03 奄美剣星 著 秋の気配&嘘 『隻眼の兎の憂鬱』
【隻眼の兎の憂鬱/概要】
異時空を支配せんと目論む魔界王子麾下の魔界衆たちは、時空を自在に移動する潜在能力を秘めた女子高生・有栖川ミカを奪取すべく、果敢に同家にアタックしていた。彼女を密かに警護していた時空警察の隻眼の兎ギルガメッシュとサーベルタイガー・エンキドウの二人に加えて、織田信長・森蘭丸・アドルフヒトラー・山下清画伯といった食客四人衆が加わる。ところが、魔界執事ザンギスのきまぐれな魔法で、有栖川一門と魔界衆は異世界に飛ばされてしまう。
異世界カアラ大陸には、北のジーン侯国と、南のファア王国という二大国が存在していた。両者は犬猿の仲で戦争が絶えない。ファア王国は、偉大な先君が亡くなり、存亡の危機に立っていた。だがジーン侯国は、黙って見逃すほど人は良くない。圧倒的な兵力をもつ侯国の軍勢は王国に侵攻し、包囲陣形を敷き、迎撃にでた王国軍を殲滅せんとしていた。
そんな戦場のどまんなかに、有栖川家が屋敷ごと、どてんと姿をあらわした。全滅しかけていた王国軍が有栖川家に逃げ込んだ。有栖川一門は王国側につき、しかもミカが特異点能力(魔法ともいう)を生かして、屋敷の周囲に城壁を築いてしまった。信長たち食客四人衆はこれを有栖川砦と呼んだ。
しかしそこで転機が起る。戦争の元になった図書館遺跡があるというのだ。探検に行った有栖川家一門食客は、異世界へと飛ばされ、ミカは魔界王子に囚われてしまう。彼女を救ったのは魔界衆と手を組んだはずのジーン侯国の将領ハーン元帥だった。律儀な彼はミカを砦まで届けさせた。その途中、魔界王子の家臣であるシモーヌに襲撃され、さらに、白い戦象に乗った伶人に救助された。
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01 秋の気配
自分を助けてくれたフィルファという女性の身長は百六十センチ前後というところで、有栖川ミカの身長とほぼ同じだ。黄金の小札を連ねた甲冑は、すらりと伸びた肢体にフィットしている。色白で切れ長、碧眼の瞳。長い黄金の髪を冠で飾っている。
フィルファと名乗る伶人は、先ほど、有栖川ミカを襲ってきた魔族の強敵シミーヌを退け、その使い魔だった一つ目の蝙蝠を白い小鳥に変えて、戯れている。
伶人が乗っているのは、白い戦象の背に載せた輿の上だった。
伶人は、猛々しい感じはなく、人を威圧する様子でもなかった。
白い象が、鬱蒼とした森を貫く街道を南にゆくのだが、沿道の木立に沿って猿のような人影が横切っているいるのが先ほどから気になっている。
「なに?」
「怖がることはありません。あれは黒林の民・ルーコン氏族……」
「黒林? ルーコン?」ブラウスにスカートといった高校制服姿の少女が小首を傾げた。
「ファア王国から中原に抜ける街道を守護しています。わが弟である先王・ユンリイはその氏族から王妃リエルナを娶っています」
「同盟国……」
「そういうことです」
密林の中を内親王は、首のところにいる象つかいが操る白い戦象に乗って、単身で動いているようにみえる。しかし実をいうと、両脇には、人目につかぬように、森の氏族が木々の幹を蹴って、素早く跳びかっていたのだ。
森を切り開いた街道を、どれくらい進んだことだろう。やがて、白い象は、馬二頭あるいは四頭だての戦車を中核とした大軍に出会った。松明を手にしている。青銅の小札を連ねた甲冑に身を包んだ兵士たちだ。
――お戻りになられたか、フィルファ殿下。
「フィルファ?」
(風が吹いている)
心地よい風に感じた。
(そうだ。思い出した。前線にいたファア王国の将兵がその人の到着を待ち焦がれ、北の国境で迎撃した王国軍を包囲殲滅陣形でほぼ壊滅させたジーン侯国の老将ハーンが、フィルファがきたという報告を受けて、戦うことなく北に軍勢を引き上げていった。そのフィルファとはこの人だったのか!)
軍勢の群れに戻った白い戦象が、再び進路を北にむける。
翌朝、国境線に貼りついた要塞・有栖川砦に、籠城していた将兵が、その人の名を叫びながら、城門を開け、出迎えた。
――摂政内親王殿下、万歳!
異常なまでの盛り上がりだ。
居並ぶ城兵の先頭に、将領二人・サートンとナイカルのすぐ後ろにいる有栖川家関係者がひかえている。
サートンが、敗戦と総大将の討死の経緯を報告した。
朽ちかけた遺体が戦場に散らばっている。
内親王は祈りを捧げると、敵味方の区別なく、戦死者を丁寧に葬るように命じた。
「報告はきいています。有栖川ご夫妻とその御子息・剛志殿。それに、信長公、蘭丸殿、ヒトラー総統、山下画伯からなる食客四人衆。そうそう、時空警察のギルガメッシュ殿とエンキドウ殿ですね」
有栖川一門・食客の助力によって、迎撃軍敗退後も、国境が維持され、なおかつ強固な要塞まで築かれたということは、大きな功績だった。彼らが国賓待遇で、都城エイに招かれたことはいうまでもない。
有栖川砦に、交替要員となる将兵三千を詰め、軍団は、国賓たちを連れて王都にむかった。
森を抜けると、東西を横切る巨大な大河・ナハラ川にでる。浅瀬を渡り、さらに数日南へ下ってゆくと中小都市や集落が点在してくるようになり、やがて、そのなかでも最も大きな要塞都市にたどり着くのだ。
どこの町でもそうだが、市民たちは軍勢の中にフィルファをみつけるや熱狂してその名を讃えた。それから、風変わりな有栖川一門・食客衆の姿をみやって、好奇の眼差しを注ぐことになる。
――なんだ、あの奇妙な機械は?
――サイドカーっていうらしい。
――兎と虎が乗っかっているぞ。それになんだあの箱みたいな乗り物は?
――タンクだそうだ。
――異国の民か。変った服を着ているなあ。
ファア王国都城エイは、大陸の南に位置し、王宮と市街地を二重にして城壁で囲んでいる。三十歳を目前に病死した先王・ユンリイの代に、王国は大陸をほぼ呑みこんで、帝国を称するのも時間の問題といわれていた。だが、王の急死により、内戦が始まる。それにつけこんで、北の片隅に追われたジーン侯国が巻き返し、中原諸国を奪い返すことに成功する。
王国の内戦の最中、心ある廷臣たちは、自領に隠棲していたフィルファ内親王を迎えた。そして幼いユンリイの息子に代わって、摂政として統治を委ねたのだ。そして、いまだに、広大な領域を有する本国を維持することができたのである。
フィルファ内親王は、戦地にゆくのだが、弟のユンリイ大王のように、最前線にたって直接敵と剣戟を交えることはなかった。しかし、内親王が乗った白い戦象を背後にした将兵たちは、いいところをみせようと、死力を尽くして戦った。戦略的な後退というのは、その人のところで止る。宿敵ジーン侯国の将領ハーン元帥をして、「フィルファ線」と呼ぶところだ。
そういう話は、有栖川砦で一緒に戦った王国将領サートンやナイカルからきかされていた。
有栖川一門食客衆には、宮殿の横にある、断絶した王族が使っていたという広大な邸宅とそこを維持するために必要な黄金が下賜された。秋の収獲がちょうど終わるころだ。棟を連ねた土蔵には穀物が、家畜小屋にはまるまる肥った豚、それから武器を造るのに必要な金属塊なんかも運ばれてきた。
屋敷には鍛冶職人なんかも詰めている。
信長公以下食客四人衆は、「大砲や鉄砲が製造できる」といって喜んだ。早速、図面をひいたり、鍛冶衆と一緒に汗を流している。
有栖川砦にいるとき緊張しっぱなしだったミカとその家族たちも、それぞれに、生活を楽しんでいた。夫妻は屋敷の一角に湯殿を造って、毎日、風呂ばかり入っている。弟の剛志といえば、有栖川砦の自宅から持ってきた、触手をムニュムニュさせていたいけな美少女に襲い掛かるという筋立てのコミケ(コミックマーケット)で買った同人誌を開いて悦に浸っていた。
隻眼の兎ギルガメッシュとサーベルタイガー・エンキドウは、燃料というものを気にせずに走ることができる、KATANAのサイドカーを駆って、王国名所めぐりを始めたようだ。
そして、ミカは、内親王のそばに常にあった。魔族といえども、カリスマ的な王族や将領たちに、仕掛けることはかなわぬらしい。シモーヌは明らかにフィルファを恐れている。
そのため、この異界に舞い込んだ女子高生は、女の子らしい平穏な秋を満喫することができたのである。
「だーれだ?」
内親王と一緒に、有栖川屋敷を訪れたブレザー姿の少女が、工房で鍛冶職人たちが鍛冶を振るう姿をみやっていた蘭丸の後ろに、そっと忍び寄り、両手で目を塞いで耳元にささやくのだった。
02 嘘
「ぼ、僕にはできないと思うんだな……」
「いえ、私には判ります。あなただからこそできるのです」
王宮のど真ん中にある階段を昇って基壇に進み、その上に築かれた切妻屋根の平屋に入る。三十メートルはあろう花崗岩を石積みされているのが王宮神殿だ。基壇はもともと、剥き出しの岩山で、そこを削りだして三大神と主要神十数柱なんかもつくって祭壇にしている。
黄金の髪の内親王は、食客四人衆を祭壇に招いて、あるものを造ることを依頼した。
図面は内親王自らが作成している。紙に描かれているのは、ポット状の容器だった。陶器でできており、表面にはタイルを貼ることになっている。
さらに、総統には、また別な依頼がなされた。
「ほう。画学生あがりの私としては、名誉心をくすぐられる提案だ」
元独裁者は、チョビ髭を撫でながらつぶやいた。
信長公と蘭丸主従はなにかを予感した。
内親王の侍女のように侍っていう有栖川ミカは、実をいうと魔族たちから守られている。ブレザー制服の少女が、フィルファにきいた。
「魔界王子たちの襲撃に備えるものですか?」
「ええ。もし魔族が襲撃してきたとき、貴女が避難できる場所をつくるの」
「シェルターのようなものですね」
王国に、シェルターという用語はないが、話の流れから内親王は察してうなずいた。
親王との会見が終わろうとしていたころ、王宮外苑で放し飼いにされている脚長猿が、神像の後ろから顔をのぞかせた。頭だけ耳の尖った吊目の青年の顔になる。
☆
エイ都城の外苑は、森や湖沼、さらに小川まで流れている。最盛期であるユンリイ大王の時代に、大陸諸国から、珍しい動植物が贈られてきたものだ。大王は暗い王宮に引き籠るよりも、明るい庭園にある菩提樹の木陰に椅子を置き、読書や瞑想することを好んでいた。
その木の太い枝に腰かけていたのは、白いタキシードを着ている吊目で耳の尖った青年だった。有栖川ミカのストーク隊長・魔界王子ダリウス。足元にかしずいているのは、忠実だが、トンチンカンをしでかす魔界執事ザンギス。それから、なにを考えているのかさっぱり判らない魔界貴紳シモーヌの臣下二人だ。
「ファア王国のフィルファ内親王。われらにとって手ごわい相手のようだな、シモーヌ?」
「はい、油断ならぬ敵です」
「ジーン侯国のハーン元帥と同じ霊光をだしている」
先日、シモーヌは、奪い取ったミカを盟約を結んだ元帥の陣営に連れ込み、子種をまこうと、動けぬようにして踊りかかったのだ。しかし騎士的な性格である老将の怒りを買い、張り飛ばされた上に、軍営から追放されてしまった。魔族たちは、大陸の人間の中には、自分たちを凌駕する別格の人種が存在することを思い知らされたわけだ。
禿げ頭に、たらこ唇、サングラス。蝶ネクタイに燕尾服。しかして下半身は大蛇という姿の魔界執事は、事態を承知しているのかしていないのか判らないが、地面をバンバン尻尾で叩き、「わはは、わはは」と笑っていた。
☆
一週間後。
摂政フィルファ内親王は、執務室で、山と積まれた王国の報告書すべてに目を通し、署名をする。膨大な作業量で激務だ。黄金の髪をしたその人はついに倒れ、意識不明の容態になった。
御典医から、「内親王殿下の体力が弱まっているので、一時、御寝室から離れるように」とミカはいわれた。身の危険を仕方がない。内親王の寝室から離れたところで、他の侍女たちと一緒にカリスマ的指導者の回復を祈るしかなった。
そして――
危惧したことは現実になった。
「有栖川ひっめ~♡」
このときを待っていたとばかりに、白いタキシードを着た耳の尖った青年を筆頭に、魔界三人衆が追いかけ、ファアの王宮に乗り込んで、侍女たちがみている白昼堂々と、ミカを追いまわしだす。食客四人衆も時空警察の二人もいない。
ミカは悲鳴をあげながら、王宮神殿に逃げてゆく。
内部の祭壇前には卵のような容器が置かれていた。山下画伯が、王宮職工たちの協力を得て完成させた、ミカ専用シェルター・ポットがある。容器の表面には、彩色されたタイルを貼りつけ、呪術めいたモザイク画に仕上がっていた。
(あれに飛び込めば、魔族たちも私に手が出せなくなるって、殿下はおっしゃっていた)
迷わずミカが容器内に飛び込んだ。刹那、白い蒸気が噴きだす。
魔界王子が躊躇せずにポットに飛び込む。
するとだ。天井から重たそうな蓋が、どすん、と落ちてきてダリウスはおろか、ブレザーの少女もろとも卵型の容器に閉じ込めてしまった。
「淫らなことになる……」
黒い貴紳は、露骨に、嫌そうな表情をする。
「わはは、わはは。子づくり、子づくり。坊ちゃん、ラッキー♫」
魔界執事が、ぶっとい尻尾を石畳にバンバン叩きつけて笑った。
「カプセルの中にいたのは閣下がつくった彫刻に服を着せたもの。スチームが上がったときに、私は容器を飛び越して後ろに隠れた。騙されたダリウスが中に飛び込んじゃったわけね」
だが、蓋のされた卵型の容器の裏側から、ひょこり顔をだしたのが、ブレザー制服の少女だった。さらに背後の祭壇の陰から隻眼の兎とサーベルタイガーが姿を現した。入口からは、摂政内親王と、食客四人衆が入ってくる。
「病気は嘘だったのか……フィルファ内親王、一網打尽にするために謀ったのだな!」
黒衣の貴紳・シモーヌが忌々しげに叫んだ。
時空警察二人の熱線銃、信長公以下食客四人衆が手にした火縄銃が残る二人の魔族にむけられる。
ザンギスが尻尾で地面をひと叩きした。すると、屋根の真ん中に穴が空く。吸い込まれるように、ザンギスとシモーヌの二人は、猛スピードでそこから飛び出して消えた。
だが王子を生け捕りにした。いい餌だ。魔族二人は奪回するために、何度も現れることだろう。
――魔族たちをも騙すフィルファ内親王。恐るべし!
時空警察も、食客四天王も顔を見合わせて思った。
(つづく)
《有栖川家一門衆》
●ミカ(ヒロイン)…… 剣道部在籍。高校二年の十六歳。自在に異世界旅行をする潜在能力を秘めた元気娘。
●剛志(弟)…… 触手系同人誌を好む中学生。
●パパ&ママ
《時空警察》
●ギルガメッシュ……隻眼の兎。ミカを守護する。
●サーベルタイガー……異世界を駆け抜けるサイドカー仕様のKATANAのライダーである。
《食客四人衆》
●信長公&蘭丸主従……本能寺の変にあった二人を、魔界王子の部下が、「魔王」として間違って現世に召喚してしまった。時空警察を介し有栖川家食客になった。
●ヒトラー総統……第二次大戦末、ベルリン陥落のとき、時空喫茶にいた隻眼の兎たち時空警察のところに、異世界亡命を求めてやってきた。有栖川家に預けられ食客となる。
●山下画伯……放浪中に異世界に迷い込み、時空警察官の二人に保護され、有栖川家に預けられ食客となる。
《魔界衆》
●ダリウス……魔界王子。イケメンだがドジなお坊ちゃん。ミカを嫁にとつけ狙うストーカー小僧。
●ザンギス……半人半蛇の魔界執事。魔界最強の使い手だが、勘違いやら独自解釈が多く、敵味方を問わずとんでもない目に遭わせる。
●シモーヌ……黒い貴紳。なにを考えているのかわからない魔界の貴族。
《ファア王国》
●サートン&ナイカル……有栖川一門に部下の兵たちとともに助けられた王国の将領。
●フィルファ摂政内親王……幼い甥に代わり、全権を託されたカリスマ的な先王の姉。ジーン侯国のハーンとは宿敵関係にあるらしい。魔族すらも一目置く別格の人。
《ジーン侯国》
●ハーン元帥……騎士的な性格をした老将。魔界衆と一時は手を組んだが、魔界王子が動けないミカに襲い掛かろうとしたため、追放してしまう。魔界衆の術すらも跳ね返す別格の人。




