前、私鉄の駅ビル前で別れたばかりの彼女の姿が見えた。

 彼女は髪を茶色に染めた背の高い男と楽しそうに話しながら並んで歩いていた。

 僕は彼女に気付かれない様に足早にJRの駅の方に歩いていった。

 僕は駅やその向こう側のデパートの屋上の上空に広がったすっきりとした夜空を見上げながら、何だか間抜けな役を演じさせられている自分が可笑しくて、声を出して笑いたい気分になった。

 僕はJRで、終電近くの電車に乗り、次の駅で乗り換えて一つ目の駅で降りて、昼間はやたら渋滞しているけど、深夜になると殆ど車が通らない通りを歩いて自分のアパートに戻った。

   ・・・

 目が覚めると、正午を30分以上過ぎていた。

 窓を開けて見ると、通りを隔てた民家の背後に広がった雑木林の上に気持ち良い、秋晴れの空が広がっていた。

 取りあえず、冷蔵庫に入れてあったペットボトルの水をグラスに注いで飲んでから顔を洗って歯を磨くと、後は何をやったらいいのかわからなかった。

 一応、テレビを付けてみたけど、画面を観る気すら起こらずしばらくぼんやりとしていた。

 しばらくしてから、空腹だったけど面倒くさかったので、食パンにスライスチーズと

スライスハムを乗っけて、それをそのまま2つに折ってオレンジジュースを飲みながら、それを2枚ほど食った。

 その後、読みかけの文庫本を読み始めたけど、3回ページをめくったら内容が頭に入らなくなって来たので読むのをやめた。

 何だか音楽を聴く気分にもなれなかった。

 このままずっと部屋の中にいると段々気が滅入って来る様な感じがし始めて来たし、せっかく天気も良かったので、久し振りに散歩がてら、歩いて20分位の所にある競馬場に行って見る事にした。

 アパートを出て目の前の通りの歩道をJRの駅の反対側にある競馬場の方に向かって歩き始めた。

 空は良く晴れていて、高い空は澄んだ青さで広がっていて風も無く、散歩するには最適な穏やかな秋の陽射しが気持ち良かった。

 周囲は平坦な地形に住宅地やアパート、高層マンションなんかが見渡せる限りに建ち並んでいるが、郊外のこの辺りはまだ畑や雑木林なんかも所々に残っている。

 駅の近くのコンビニでスポーツ新聞を買った。

 あまり金の無い大学生の僕は400円以上もする競馬新聞なんか買った事も無い。

 去年の春、友人と競馬場に通い始めた頃は、場内で無料で配布されるレースプログラムに出ている出走場の名前と場内モニターに表示されるオッズ(倍率)だけを見て、馬券を買ったりしていた。

 僕は駅を通り過ぎてしばらく歩き、それから競馬場の門を潜った。

 今日は、東京競馬場と京都競馬場の開催で、この競馬場でのレースは無いので入場料は無料だった。

 僕が競馬場に着いたのは午後の3時頃で、東京競馬場の第10レースが始まる前位だった。

 僕が正面スタンドの屋内にある馬券売り場まで来た頃、丁度レースが始まって、屋内の中継モニターの前に人だかりが出来ていたけど僕はそちらの方には目もくれず、次のメインレースのオッズが表示された

 モニターの前に立って、スポーツ新聞の競馬欄を開いた。

 今日のメインレースは、東京競馬場で毎日王冠(G2・芝1800m) 京都競馬場で、京都大賞典(G2・芝2400m)が行われる。

 どちらも3週間後に東京で行われる、秋の天皇賞(G1・芝2000m)の ステップレースだ。

 東京の方はそこそこ人気が割れていたけど、京都の方は去年の有馬記念今年の夏の宝塚記念と2つのグランプリレースを圧勝に近い勝ち方で制した、G1レース4勝馬8枠12番ゴールドシップが単勝1.2倍と圧倒的人気だった。

 ライバルのオルフェーブルや、今年のダービー馬キズナは凱旋門賞挑戦でフランスに遠征していたし、去年の三冠牝馬で年度代表馬だったジェンティルドンナはぶっつけで天皇賞に向かうみたいだった。

 2番人気は、春の天皇賞で2着に入り、1番人気で5着に敗れたゴールドシップに

先着した7枠11番、トーセンラーで6.3倍、3番人気の8番ヴィルシーナは21.3倍で大きく離れていた。

馬番連勝式の馬券で11番-12番が2.0倍、馬番単式の12-11が2.5倍だった。

 はじめ12-11の馬番単式の馬券を1000円だけ買おうと思ったけど、思い直して400円だけにした。

 東京のメインレース毎日王冠の方に、去年の秋、友人数人と行った天皇賞で密かに狙っていたジャスタウェイと言う馬が出走していたので、この馬(6番人気)を軸にして、1,2,4,5番人気の馬を3連複でボックス買い(6通り)した。

 マークシートを記入して馬券を買い終わると、最初に発走になる京都大賞典の発走時刻まで、まだ15分位あって、そのあいだ手持ち無沙汰になった。

 馬場(レース場)とは反対側のパドック(サークル状の馬の運動場、レース前の馬を ここで曳いてファンに見せる)側の窓から外をぼんやりと眺めていた。

 ここでは今日レースが開催されていなので、パドックはがらんとしていて その向こう側にはびっしりと数字が表示された大きいオッズ表示板があった。

 表示されているのは東京第11レース、毎日王冠賞のオッズだ。

 パドックの周囲の木々の葉は緑は薄れて、透明感のある青さで広がっている空の所々にうっすらとたなびいている細長い雲はずっと高い所にあった。

 僕はそんな風景を眺めながら秋が深まっているのを感じた。

「大村クン」

 背後から思いがけず不意に名前を呼ばれたので僕は驚いて振り向いた。

 すぐ後ろに大学の同級生の長船おさふね京子が立っていた。

 右手に折りたたんだトウチュウ(スポーツ新聞)と赤のサインペンを持っている。

「大村クンも競馬やるんだ?」

 長船京子が言った。

 彼女は大学ではどちらか言えばと大人しくてそれほど目立たない方だったし僕も学校では、社交的とは言い難かったので、僕はそれまで彼女とあまり話した事なんか無かった。

 僕には彼女が一人で日曜日の昼間に競馬場に来ている事の方が意外だった。

「僕はこのすぐ近くに住んでるから、たまに来る」

 僕は言った。

「ふーん、大村クンってこの辺にすんでるんだ。ところで次のレースは何買ったの?」

 長船京子が僕に聞いた。

「次の京都はたぶん鉄板っぽいからさ」

 僕はそう言って本命1点買いの馬券を彼女に見せた。

「カーッ!お客さん固いですねえ!」

 長船京子が言った。

 今、目の前にいる彼女は今まで普段学校で見ていた時より、はるかに活発で生き生きとして見える横顔を見て僕はちょっとどきっとした。

 僕は彼女の馬券を見せて貰った。


 京都11レース 

 馬番連勝式 2番ながし 

 5番 12番 13番 各100円 (3通り)


(2番?)

 僕は競馬新聞に目をやり、それからオッズモニターを見上げた。

 2枠2番 ヒットザターゲット(13頭中11番人気) 単勝166.2倍

 前走の宝塚記念は9番人気で13頭中の13着、おそらくどの新聞を見てもこの馬に印を付けている競馬記者はいないだろう。

 その2枠2番を軸にして、5番ヒビケジンダイコ(13番人気)、12番ゴールドシップ(1番人気)、13番オールザットジャズ(12番人気)に流していた。

 馬連 2-5、3374.8倍、2-12、67.5倍、2-13、3632.3倍……

「狙ってるなあ」

 僕は肩をすくめて彼女に馬券を返した。

「大村クンもミッキードリーム買ってるんだ!」

 長船京子が僕の毎日王冠の方の馬券を見て嬉しそうに行った。

「ミッキードリーム?」

 僕は驚いて自分の買った馬券を見てみた。

 よく見るとジャスタウェイの3連複の相手の1頭に2番人気の7枠9番のコディーノを選んだつもりが間違えて同枠8番のミッキードリーム(10番人気)を買っていた。

 僕は思わず苦笑いしてしまった。

   ・・・

 京都のメインレース、京都大賞典の発走時刻になった。

 僕と長船京子は大スクリーン画面のある正面スタンドの方に行ってレースを見る事にした。

 大型スクリーンに京都競馬場が映し出され、係員が台に登って行くのが見えた。

 係員が旗を振って、ファンファーレが流れた。

 出走馬が順番にゲートに誘導されて行って、全頭がゲートに納まった。

 ゲートが開いて各馬が一斉にスタートした。

 8番ヴィルシーナがハナを奪って先頭で1周目の正面スタンドを通過して行ったが

 12番ゴールドシップも外枠からするすると前の方に押し出してきて4、5番手の好位に付けて第1コーナーに向かって行った。

 2番ヒットザターゲットは中団の後方辺りを進んでいた。

 第3コーナーの手前辺りで先頭がヴィルシーナから7番ニューダイナスティーに変わった。この辺りから12番ゴールドシップも徐々に前との距離を詰めて来た。

 第4コーナーから最後の直線に出た。

 ゴールドシップ、トーセンラー、ヴィルシーナ等が横に広がった。

 いつもはこの後、ゴールドシップが一気に抜け出して来るのだけど今日は中々出て来ない。

 残り300メートル辺りで、大外から一気にヒットザターゲットが伸びて来て僕は思わずギョッとなった。

「行け!ヒットザターゲット!」

 長船京子が今まで聞いた事の無い様な鋭い声を張り上げた。

 周りにいた何人かは驚いて彼女の方を振り返った。

 最後は2番ヒットザターゲットと1番アンコイルドの競り合いになったが、ゴール前でヒットザターゲットが前に抜け出た。

「ヒットザターゲット、ゴールイン! ヒットザターゲット! 大金星!」

 実況アナウンサーが思わず興奮して叫んでいた。

 場内は何とも言えないざわめきに包まれた。

 やがてレースが確定して、払い戻し金がモニターに表示されると場内がどよめいた。


単勝 2番 16620円(11番人気) 馬連 1-2 90240円(53番人気) 馬単 2-1 434070円(126番人気) 3連複 1-2-11 161330円(135番人気) 3連単 2-1-11 3619290円(967番人気)……


  ・・・

「何が何だか訳がわからない……」

 肩をすくめて苦笑いを浮かべて僕が言った。

「どうだ?ワタシのヒットザターゲットは強かっただろう!」

 泣きそうな笑顔を浮かべて長船京子が言った。

 すぐに、今度は東京のメインレース毎日王冠賞の発走時刻になった。

 僕は流れ的に言って的中する予感があまり無かった。

 こんな日は、2番人気の馬を間違えて買わなかった事が悪い方に出て来る様な気がした。

「頼むぞ! ミッキードリーム!」

 僕の隣で長船京子が言った。

 こうなったら、僕も彼女と同じドリームに期待してみようと思った。

 そう言えば、このミッキードリームと言う馬、去年の夏のレースで18頭中12番人気で3着になり、この時は1、2着が11番人気、18番人気だったので、3連複172万円、3連単は1272万円と言う物凄い馬券になった。

   ・・・

 ゲートが開いてレースがスタートした。

 9番コディーノが出遅れて1頭置かれた。

 7番クラレント、8番ミッキードリーム、11番レッドスパーダの3頭が先頭を争って馬群から抜け出した。

その位置取りのまま、第4コーナーを回って最後の直線に出た。

 最後は7番クラレントと11番レッドスパーダの競り合いを残り100m位で3年前のダービー馬、エイシンフラッシュが交わして前に出て、ゴール直前で鋭い脚で突っ込んで来た10番ジャスタウェィが2着に食い込んだ。

 3着はわずかに7番クラレントが先着した様だった。

 間違えて買わ無かった9番コディーノと、間違えて買った8番ミッキードリームは7、8着に並んで入線した。

「大村クン、当たってるんじゃない?」

 長船京子が言った。

「ああ……たぶん取れてると思うよ」

 僕は平静を装って答えたけど、右手では目立たない様に小さくガッツポーズを決めていた。

 レースが確定して、払戻金が表示された。


 3連複 6-7-10 8930円 (40番人気)


 僕は払い戻しの機械に馬券を入れて払い戻しを済ませた。

「すごい!かっこいい!無敵のシンジ様!」

 僕の隣で長船京子がはしゃいでからかった。

 僕も内心、一緒になってはしゃいで、大口の一発もカマしたかったけど あくまでクールを決め込んだ。

 いろんな意味で緊張と興奮の連続だった1時間足らずが終わった。

「長船って帰りはJR?」

 僕は聞いてみた。

「JRで次で乗り換えて地下鉄」

 長船京子が答えた。

「よかったら、一緒に何か食べに行かない?」

「おごってくれるの?」

「もちろん……もし酒が飲めるんならちょっと飲む?」

「じゃあ、せっかくだからご馳走になろうかな」

 そう言う訳で、僕は街に出る為に彼女と一緒にJRの駅に向かった。

 夕刻が近付く時間、競馬場から駅までの直通になっている通路を長船京子と並んで歩きながら、思いがけず幸運が訪れたのを感じた。

 今日は彼女と楽しい時間が過ごせそうな気がした。

 途中で彼女の携帯に急な着信が入ったりしなければいいと思った。

     END 

著者紹介/かいじんさんは、岡山県出身の男性で、正体不明です。

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