03 零崎沙織 著 都会 『しかくい地球』&紅葉 『もみじの約束』
しかくい地球
目覚ましの機械音で目を覚ました。
日光で目覚めることも、小鳥のさえずりで目覚めることもなく、機械音で毎日起きる。味気ないとは思わない。否、思えない。だって日光や小鳥のさえずりで目覚めたことがないから。
地球は丸いらしい。でも僕は信じない。だって僕の世界は丸くないから。
その証拠にほら、窓から見えているあの僕の部屋に差し込む光を遮っている建物。しかくい。あれもそれもどれも、――全部しかくい。そしてこの家も、ベッドも本棚も机もテレビもPCもゴミ箱もなべ敷だって、しかくい。
街中でよく見かけるポスターにはこう書いてある。――心をまあるく――、と。
そもそもそのポスターがしかくい。
そんなものに書いても信憑性がない。
形を有するものは枠を必要とする。その枠は人間の都合上、曲線が美しい、自由なかたちで面白みがある、などと言われるものの結局は額に入れられ、ケースに入れられ、しかくになる。
そんな世界なのに僕は地球が丸いとは思えない。
だから、
この世に最も必要なものは無形のものだ、と無形なものこそこの世界を創るに相応しいものだ、という結果に至った僕のアタマは眠りに落ちた。
END
もみじの約束
彼は思い出せない。
何が、さえ思い出せない。何故か、も思い出せない――そんな少年の話。
少年は人通りのないリノリウムの冷たい床で薄汚い天井を眺めていた。
ここは特別教室や部室の集まる特別棟で昼休み。しかしだからといって彼は昼休みだからこそここにいるわけではない。今日一日ここにいる積もりで、現に一限から四限までここで変わらず寝ていた。――否、目は常に天井を見ていたからただ大の字になっていただけだが。
彼がここで寝ているのにはワケがある。彼の今朝は誰から見ても最悪だった。
彼は事故現場に居合わせてしまったのだ。しかも目撃者は彼のみ。
ほんのあともう少し、彼の足が速ければ――一瞬間足が竦まなかれば――少女の命が助かっていたかもしれないのだ。とある少女の小さな命は、小型ではあるが田舎ゆえにスピードを緩めることをしなかったトラックの前に散ったのだ。この事故は本当に不幸としか形容出来ない事件だった。
でも決してそれが彼がリノリウムと同一化している直接の原因と云う訳ではない。
彼は事故の際に何か大事は事を忘れていた事を思い出した。そして彼は今一体何を忘れているのかを思い出す為にリノリウムの廊下に転げて頭を冷やしているのだ。
例の事件直後、ほんの僅かな時間だけ生きながらえた少女と彼は手を握った。
「ごめんなさい」の言葉を告に、「助けられなくてごめんなさい」と伝える為にまだまだ小さな手を、血で紅蓮になった手を、文字通りもみじの手を――握った。
そこまで回想して――思い出した。
彼は、彼の過去を。
彼には歳の離れた弟が居た。しかし弟は二歳を迎えたその日に呆気なく蝋燭の灯を消した。
母と弟が予約していた誕生日ケーキを取りに行く道すがら、彼の母の不注意で弟の単独行動を許し、事故に遭わせた。
少年は学校で授業中にその知らせを聞いて病院に駆け込み、
「大きくなるんだろ、生きろよ、ちゃんと!まだ二年しか生きてないじゃないか!なんでなんだよ!!」
そう、彼は喚いた。
弟は最期の言葉を残し、
「にぃい、おっきく、ぞうさんみたくおっきくなってね。……やくそく」
指切りをし、そして心臓が凪いだ。秋特有の高く、澄んだ青空の日だった。
彼は泣いて泣いて喚いて――――いつしかこの記憶を心の奥底に仕舞っていたらしい。
「何やってんだ俺。カッコ悪りぃ」
一筋の涙を拭い、立ち上がり、制服に付いた埃を払い、昼休みの終わりを告げる予鈴と共に特別棟から出、高く澄んだ空を仰いだ。
「うっし、空に届くくらいにはでっかくなってやっか」
彼は一つ伸びをしHRに向かった。
END




