02 真珠 著 都会 『迷い…』&紅葉 『新宿』
都会 『迷い…』
ここは都会ではありませんが、田舎にしてはイメージに反してせわしない土地です。
来てすぐのころは、もっと田舎の風が心地よい所だとおもったのですけれども。
大抵のものは手に入りますが、そう思っているのは私だけで、都会的な物という存在を知らないのですから、日々華やかな物欲に悩まされることもありません。
今日は、電話をのせる棚を作ろうと、ホームセンターへ行きました。
都合の良い材料をみつけ、お兄さんに丁度よく切ってもらい、
白い補強用の三方面やらネジを買い、ルンルンと屋上の駐車場へ向かいます。
ガラスの自動ドアを出ると、すぐ左脇のエスカレーターに流れるように足を踏出します。
足の歩数に気を取られながらも、視界の端に私はキャッチしてしまいました。
「?」
と思いながらも、体は急に止まるものではありません。
エスカレーターも急に止まるものではありません。
じわじわと離れていくそれは、貼り紙でした。
自動ドアとエスカレーターの間にある壁面に、色々なチラシに紛れて貼られていました。
そんな場所に貼ってあるのだから、犬か猫のものだろうとたかを括りたかったのですが、さっきちらと見たのは、人でした。
「迷い犬?迷い猫?いや、おばぁだったね…うー、まさか」
エスカレーターが登りきったところで、私はくるりと向きを変え、階段を降りました。
都会ではないので、ホームセンターのエスカレーターが昇りしかなかったのです。
さいわい人気もなく、私はゆっくりとエスカレーターの登り口に立ち止まり、そのビラを眺めたのでした。
「行方不明……金城妙子さん……78さい。認知症なんだ…白髪のワンレングスって」
中央の写真は白黒で、白髪のざんばら髪の老婆が笑顔で車椅子にすわっています。
下の方には【連絡先:○○警察署】と書かれていますが、これは家族が作ったビラでしょう。
完成度といい、掲示されている場所といい、違和感を覚えます。
「ここって、迷い犬とか、子猫貰ってくださいってやつを貼る場所じゃん」
しかし、同時にその家族の心配や焦燥が伝わってきました。
警察に届けるだけでは足りず、自分たちでビラを配って、きっと親戚中、近所の人も総出で捜索していることでしょう。
「……認知症のため、話のつじつまがあいませんが……本土なまりのある、優しい話し方です…か」
私はもう一度おばあさんの写真を見ると、再びエスカレーターを昇りました。
本土から嫁にきた大先輩である行方不明者が、無事に見つかりますように。
元気に過ごしていますように。
そして、この都会でもない街で、簡単に人は消えてしまえるんだと思ったら、私の足はぐらつきながらエスカレーターを降りました。
END
紅葉 『新宿』
「いやぁ、はじめて聞いたよ。新宿の紅葉が綺麗なんて言葉」
「そうですか?綺麗でしたよ、すごく」
肇さんは、つるりとした頭をなでながら、ビールジョッキに口をつけた。
「紅葉がいいのは、北海道のほうじゃないか」
「まあ、それはそうですけど」
「温泉から見える山がさ、素晴らしかったよ」
にっこりと微笑み返しながら、私はサラダの上のカリカリしたものを口に運んだ。
東京に来たのは数年ぶりで、職場のスイミングスクールから生徒が珍しく勝ち上がり、全国大会の切符を手に入れたので、その引率というわけだ。
今朝予選があったのだが、案の定というと可哀想だが予選落ち。
午後は自由時間になって、生徒は母親と後楽園遊園地に行った。
気楽なものだ。
そして夜になり、私は居酒屋の一室で【お疲れ様会】に参加している。
全国にクラブのあるスイミングスクールなので、他県のコーチとの交流会も兼ねている。
私の目の前で、顔を臙脂のセーターに突っ込み、スキンヘッドのてっぺんだけをセーターのネック部分から覗かせておどけているのが肇さんだ。
肇さんは東京のクラブにコーチ兼支配人として所属していて、若いころはトップ選手、それも平泳ぎの日本記録保持者だった。
今でも鍛えていて、その肩幅は車のシートよりも広くてがっしりしている。
服を着ていると細く見えるのは、センスがいいからだ。
濃い色のジーンズのカットは凝っているし、シンプルな臙脂のセーターに黒のダウンベストは、大きな足を包むブーツにあっている。
こんなおしゃれな禿げ頭の男性をほかに知らない。
もちろん水着姿もいい。
日々塩素で洗われた肌は、滑らかで、若かりし頃は黒く透き通って水を弾いていたのだろうが、40越えの今はミルクを流し込んだようなコクもあり、私はプールサイドで何度も触れたくなったものだ。
「だけど、綺麗って言ってもね。あれは人工的なものだからさ。ちゃんと同じ色が並んでいるんだよ」
「ん、そういえばそうでしたね」
私は都庁の大きなビルとビルを繋いだ連絡通路をくぐったときの風景を思い出した。
ここに来る途中で、買い物をする気のない私は同僚と別れて都庁を見に行ったのだった。
よくドラマに出てくる風景がみたかったので、警視庁と迷ったのだが、こちらは徒歩で行ける距離だったので、手近な方を選んだ結果だ。
夕日に照らされた都庁は、休日とあって人気もなく、どこかのネットゲームの仮想都市の塔のようだった。
連絡通路をくぐった先には、大きな輪の形をした黒いオブジェがあって、私には何を表現しているのかわからなかったので、題名を探してそのまわりをぐるっと回ったが、どこにもタイトルはなかった。
周囲のベンチには、何もしていない男が3人いたが、こちらには目をくれようともしない。
瞑想中だろうか。
手すりの先に、紅葉した木々が見えた。
中央に空間を作るように、ぐるっと赤や黄色に染まった木々があったので、私は池があるのを期待して手すりに近づいた。
下を覗き込むと、そこには大きな車道があって、縦横に車が走っていた。
少し落胆しつつも、新宿中央公園に続く、2本平行に並んだ陸橋の右の方を渡りながら、水があってほしかった空間を眺めた。
やはり鯉ではなく、色とりどりの車が流れていく。
ふと、もう1本の陸橋の側面に書いてある文字にきづいた。
(水の橋……)
私は頷きながら公園に向かった。
その時のことを重ね合わせて、肇さんの言う人工的な綺麗さの意味がわかった。
きっと設計者は、そこに水源があるように表現して木々を配置したのではないだろうか。
「でしょ?所詮作られた美しさなんだよ。北海道の露天風呂とかから見える燃えたような山の勝ちだよ」
肇さんは、飲み干したジョッキを目の高さまで上げると、ニヤリとした。
「ブロッコリーみたいにボサボサに生えてるのにですかぁ」
そのジョッキを受け取ると、私は店員に渡してビールをもう2杯注文した。
「さやちゃん、ペース速くない?」
「肇さんのお話が楽しいからです」
「ボサボサの紅葉の話?」
「はい、ボッサボサが好きな肇さんの話」
「なんかそれってどういう意味かなー」
綺麗な頭をかく肇さんがかわいらしく、私は手入れの行き届いてしまった自分の体をもっとぼさぼさにするべきか考えてしまった。
END




